シリア:旧政権に破壊された東グータ地区──人びとの苦しみはいまも終わらず

2025年02月13日
シリアの首都ダマスカス近郊に位置する東グータ地区。破壊された街の様子=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour
シリアの首都ダマスカス近郊に位置する東グータ地区。破壊された街の様子=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour

「東グータをこの目で見たときは、胸が張り裂けそうでした」

国境なき医師団(MSF)で、シリアにおける活動責任者を務めるパトリック・ビーラントはそう話す。「破壊の規模は凄まじく、人びとは極度の貧困の中をなんとか生きのびている状況です。多くの人が医療も必要としています」

昨年12月、24年にわたり支配を続けたバシャール・アサド政権が崩壊したシリア。MSFは10年以上ぶりに首都ダマスカスへのアクセスを回復し、1月21日から移動診療を開始した。

東グータの人びとの苦しみは、いまも終わっていない。この場所でかつて何が起きたのか。そして現地の人びとはいまどのような状況に置かれているのか──。MSFの活動現場から伝える。

東グータとは

首都ダマスカス近郊、約10キロに位置する地区。反政府勢力の拠点となり、2013年にはシリア政府軍が化学兵器を使ったと疑われる攻撃の標的となった。2018年に政府軍とロシア軍による激しい攻撃にさらされ、多くの市民が犠牲となった。

壊れた建物のがれきのなかで

緑豊かな110平方キロメートルもの土地に、果樹や農場が広がっていた東グータ。しかし、旧シリア政府軍による執拗な空爆が何年も続いた後、かつて主要な食糧生産地域だった場所は、屋根や窓を失い、生命を奪われた灰色の建物が点在する荒廃した土地と化した。それでも人びとはここに留まり、何とか生活を続けようとしている。

「まるで中世から抜け出してきたような、破壊された建物のがれきのなかで人びとは生活しています」

シリアでMSFの医療チームリーダーを務めるビラル・アルサラキビはそう話し、続ける。

想像を絶するほど、何もかも行き届いていません。医療ニーズは膨大ですが、人びとが医療を受けるためには、絶望的なほど時間がかかります。

ビラル・アルサラキビ MSFの医療チームリーダー

人びとの生活環境は過酷で、清潔な水やきちんとした食事、衛生インフラ、家屋の暖房も足りていない。そのため多くの健康被害にさらされている。

東グータのある地域では一帯が完全に破壊された=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour
東グータのある地域では一帯が完全に破壊された=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour

移動診療で人びとに医療を

2025年1月から、MSFは東グータのいくつかの街(ドゥーマ、ハラスタ 、ザマルカ、ハムリア、アイン・タルマ、カフル・バトナ)に複数のチームを派遣。MSFのチームは、移動診療を通じて、診察や心のケアなどの基礎医療を提供している。

(動画:1分48秒)

アサド政権下、MSFは何度も東グータに入ろうとしたが、繰り返し入国を拒否されていた。その結果、ここに住む人びとの医療へのアクセスは極めて限られたものになっている。

「病気やケガをしても、医療を受けることは難しいです。救急車もないし、薬も高すぎます」。移動診療に訪れたムハンマド・リアドさんはそう話す。

移動診療は素晴らしいアイデアだと思います。この地域すべてをカバーしてくれたら、多くの人が苦労せずに済むでしょう。

ムハンマド・リアドさん 患者

診察の順番を待つ患者たち。MSFは1日平均100人の患者に医療を提供=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour
診察の順番を待つ患者たち。MSFは1日平均100人の患者に医療を提供=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour


MSFは、さまざまな症状に苦しむ人びとへの対応を続けている。最も多いのは呼吸器感染症、喘息、そして食品汚染による胃腸炎だ。中には糖尿病や高血圧、心血管疾患といった非感染性疾患の患者もいる。

MSFはまた、街の医療・人道状況についても調査を実施。長期にわたるMSFの不在の後、人びとはどのような医療ニーズを抱えているのか。その実態を把握するための調査も進行中だ。

移動診療の待合室で、非感染性疾患について説明するMSFのヘルスプロモーター=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour
移動診療の待合室で、非感染性疾患について説明するMSFのヘルスプロモーター=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour

執拗な攻撃にさらされた東グータ

2012年、反体制派が東グータを掌握すると、アサド政権は同地域に対し厳しい包囲網を敷いた。地上および空からの執拗な爆撃は、住宅、市場、病院を標的とし、食料、水、医薬品は戦闘の手段として意図的に供給を断たれた。

国連の報告書によると、2018年2月18日から3月11日までの間に、旧政府軍による攻撃により1100人が死亡し、4000人が負傷。同じ期間に、複数の武装集団によるダマスカスへの砲撃により、さらに数百人が死亡または負傷した。

「2013年の包囲により、多くの人びとが日々続く空爆で負傷し、手足を失いました」と東グータの住民オスマン・アルリファイさんは振り返る。

医師たちは給料の低さを理由に海外へと渡りました。そして、医療従事者が去った影響はいまも残っています。

オスマン・アルリファイさん 東グータの住民

激しい攻撃は地域を破壊し、人びとにも甚大な被害を与えた=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour
激しい攻撃は地域を破壊し、人びとにも甚大な被害を与えた=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour

一刻も早い支援が必要

2013年から2018年の間、MSFは東グータのシリア人医療従事者に遠隔でサポートを提供。医療物資を送り、資金援助を行い、技術指導を行った。東グータで活動することができなかったMSFにとって、これが現地の医療チームを支援する唯一の方法だった。

2013年、MSFは20の診療所と病院を支援していたが、長期化する暴力の激化により、2018年には支援を行う医療施設はわずか1つの診療所となった。他の19の施設は、旧政府軍がその地域を掌握した後、閉鎖されたか放棄された。そしてある時から、MSFができることは何もなくなったのだ。

「いまMSFが行っている移動診療は、ここ数年東グータで多くの苦難を耐え抜いてきた人びとに、ほんのわずかな安らぎを与えています」

先ほどのビラル・アルサラキビはそう話し、続ける。

これまでの過酷な経験にもかかわらず、人びとはいまも笑顔を見せてくれます。彼らが再び生活を取り戻すために、一刻も早い支援が必要なのです。

ビラル・アルサラキビ MSFの医療チームリーダー

東グータで活動を続けるMSFの医療チーム=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour
東グータで活動を続けるMSFの医療チーム=2025年1月30日 Ⓒ Omar Haj Kadour

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