海外派遣スタッフ体験談
笑顔を見せる子どもたち、亡くなっていく子どもたち
松本明子
- ポジション
- 正看護師
- 派遣国
- ナイジェリア
- 活動地域
- ソコト州
- 派遣期間
- 2010年2月~10月

- Qなぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?
-
活動中、現地と子どもと。
MSFで栄養治療プログラムを2回経験しましたが、まだ経験が十分でないため、今回も栄養治療プログラムに参加しました。栄養治療プログラムがやりたくてMSFに参加し、今後も、栄養治療プログラムか緊急援助プログラムに参加していくつもりです。
- Q今までどのような仕事をしていたのですか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?
-
2001年から、いろいろなNGO団体に参加して、人道援助の仕事を続けています。それ以前は、病院で救急当直、病棟勤務をしていました。1995年、阪神・淡路大震災の時には病院が被災地で、また救急救命士の資格もあり、物品、電気や水がない状態でも治療を続けました。そのような経験が活きています。
- Q今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
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現地の住居。
栄養治療プログラムの中の、特に入院をして集中的に医学的栄養的に治療が必要な5歳未満の子どもたちを対象にしたプログラムのマネージメント、アセスメント、データ整理、スタッフのトレーニング、治療を行いました。ほかには、栄養状態調査に参加したり、病院以外の場所での栄養治療プログラムのマネージメントにもかかわりました。また、医薬品の管理やオーダーをロジスティシャン(物資調達、施設・機材・車両管理など幅広い業務を担当)と一緒にこなしました。
- Q週末や休暇はどのように過ごしましたか?
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週末は、映画を見たりオープンマーケットに買い物に行ったり、ダンスしたり、音楽を聴いたりしていました。休暇は、ナイジェリアを出て、ゆっくりしていました。
- Q現地での住居環境についておしえてください。
-
自分の部屋があって、バスルームは共同です。掃除や洗濯はスタッフがしてくれたのと、コックさんが週末もいたので、買い出しや食事の用意は基本的にはしなくてすみました。インターネットはアクセスができる状態です。また、暑いところなので、部屋にはエアコンと天井に扇風機がついていました。オフィスと住居は、同じ敷地内にあり、ガードマンが24時間体制で勤務していました。発電機で電気供給をしているため、電気は時間制で供給。暑いので、水シャワーでした。
- Qよかったこと・辛かったこと
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子どもの栄養状態の確認や治療プログラムに集まった母と
子。チームがよかったので、仕事もプライベートも問題なかったです。また、たくさんの子どもたちの笑顔にも出会えました。
つらかったことは、100人以上の子どもたちを看取ったことです。
- Q派遣期間を終えて帰国後は?
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次の派遣が決まっているので、それまでは、のんびり日本で休暇を過ごします。
- Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス
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思いどおりに派遣が決まるわけではないので、あきらめずに自分をアピールすることが大事だと思います。「やりたい」「行きたい」と思う気持ちがあれば、行動を起こすべきだと思います。 医療従事者じゃなくても、重要な仕事がたくさんあって、プロジェクトは、その人たちに支えられているので、医療関係者でなくてもどんどんチャレンジしてみてください。
MSF派遣履歴
- 派遣期間:2007年12月~2008年8月
- 派遣国:ウガンダ・カボング県
- ポジション:看護師
- 派遣期間:2009年1月~3月
- 派遣国:スーダン・西エクアトリア州
- ポジション:看護師
- 派遣期間:2009年5月~9月
- 派遣国:インド・ビハール州ビラウル
- ポジション:看護師