心と体の傷は深く、重く──パレスチナ・ガザ地区 破壊の渦に巻き込まれて

2022年09月07日
パレスチナ・ガザ地区に住む13歳のワエルさん。今年8月、複数のロケット弾がアパートを直撃し負傷した Ⓒ MSF
パレスチナ・ガザ地区に住む13歳のワエルさん。今年8月、複数のロケット弾がアパートを直撃し負傷した Ⓒ MSF

2022年8月上旬、イスラエルとパレスチナ・ガザ地区の武装勢力の間で3日間にわたり戦闘が激化。封鎖されたガザ地区では、すでに絶望的だった人道的状況がさらに深刻化した。

停戦後、国境なき医師団(MSF)は患者とMSFのパレスチナ人スタッフに、度重なる暴力が自分自身や家族にどのような影響を与えているかを聞いた。

心と体に残る、癒えない傷

ガザ地区の実家に爆弾が落ちた時、サカーさんは眠っていた。でもその時でさえ、何が起こったのかすぐに分かった。意識を失って病院に搬送されるまで、そして意識が戻り、自分と家族は再び助かったと気づいた時も──。

爆撃から5日後、そして停戦が宣言されてから2日後の8月10日。サカーさんはMSFのガザ診療所内に腰掛け、近所の人から送られてきた写真を携帯電話でスワイプしながら眺めていた。写真には、血とセメントの粉で顔を覆われ、地面に倒れた自分と弟たちの姿が映し出されている。サカーさんは、あの場にいた全員がまだ生きていて、この診療所に来ていることに驚いている。

サカーさんは、30歳で4児の父。2014年の戦争の時にも爆撃を受け、命は助かったが、皮膚移植が必要な傷を負った。今回の爆撃で背中は切り傷だらけになり、傷口はまだ開いたままだ。ひどい骨折や擦り傷を負った2人の弟と一緒に、包帯交換のため診療所にやって来た。

8月の戦闘により、約350人のガザ地区住民が重傷を負った。この15年間で5回にわたって行われたガザへの攻撃で、負傷したり障害を負ったりした人は数千人に上る。国連によると、今回の戦闘で49人の住民が死亡。その中の17人が子どもだという。

大やけどと骨折を負い、治療を受けるマフムードさん。過去の戦争で幼なじみを失ったことを今も思い出す Ⓒ MSF
大やけどと骨折を負い、治療を受けるマフムードさん。過去の戦争で幼なじみを失ったことを今も思い出す Ⓒ MSF

サカーさんの22歳と13歳の弟たちは、自分たちの体験をこう振り返る。「破壊から逃れるために何度引っ越しても、戦争による肉体的、精神的な傷をひしひしと感じます。それが自分たちの人生を作っているのです」
 
22歳のマフムードさんは、「2008年の戦争中、私は小学4年生でした。子どもの頃、爆発音が聞こえ、よく遺体を見たことを覚えています。2012年もたくさんの負傷者や死者を見て、多くの友人を失いました。そして、2014年の戦争で私たちの家も被害を受けました」と話し、こう続けた。
 
「長い間、恐ろしい光景を目にしてきました。でも、今回の戦闘ほどではありませんでした」

過去15年間で5回の戦争

サカーさん兄弟のようなガザ地区の住民にとって、戦争に巻き込まれる体験が重なるうちに、心身の傷は重くなっていく。そしてそれは、負傷者に対応する医療従事者にとっても同様だ。彼らも救急治療室で何度も同じ光景を見てきた。

ガザへの空爆が始まった8月7日、金曜日の夜。麻酔科医のオサマ・タウフィク・ハマド医師は、アル・アウダ病院で勤務中だった。2019年からMSFの医師として働き、2つの戦争を通して患者のケアに当たってきたオサマ医師は、この日、救急処置室が数分で満員となる様子を目の当たりにした。

「15人以上の患者を受け入れ、そのうち6人は子どもでした」。頭蓋骨に爆弾の破片を受けた幼い子ども、胸に血腫を負った子ども……どちらも緊急手術が必要だった。

「ガザでは空爆があるたびに大勢の負傷者が一気に病院に運ばれて来ます。一度に50人、もしくはそれ以上の患者さんを受け持つことも。私たちも嫌な気持ちや怒り、複雑な感情が湧き上がってきますが、気を強く持って患者に向き合わなければなりません」

繰り返される戦闘 通院は日常に

オサマ医師はある事実を指摘する。戦争から生き延びた患者は、手術や理学療法、そして戦争で負った心身の傷を癒すために病院に通うが、時とともにそれが日常生活の一部になっていく、と。

オサマ医師の同僚で、アル・アウダ病院の理学療法部門をMSFと一緒に管理する、シャーディ・アル=ナジャールは、戦争のたびに大勢の患者が繰り返し通院する様子を見てきた。

「実はいまも、2021年5月の戦闘後から病院に通い始めた患者さんがリハビリや理学療法を受けています。また、3月のパレスチナ難民の帰還を求めるデモ『帰還の行進』でけがをした患者さんも大勢いるのです」

アル・アウダ病院で理学療法士とリハビリのセッションを受ける患者=2019年11月 Ⓒ Virginie Nguyen Hoang
アル・アウダ病院で理学療法士とリハビリのセッションを受ける患者=2019年11月 Ⓒ Virginie Nguyen Hoang

眠れず、叫び、脅える子どもたち

シャーディは自分も被災している。戦闘が始まって2日目に自宅が半壊したのだ。家族が逃げる機会もないまま、生後9カ月の息子の部屋にも被害が及んだ。シャーディが見つけた時、息子はガラスと破片に囲まれたベビーベッドにいたが、けがはなかった。末娘もショックを受けている、とシャーディは話す。

「娘は眠れず、泣き続けています。私は子どもたちにできるだけ寄り添い、励ますようにしています」

シャーディと同じく、サカーさんも子どもたちを気持ちの面で支えることが特に大変だと語る。

「一番上の子でさえまだ5歳なのです。この戦闘の後、息子は私に戦争を止めてくれと頼み続け、夜中に必ず叫びます。3日間眠れず、寝ついたと思ったら悪夢で目を覚まして走り出すこともあります。どうすれば助けることができるのか……」

医療従事者にも心のケアが必要

ガザで繰り返される武力衝突による心的外傷は、子どもや親の心の健康に明らかに影響を及ぼしている。2021年に世界保健機関(WHO)がまとめた報告書によると、ガザの青少年の82%が、心の健康状態は全体的に悪いか非常に悪いと回答。国連の「2022年人道ニーズ概要」によると、ガザの全児童の半数以上(53%)が児童保護と心のケアを必要としているという。さらに、ガザでは患者の家族や看護師といったケアをする側の人びとも心のケアを必要としており、その数は13万7000人になる。

戦闘が激化していく日々の中で、MSFのスタッフや患者からは、暴力が繰り返される環境で育つ、子どもたちやガザの若者を心配する声が多く聞かれた。

傷の包帯を交換した後、サカーさんとマフムードさんの13歳の弟、ワエルさんは、将来の希望をMSFのスタッフに聞かれこう答えた。

「戦争がなくなり、爆撃のない平穏な日々がガザで続いてほしいです」

MSFは医薬品の寄贈や診療所の開設を行い、患者の治療を行っている Ⓒ MSF
MSFは医薬品の寄贈や診療所の開設を行い、患者の治療を行っている Ⓒ MSF

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