その「傷」を治すために──パレスチナ・ヨルダン川西岸地区 イスラエル軍による暴力の中で
2024年11月07日外傷などの応急処置を学ぶ
ある晴れた日の朝、MSFのスタッフが用意した部屋に20人以上の女性が集まり、輪になってアラビックコーヒーを飲みながら談笑する。部屋の中央には、ガーゼや止血バンド、人体の血流を説明する図が置かれたテーブルがある。ここは、パレスチナ・ヨルダン川西岸地区のトゥルカレムにある、ヌール・シャムス難民キャンプ。MSFが提供する「止血処置」講習の様子だ。
この部屋に集まった女性の多くは、医療的な訓練をほとんど受けていない。しかし、外傷や大量出血は彼女たちにとってもはや目新しいものではなくなった。イスラエル軍による度重なる軍事侵攻が続く中、彼女たちは医療施設にたどり着く前に行うことのできる、傷の手当てや止血バンドの着け方、家族や隣人に応急処置を施す方法などを学んでいる。
「私たちは侵攻や爆撃、銃撃による負傷に直面しています」
そう話すのは、ヌール・シャムス難民キャンプから講習に参加したサイーダ・アフマドさんだ。
「目の前に負傷者が倒れていることもよくあります。そのような状況ですから、適切な応急処置を行う知識を身につけることは大切だと感じています。侵攻の中では、救急車が現場に駆け付けることもとても難しいものです」
だからこそ、キャンプにいる全員が応急処置の知識を持つ必要がある。そうすれば、私たちが負傷者を助けることができるのです。
サイ—ダ・アフマドさん ヌール・シャムス難民キャンプの住民
激しさを増すイスラエル軍の侵攻
イスラエル軍による攻撃はますます頻繁になっており、医療アクセスを遮断することは手段の一つとなっている。道路は封鎖され、救急車は動けない。医療従事者は嫌がらせを受け、標的にされ、あらゆる手段で妨害される。そのため、負傷者は病院にたどり着けないことが多い。
また、侵攻も暴力性と激しさが増している。10月3日には、トゥルカレム難民キャンプへの空爆で18人が死亡した。人口密集地や難民キャンプにおけるドローン攻撃、空爆、その他の砲撃はますます日常的なものとなっている。侵攻は長期化している上、ここトゥルカレムだけにとどまらない。8月、イスラエル軍はトゥルカレムの北に位置するジェニンで、9日間にわたる大規模な軍事侵攻を行った。
「誰もが不安に駆られている」
イスラエル軍による侵攻は、人びとの生活をすっかり変え、平常心や安全感を奪っていく。誰もが常に直前の暴力の余波の中におり、引き裂かれた道路や破壊された家屋を再建しながら、次に起こる攻撃まで息を潜めているのだ。
MSFはこうした侵攻の影響に起因する深刻なメンタルヘルスの課題に対応するため、キャンプの住民に心理的応急処置も行っている。侵攻はすべての住民に影響を及ぼしているが、特に子どもたちへの影響は深刻だ。
「非常に厳しい状況です。キャンプにいる子どもたちは、学校にいる間に侵攻があるかもしれないと怖がって、学校に行くのをためらっています」
トゥルカレムで地域の健康教育を担うMSFのスタッフはそう話す。
「家庭内でも安定が失われています。誰もがいつも不安に駆られており、子どもたちは外で遊ばなくなりました。ほとんどの時間を家で過ごし、外出もままなりません。出かけている間に襲撃や事件が起こるかもしれないという不安から、親が買い物にさえ行かせないのです」
暴力を体験することが、遊びの中心になってしまっている子どもたちもいます。
MSFのスタッフ
心の傷もまた深く
恐怖と不安の中で生きる人びとは、普通の生活を送ることも、将来の計画を立てることもできなくなる。だからこそ、侵攻の中で医療処置を行う方法を住民に提供する、止血処置講習のようなトレーニングは意味がある。人びとは状況をある程度コントロールする感覚を持つことができるようになるからだ。
しかし、そもそもこのようなトレーニングの存在自体が、西岸地区の状況の悲惨さを浮き彫りにしている。
部屋では、参加者がお互いの腕にガーゼを巻く練習をしている。そうするうちに、一人一人の心の傷も明かされていく。皆、自らが経験した暴力の物語を分かち合う。会話で、物語で、携帯電話のロック画面に映る、殺された家族の写真で──。
体の傷だけではなく、心の傷もまた深い。そしてその傷を修復するためには、さまざまな方法で出血を止めること以上に、もっとずっと時間がかかる。