海外派遣スタッフ体験談

戦火から逃れてきた人びとの緊急医療支援に従事

的場 紅実

ポジション
薬剤師
派遣国
イラク
活動地域
エルビル
派遣期間
2016年11月~2016年12月

Q国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

2016年10月から1ヵ月間、MSF米国事務局主催の"Forced From Home"(家を追われた人びと)という展示企画に、ボランティアのツアーガイドとして参加しました。2015年末の時点で、6500万人(※)が紛争や迫害によって家を追われ避難生活を送っています。こうした難民や国内避難民は、私たちと同じように家族と共に安全に暮らし、勉強をし、仕事をもつ生活を望んでいます。そうしたことを米国の市民に、体験を通し身近に感じてもらい、理解を深めてもらうための展示でした。

今回の派遣先のイラクは、こうした難民や避難民を多く受け入れている国の一つです。米国滞在中に、イラク北部の避難民に対する緊急医療援助への派遣依頼を受け、即承諾しました。

  • 出典UNCHRグローバル・トレンズ・レポート2015(年間統計報告書)
Q派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

前述のように、派遣の1週間前まで米国でForced From Homeに参加していました。各地の難民キャンプで働いた経験者と共に働くことで、世界の難民問題や日本と戦争、日本と難民問題について深く考える貴重な経験となりました。今回は出発前に電話で簡単なブリーフィングを受け、その後日本からイラク北部に入ったのですが、アメリカでの仲間との1ヵ月が非常に有効なブリーフィングとなりました。

Q過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

緊急活動への派遣は初めてで、かつ初めての薬剤部コーディネーターという立場でした。出発前は、自分に何がどこまでできるか不安もありましたが、「You will do your best!(ベストを尽くして)」というデスクからの言葉に背を押されて決断しました。

立ち上がってまだ数週間のプロジェクトには最小限のメンバーしかおらず、オフィスも住居も整備されていない状況で、薬剤関連業務全般のセットアップ(薬局や薬剤管理プログラム準備、スタッフの採用など)、医薬品確保、力仕事、掃除もすべて1人で行いました。手術室のある病院のプロジェクトは初めてで、麻酔薬、手術糸などについて、手術室のチームに教えてもらい仕事をしました。

前回のマニラでの医薬品の現地購入とそのための品質評価の経験は、今回非常に役に立ちました。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
イラクの夕日。通勤途中の村々は「イスラム国」によって破壊された イラクの夕日。通勤途中の村々は
「イスラム国」によって破壊された

2016年10月、イラク政府軍は、2014年以降過激派組織「イスラム国」の支配下にあるイラク北部の都市モスルを奪還するための攻撃を開始しました。戦線の変化、暴力の激化とともにモスルとその周辺に住む数万人が、より安全な土地へと避難を開始しました。今回のプロジエクトは、モスル奪還作戦に伴う避難民への医療提供でした。

MSFは緊急援助の際に、薬剤庫のある欧州から大量の医薬品を空輸します。今回も10月下旬には緊急プロジェクトの医薬品がイラク北部の空港に到着していたのですが、医薬品輸入許可の手続きに時間を要し、実際に到着したのは3週間後でした。その後も、病院設置の許可、人材の確保など手続きの多くに問題があり、病院が診療を開始したのは12月初旬でした。

イラク北部は、クルド自治区の一部です。イラクは、バグダッドを首都とするイラクと、エルビルを首都とするクルド自治区に分かれ、2つの地域の間には実質的な境界線があります。そのため、住居があるクルド自治区側からイラク側にある病院へ通うには、武装した兵士たちが駐在する複数のチエックポイントを通過する必要がありました。途中には、破壊された家屋、橋など、戦闘の跡がまざまざと残っていました。

開院後は連日緊急処置を必要とする患者が訪れ、約2週間で医薬品の一部が枯渇しました。また戦闘の状況により30人以上の死傷者が一度に担ぎ込まれ、病院内が騒然とする日もありました。寒い時期であったため、暖房器具の事故による全身火傷、戦闘にともなう外傷、緊急出産、そして高血圧、心疾患、糖尿病など慢性疾患の患者が多く訪れました。

イラクはクウェート侵攻の1990年以降、国連経済制裁のため物資が不足しています。医薬品は制裁対象ではありませんでしたが、最近では「イスラム国」の攻撃、石油価格の下落の影響で、経済活動が停滞し医療施設も減少していました。

薬剤師としての最重要任務は医薬品の確保です。イラクへの医薬品輸入は可能ですが時間がかかりすぎるため、現地やバグダッドの医薬品会社を評価し、医薬品を購入する方向へ切り替えました。麻酔薬、滅菌ガーゼ、手術用の糸、滅菌手袋などなど数百種類に及ぶ医薬品・消耗品に対し、一つひとつ供給可能な会社を探していくことは、終わりがない作業でした。医薬品不足、供給不能のために医療活動を停止する、もしくは妥協することは、MSFとしてはなんとしても避けたい状況であり、そのプレッシャーは大きかったです。

Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?
イラク・ガラヤのMSF病院 イラク・ガラヤのMSF病院

私の活動期間は5週間と非常に短かったため、担当業務を計画的に遂行し、単発的に発生する仕事はその都度対応していきました。緊急性が高い仕事も多くあり、状況も日々変化していたため、どう効率よく働くか、どうしたら将来のプロジェクトにとって最善かを考えながら働きました。

一人一人のスタッフの能力が非常に高く、全員休みなく朝8時から午後8時、9時まで働いていました。当初プロジェクトは2つでしたが、3つ目のプロジェクトも立ち上がり、日々計画通りに事が進むことは難しい状況でした。

勤務外の時間は、食事と体を休めることを心がけました。数時間ほど気晴らしに出かけることもありました。初回派遣時の尊敬するボスが、ちょうど別の医療団体でイラク北部に派遣されており2年半ぶりに再会し、大きな励みとなりました。

今回、私以外の海外派遣スタッフ全員がフランス語圏出身でした。特に最初の2週間は、仲間と親しくなる前だったのでフランス語環境に慣れず精神的にまいりました。仕事のストレスよりも言葉の壁が一番辛かったです。「英語のプロジェクトなので、英語で話してもらわないと働けない!」と一生懸命訴えてからは、皆のムードも変わり、私自身も吹っ切れて元気に働くことができました。

Q現地での住居環境についておしえてください。
貨物倉庫を利用した病院 貨物倉庫を利用した病院

民家を借り受けて仲間と住んでいました。部屋は8つあり私のいたエルビル市内のコーディネーション・チームは個室を与えられていました。エルビル市内は、とても安全で種々のレストランもあり日中は自由に歩き回ることが許されていました。コックさんの作ってくれる現地の料理は大変おいしかったです。

一方、病院を設置したフィールドで活動するスタッフ用の住居では、当初は部屋を2人でシェアし、公共の電力が戦闘のため停止していたため電気はなく、共同シャワーは水しか出ず(冬です!)、朝ごはんもみなヘッドランプをつけて食べるような状況でした。

Q活動中、印象に残っていることを教えてください。(学んだこと、苦労したこと、新たな発見など)

スタッフの採用の際、1人の薬剤師の枠に1週間で40人近くの応募がありました。ほとんどの応募者がヨルダン、シリア、トルコ、イラク(バグダッド)など近隣諸国の出身で、大学で薬学を学び薬剤師の資格を得ながらも、戦争や暴力を逃れて避難して来た人びとでした。

彼らの多くは難民キャンプに住んでいるわけではなく、エルビル市内に居住し、仕事をみつけ、安定した暮らしを求めて努力しています。履歴書を読むだけで、この地域に住む多くの人びとが、幼いころから戦争の影響で人生を左右され、困難な道をたどっているのだと感じました。

現地スタッフにもシリア出身者が多く、アレッポの医学生だった女性スタッフは、紛争による混乱のため6年で済むはずの学生生活が8年かかっており、医師国家試験を受験するために春にはいったんアレッポに戻ると言っていました。

紛争下で、医療援助を緊急に必要としている人びとが目の前にいるにもかかわらず、イラク政府や自治体、軍の手続きや交渉に時間を要し、人びとへ必要な医療援助を即時に提供できないことに非常な憤りを感じました(国境なき医師団は、基本的には可能な限り現地の自治体などの認可を得て活動をする)。医薬品の輸入、輸送、人材の確保、何をとっても、一筋縄ではいきません。戦争や紛争のある国や地域では、このように基本的人権が軽んじられているのだと目の当たりにしました。

Q今後の展望は?(次回の派遣を考えている方は、それまでにしたいこと、新たな挑戦など)

すでに1月末からの派遣(※)が決まっています。それまでは、準備をしつつ、友人に会ったり、好きなことをして過ごします。

今回の派遣期間は5週間と短かったため、手掛けたことは多かったのですが結果を見ることができませんでした。プロジェクト自体に非常にやりがいがあり、帰国後もかなり想いが残っていました。クルド自治区には、各地からの避難民がとても多く、宗教や風習などの違いにも人びとは寛大であるような気がしました。私が出会ったクルドの人びとはみな親切で忍耐強く向上心にあふれていました。機会があれば、またイラク北部で働きたいです。

  • 2017年1月から南スーダンの活動に参加
Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

海外派遣は体力勝負です!健康管理がとても大切です。 

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2014年9月~2015年3月
  • 派遣国:ウガンダ
  • 活動地域:アジュマニ
  • ポジション:薬剤師

活動ニュースを選ぶ