海外派遣スタッフ体験談
定年後の活動参加で力を発揮
菅村洋治
- ポジション
- 外科医
- 派遣国
- ナイジェリア
- 活動地域
- ポートハーコート
- 派遣期間
- 2007年5月~2007年6月
- QなぜMSFの海外派遣に参加したのですか?
-
病院スタッフと
33年前に日本政府の海外技術援助プロジェクトの一環としてケニア共和国・リフトバレー州立病院で外科指導医として1年間働き、諸々の経験と感動を得ました。その時から、機会があればまた開発途上国で医療協力をしたいと考えていました。
本年1月に65才の定年を迎え、若いときからの夢、国際医療協力実現への好機到来と考えました。
私はMSFの精神、「誰からも干渉や制限を受けることなく、助けを必要としている人びとのもとへ向かい、人種や政治、宗教に関わらず分けへだてなく援助をする。」などに賛同し、海外派遣に参加しました。
- Q今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?
-
大学卒業後、40年間、一貫して胸部外科、腹部外科、救急医療を中心に研鑽してきました。その間に幸運にも2度海外医療援助の機会を与えられました。最初は上述したケニアの州立病院です。そのときは、外科は勿論、整形外科、婦人科,泌尿器科など他科の手術をたくさん経験できました。また1985年には国際緊急援助医療チームのメンバーとして、エチオピア共和国・メケレ州の難民キャンプで40日間、飢餓や感染症の治療を経験しました。この2度の経験が今回の派遣において、仕事面での大きな支えになりました。
余談ですが、精神的、肉体的にも厳しい生活環境の中で何とか他のスタッフと協力し仲良くやれたのは、医学部で習った知識よりも?山岳部で培った体力とチームワーク精神のおかげだったように思います。
- Q今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
-
派遣国はナイジェリア第3の都市、ポートハーコートのテメ病院内にあるベッド数70床の外科治療センターで、外科診療に従事しました。
MSFの海外派遣スタッフはロジスティシャン、アドミニストレーター、医師、看護師など総勢12名(国籍はフランス、アメリカ,オーストラリア、ニュージーランド、ルクセンブルグ、シンガポール、オーストリア,インド、日本)でした。
胸腔ドレーン挿入の指導
具体的には
- 毎朝の外科患者回診とその日の手術予定作製(月曜日は全病棟回診)
- 開腹手術を中心に一部の整形外科手術〔銃創後の創面切除、皮膚移植、四肢切断術など〕・・・ 全手術症例:194例(執刀81例)
- ナイジェリア医師への基本的な外科手技の指導(胸腔ドレーン挿入、恥骨上膀胱カテーテル挿入など)
- 入院患者のベッド確保(退院患者決定)
- 集団災害への対応(一度に14名の銃創患者が搬入されたことあり。事前の訓練が大いに役立った)
- 夜間の緊急重症患者の発生に備えて待機(軽症外傷例はナイジェリア当直医師が処置
- Q週末や休暇はどのように過ごしましたか?
-
土曜日午後、日曜日は原則休息日の予定でしたが、今回は緊急手術もあり、最後の日曜日を除き、土曜日も夕方まで、日曜日にも手術がありました。危機管理のために、行動範囲は著しく制限されましたが、土、日曜日には近くのスイミングプールでつかの間のストレス解消が出来ました。海外派遣スタッフの宿舎内で、病院スタッフとの親睦パーティーを楽しみました。その席で、私が日本から持参したバイオリンの演奏を求められ、忘れられない思い出となりました。最後の日曜日の夕食にはインド人の麻酔医が特製カレーライスを、小生が“親子どんぶり”を作り、楽しいアジア料理の夕食会となりました。
- Q現地での住居環境についておしえてください。
-
宿舎での夕食
雨季の熱帯性気候で快適とは言えませんが、住居環境は概ね清潔、満足でした。団体行動が基本でしたが、個室は確保されていました。部屋にクーラーはなく、扇風機の羽音を子守歌として、マラリア予防のため蚊帳の中で寝ました。食事,洗濯の心配は不要でした。特に食事は味も良く、野菜もあり楽しみでした。 毎日温水シャワーOKでしたが、朝方には必ず停電がありました。セキュリティーへの配慮は24時間、ガードマンとドライバーが常駐し概ね満足の行く状態でした。
- Q良かったこと・辛かったこと
-
良かったこと:
- 外科医としての今までの経験ともてる力を発揮でき、ナイジェリアの救急医療に微力ながら貢献出来たこと。
- カルチャーギャップにかかわらず、いろいろの国のスタッフと仲良く、楽しく仕事が出来たこと。
- ナイジェリア人は厳しい政治・生活環境の中でも、笑いを忘れず、助け合って生きているのが分かったこと。
- 日本を離れてみて初めて、日本が世界中でも類のない平和国家であり、家族・友人の存在のありがたみを実感出来たこと。
- 毎夜ビールが呑めたこと。
辛かったこと:
- 安全面を考慮してのことではあるが、病院外と宿舎外への行動制限が厳しく気分転換の場が少なかったこと。
- 心身が生活環境に適応するのに1週間ほどかかったこと。
- 有能な手術助手がいなかったこと。
- 語学力不足で仕事外の込み入った話や微妙な笑い話などについていけなかったこと
- Q派遣期間を終えて帰国後は?
-
まずは温泉。週2回の外来勤務。そして、趣味(登山、テニス、バイオリンなど)に磨きをかけ、次回の派遣に備えて心身を鍛えようと思っています。
- Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス
-
知識・技術の習得に加えて“感性”を磨き、異文化の人びとと仲良くなり、心を通わせてください。
- 菅村医師は2007年12月にイランに派遣されました。イラン派遣時の「派遣者の声」はこちらをご覧下さい。