救う命を選ぶ必要に迫られる──暴動後の南アフリカ、医療現場からの報告

2021年08月06日
ヨハネスブルグ市での暴動の後、被害の状況を確認しに来た男性。彼はここで商売を営んでいた © James Oatway/MSF
ヨハネスブルグ市での暴動の後、被害の状況を確認しに来た男性。彼はここで商売を営んでいた © James Oatway/MSF
🄫 MSF
🄫 MSF
2021年7月上旬、南アフリカ共和国(以下、南アフリカ)のクワズル・ナタール州とハウテン州では、約1週間にわたり暴動が続いた。長年にわたる不平等、深刻な貧困、30%を超える失業率、そして新型コロナウイルス感染症対策として繰り返し実施されたロックダウンによる経済の落ち込みに、多くの国民が失望し不満を抱いている。

暴力・略奪行為による死者数は270人に上り、主要な道路の寸断によって、食料や燃料、その他の生活必需品の供給が停止。輸送用トラック、小売店、ショッピングモール、さらには90軒の薬局と複数の医療施設が放火と強奪の被害を受けた。

警察や軍の介入により暴動は治まったものの、収束から数週間が経ったいまも、医療施設では患者数が増加し、現地住民、特に非公式居住地に住む弱い立場に置かれた人びとは、食料と医療の確保が難しい状況に置かれている。人びとが直面する人道危機と、医療現場での国境なき医師団(MSF)の取り組みを伝える。

医療ひっ迫、命を救う患者の選択を迫られることも

暴動により、一部の病院と診療所は閉鎖を余儀なくされ、その他の医療施設でもスタッフが出勤できないという事態が起きた。多くの病院で救急医が不足し、次々と来院する外傷患者に対応できなくなっていた。

「MSFは暴動の影響を受けた住民や医療施設への緊急援助に当たっています」そう説明するのは、MSF南アフリカ支援チームの責任者フィリップ・アリューナ。ハウテン州ではヨハネスブルク市の暴動に見舞われた複数の地域を調査し、アレクサンドラ地区の診療所とヴォスルーラス地区にある病院の救急処置室には、外傷への対応経験を持つ看護師を派遣した。

アリューナは言う。「私たちの目的は、一部の医療スタッフが出勤できない中でも、増加する外傷患者に対応できるようにすることです。状況が落ち着きを取り戻して医療施設が再開すれば、暴動が起きていたときは医療機関の受診を控えていた人びとや、HIV結核、高血圧、糖尿病などの慢性疾患の処方薬を必要とする多くの患者さんが来院するでしょう」

クワズル・ナタール州のピーターマリッツバーグ市では、地域の病院が新型コロナウイルス感染症の重症患者を治療できるよう、MSFがエショウェ町で長期的に携わっているプロジェクトから酸素濃縮器を貸し出した。

この病院には、暴動に関連した外傷患者と新型コロナの重症患者が同時に押し寄せたため、医療体制がひっ迫。医師たちは救命治療を行う患者を選ぶという、苦渋の決断を余儀なくされた。暴動の数日後には、けがをした大勢の患者が集中治療を受けたため、重体の新型コロナ患者がベッドを使用できない状況にまで陥ったという。

ハウテン州アレクサンドラ地区の診療所で活動するMSFのスタッフ © Tadeu Andre/MSF
ハウテン州アレクサンドラ地区の診療所で活動するMSFのスタッフ © Tadeu Andre/MSF

弱い立場に置かれた人びとに医療を

MSFは7月18日から、ダーバン市のブライアーディーン非公式居住地でも直接的な支援を行っている。MSF緊急対応チームのアダライン・オリバー看護師は言う。「暴動のあった週、トタンの家が集まる非公式居住地が火災に見舞われ、250世帯が住まいと財産を失いました。幼い子どもを連れた母親たちは野宿せざるを得ず、食料の確保にも苦労していました。治安の乱れと、一部診療所の閉鎖のせいで、医療を受けられない人も大勢いました」

こうした状況を受け、MSFは現地に緊急の宿泊施設としてテント1張を設置。毛布600枚、衛生キット250組、その他の必需品を配布したほか、医療チームが人びとの診察と、最低限ながらできる限りの手当てを行った。

オリバーは続ける。「この非公式居住地で最初に治療した10人の患者さんのうち、4人が外傷を負っており、さらにそのうちの3例は暴力によるものでした。そこで、私たちは傷の手当てができる拠点を設けることにしました。診察した患者さんの中には、火災が起きた際に持ち物を取り出そうとして煙を吸い込んでしまった人もいます。住民に心のケアが必要だということもわかりました」

MSFは、エショウェのHIV/エイズ・結核長期プロジェクトにおいて、7月21日までに診療所と病院を拠点とした活動と、医療施設外での活動を全面的に復旧。エンパンゲニという町の近郊にあるングウェレザナ病院で、新型コロナウイルス感染症施設への支援も7月19日に再開した。

ブライアーディーン非公式居住地では、独立・公平の立場で7月末まで保健医療を提供し、クワズル・ナタール州の保健医療の不足に関する調査も進めていく。

火災が起きたブライアーディーン非公式居住地に、毛布などの物資を運び入れるMSFのスタッフ 🄫 MSF
火災が起きたブライアーディーン非公式居住地に、毛布などの物資を運び入れるMSFのスタッフ 🄫 MSF

この記事のタグ

活動ニュースを選ぶ