プレスリリース
米・メキシコの移民政策、多くの移民の健康に悪影響——MSFが報告書で指摘
2020年02月12日国境なき医師団(MSF)は2月11日、メキシコを通過して米国を目指す移民らが置かれている窮状に関する報告書を発表し、米国とメキシコ間で結ばれた新たな移民政策が「大勢の中米からの移民を危険な状態に陥れ、心身の健康に重大な影響を及ぼしている」と指摘した。『出口を閉ざされて』と題した報告書(英文)は、MSFが移民らに対して実施した聞き取り調査や証言、医療データを元に作成された。
9カ月間で2万人以上の医療データをまとめて作成
報告書は、中米移民と保護希望者に対する480件の聞き取り調査から得た証言と、2019年1月~9月の間にメキシコを通過する移民ルートで援助を受けた人たち2万6000人分の医療データに基づいている。
医療データが示す疾病や負傷は、移民・難民らが故国と移民ルートを通過中に受けた、また米国とメキシコ当局に身柄を拘束されている最中に受けた激しい暴力と虐待行為を示唆している。 MSFは、長年紛争地で活動しているが、エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラのいわゆる「中米北部三角地帯」で起きる暴力の激しさは、紛争地に並ぶほどであり、移民が当地帯からメキシコおよび米国を目指す大きな要因となっている。
メキシコでMSFの活動責任者を務めるセルヒオ・マルティンは「数年がかりで蓄積した医療データや証言を見れば、患者の多くが故国での暴力から必死に逃げてきたことは明らかです。この人たちには保護とケアに加えて、最低でも難民申請を行う機会が与えられるべきです。ところが、実際には逃げる途中でさらに頻繁に暴力にさらされ、安全な国には入れないでいます。現在は危険な場所から動くことも身の安全を確保することもままなりません」と話す。
子連れ避難者の75%が「暴力被害」を訴える
調査では、回答者の61.9%が、「故国を出てから遡って2年以内に、暴力的な状況にさらされたことがある」と話した。また、調査対象者の半数近くにあたる45.8%が、避難した主な理由として、暴力に遭ったことを明らかにしている。この傾向は、子連れで移動している人の間で特に強く表れており、75%に達した。また、ギャングへの参加を強要されたことなども、故郷を出た理由として挙げられた。
人びとは、移民ルート上でメキシコを通過している間にも暴力被害に遭っている。調査に回答した57.3%は、襲撃やゆすり、性暴力、拷問などの何らかの暴力にさらされたとしている。
米国とメキシコが導入した苛酷な抑制政策は、移民と保護希望者をますます危険な状態に追いやっている。いわゆる「移民保護プロトコル(MPP)」※によって、米国での保護申請者は、メキシコ滞在を強制される。メキシコでは犯罪集団の標的にされることが多く、拉致やゆすり被害が報告されている。10月だけでも、MPPに基づいて送還された患者の75%(44人のうち33人)は、ヌエボ・ラレド市で最近、拉致被害に遭っていた。
「メキシコにいる中米からの保護希望者は拉致や暴力の標的にされています。人身売買ネットワークや犯罪集団が最も弱い立場にある人びとを食いものにしているのです。安全かつ法的な措置はなく、移民・難民の体と心の健康に重大な影響を及ぼします」とマルティンは話す。
移民を犯罪者とみなして取り締まれば、人びとの健康と安全はさらに危うくなるとみられる。MSFは、米国によって勾留・送還された人に対して、医療と心のケアを行っている。メキシコでMSFが診療した患者の多くは、劣悪な環境で身柄を拘束されたと話している。例えば、スペイン語で「冷蔵庫」という言葉で表現されるひどく寒い独房では、24時間明かりが灯ったまま、医療もろくに受けられず、まともな食べ物も、衣服も、毛布もなかった。
※移民保護プロトコル(MPP):審査期間中、保護申請をした移民をメキシコ側で待機させる制度
二国間協定が追い込む移民らの窮状
メキシコでMSFは、さまざまな収容センターを訪問。どこも人であふれており、医療を満足に受けられず、必要な物資もない。MSFは訪問の度に、感染症や下痢になった人や急性の心の不調を治療している。
米国の政策と、メキシコなど周辺の国や地域政府との間で結ばれた二国間協定によって、難民と保護希望者の保護体制は確実に機能不全に追い込まれている。こうした措置は、人びとから安全な場所と、暴力から抜け出す方法を取り上げるものだ。
危険な環境、暴力の横行、保護システムの欠如が、MSFが治療した患者の体と心の健康に影響を及ぼしていることは明らかだ。MSFは呼吸器感染、皮膚疾患、急性の筋骨格系の不調を、移民の間で多く目にしている。武器による傷や拉致、性的虐待、レイプによるさまざまな負傷も治療。暴力的な事件の後に訪れる不安、うつ、心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状などが、心の診療を受けに来る主な理由の一部として挙げられている。
MSFの中南米地域のオペレーション・コーディネーターを務めるマルク・ボッシュは「人びとを保護せず、危険のただなかに送り返すこうした政策で、地域の人道危機は悪化しています。米国とメキシコはこうした政策を止めなくてはなりません。域内の各国政府も人間中心の移民政策に切り替え、暴力の被害者が人道援助、医療、保護を受けられるように徹底していく必要があります。全ての人は法的地位に関わりなく、尊厳をもって扱われる権利を持っているのですから」と話す。