漁師なのに、海の見えない土地に 「家に帰りたい」

2019年09月18日掲載

2015年からダーダ避難民キャンプに暮らす一家=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSF2015年からダーダ避難民キャンプに暮らす一家=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSF

東西に長いイエメン。その西部の内陸にあるアムラン県のハメルに、国内避難民キャンプが広がる。名前はダーダ国内避難民キャンプ。いま、3500人近くが先の見えない状況で暮らす。

このキャンプに暮らす人たちのうち3分の2は、2015年に逃げてきた。サウジアラビアとアラブ首長国連邦率いる連合軍が同年、イエメン西北部にある反政府勢力「アンサール・アッラー」(通称フーシ派)の本拠地サアダ県に激しい空爆を加えた。

ダーダ国内避難民キャンプでは医者にかかることも難しく、水も不足している=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSFダーダ国内避難民キャンプでは医者にかかることも難しく、水も不足している=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSF

国境なき医師団(MSF)は数年にわたって、ダーダ国内避難民キャンプで救援キットを配布してきた。移動診療もしてきたが、2016年に立ち入りが禁止されてしまい、活動を中止せざるをえなかった。

MSFは西隣のハッジャ県にあるアブス病院も支援している。2016年8月15日、連合軍による空爆でこの病院は一部が損壊し、19人が亡くなった。 

破壊されたアブス病院の緊急処置室=2016年8月 ©Rawan Shaif破壊されたアブス病院の緊急処置室=2016年8月 ©Rawan Shaif

MSFはアブスに、コレラ治療センターも新設したが、直後の2018年6月に、連合軍の空爆によって破壊された。 

空爆で破壊されたMSFのコレラ治療センター=2018年6月 ©MSF空爆で破壊されたMSFのコレラ治療センター=2018年6月 ©MSF

連合軍は同月、イエメン西部のホデイダ市も攻撃。多くの住民がアムラン県に避難した。ファティマさんもその一人だ。同年7月、紅海で漁師をしていた夫とともに、逃げ出し、12時間かけて、300キロメートル離れたハメルに移動した。戦闘の音が自宅に近づいてくる恐怖を今も覚えている。

夫婦はいま、ダーダ国内避難民キャンプ外れにあるテントで暮らす。そこは、海から遠く離れている。「ホデイダの家に帰りたい」 とファティマさん。

ファティマさんは炊事用ガスや清潔な水が手に入りにくいことに苦労している=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSFファティマさんは炊事用ガスや清潔な水が手に入りにくいことに苦労している=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSF

 2019年初頭、ハッジャ県で、連合軍が支援するハディ大統領側と、アンサール・アッラーとの戦闘が激化し、数万人が避難した。その一部はダーダ国内避難民キャンプに逃げ込んだ。

アーマドさんはハッジャ県ミディ出身。サウジアラビア国境から50キロメートルほど離れた山岳地帯のハジュール村で暮らし、同国に日用品を売って生活してきた。だが、戦闘と爆撃で全てを失い、2019年4月、妻と3人の子どもを連れて、逃げた。

いまは、ハメルモスク近くにある民家の廃墟で暮らす。近くで野菜を育てているが、援助なしには生活ができない。

アーマドさんと息子ナセル君(3)=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSFアーマドさんと息子ナセル君(3)=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSF

2019年3月にはアブス北部とアムラン県で戦闘が起き、2万人余りが住まいを追われた。国連の推計によると、イエメンの国内避難者は365万人に上る。

いつ止むともわからない戦闘。ダーダ避難民キャンプには、ウード奏者モハマド・ハムードさんの弾く音が響いている—ー。

モハマド・ハムードさん=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSFモハマド・ハムードさん=2019年4月 ©Agnes Varraine-Leca/MSF

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