発展から取り残された巨大スラムで、女性の命を守る 日本人トップが報告

2019年04月16日掲載

高層ビルが立ち並ぶ大都会に、医療が届いていない——? 日本人に人気の観光地フィリピンは、国境なき医師団(MSF)の活動地の1つだ。首都マニラを中心に、経済が大きく発展している一方で、フィリピンには取り残された医療ニーズがある。2017年10月から1年5ヵ月にわたり、フィリピン国内のプロジェクトを統括する活動責任者として赴任した村田慎二郎が、現地の活動について報告する。 

スラムで暮らす女性の命を守る

フィリピンでMSF活動責任者を務めた村田慎二郎 © MSFフィリピンでMSF活動責任者を務めた村田慎二郎 © MSF

MSFはフィリピンで2つのプロジェクトを運営しています。その1つが、首都マニラの巨大なスラム・トンド地区で、女性に対して「性と生殖」に関するケアをするプロジェクトです。フィリピンは富裕層・中間層と貧困層との格差が大きく、1億人の人口の約25%が貧困層。マニラは経済都市ですが、トンドには貧困層が密集して暮らしていて、家と家の間の通路も両手を広げれば届くほど。劣悪な環境で、住民の収入も1日に500円くらいしかありません。性産業で家族を養っている女性も多いため、性と生殖に関する健康が重要です。 

発展したマニラ市のなかで取り残されたスラム © Hannah Reyes Morales発展したマニラ市のなかで取り残されたスラム © Hannah Reyes Morales

MSFは地元のNGO「リカーン」と一緒にプロジェクトを進めており、臨床の医療チームのほかに、地域に出て健康教育をしたり患者を連れてきたりして活動をしていました。活動の柱は、家族計画、子宮頚がんの予防、性暴力対策、産前・産後ケア、そして性感染疾患です。子宮頚がんはフィリピンの女性のがんで2番目に大きな死因です。家族計画で取り込んだ層に予防接種やスクリーニングをしていました。 

トンドの人びとに家族計画の重要性やケアの必要性を説明するスタッフ © Hannah Reyes Moralesトンドの人びとに家族計画の重要性やケアの必要性を説明するスタッフ © Hannah Reyes Morales

リカーンはトンドで何年も前から家族計画の促進活動をしている組織です。「コミュニティー・モビライザー」と呼ばれる地域担当スタッフが大勢働いていて、自分の出身の地域に出かけ、家族計画がなぜ大事なのか、どういう方法があるのかを住民に伝えます。地域から信頼されて受け入れられているので、リカーンと組むことでMSFもその強いネットワークを享受できます。MSFは、リカーンと協力して2017年にトンドで2万8000人を対象に子宮頚がんワクチンを接種しました。 

貧困・偏見・不信感が健康の妨げに

子宮頚がんの予防接種を受ける少女 © Hannah Reyes Morales子宮頚がんの予防接種を受ける少女 © Hannah Reyes Morales

子宮頚がんワクチンは、8~11歳くらいの子どもが対象で、2回接種します。フィリピンの健康保険ではカバーされないため、接種しようとすると何万円もかかってしまいます。フィリピン政府は、地方の貧しい地域のために子宮頚がんワクチンの予防接種をしていますが、マニラは経済的に大きな市なので、政府の支援カテゴリーに入らず、貧困層の暮らすトンド地区は支援から抜け落ちてしまうのです。 

フィリピンの医療ニーズについて語る村田責任者 © MSFフィリピンの医療ニーズについて語る村田責任者 © MSF

実はフィリピンでは2017年末ごろから、定期予防接種になっているデング熱ワクチンの品質が問題になり、ワクチンそのものへの反感が高まってしまいました。不信感は今も残っていて、これから数年、新しく生まれた赤ちゃんに予防接種を受けさせない傾向が続くかもしれません。今フィリピンでもはしかが流行していますが、中長期的に見てワクチン接種率の低さは死亡率にも関わってくるので大きな問題です。

性暴力、家庭内暴力の被害も多く、偏見が根強くてなかなか患者が病院に来ません。少しずつ増えてはいて、被害後48時間以内に来る人も出てきました。トンドで最も弱い立場にいるのが10代の子たち。性暴力被害の患者のデータを見ても、6割は少年少女です。出産年齢も若くて住環境もよくない状況で、性暴力被害の治療がどれだけ大事か、医療的にケアが出来ること、早く来れば打つ手があること、MSFなら無料で受けられることを、若い世代に伝えていけるアプローチ方法を探っています。 

「イスラム国」との戦闘で壊れた町で

激しい戦闘で壊されたマラウィ市(2017年11月撮影) © Rocel Ann Junio/MSF激しい戦闘で壊されたマラウィ市(2017年11月撮影) © Rocel Ann Junio/MSF

MSFがフィリピンで運営するもう1つのプロジェクトが、南ラナオ州マラウィ市での基礎医療の提供です。マラウィ市は、過激派組織「イスラム国」系のいくつかの武装勢力とフィリピン軍の激しい戦闘で一部の地域は完全に破壊されてしまいました。もともとマラウィ市は20万人ほどが暮らす市ですが、出稼ぎに来ていた人も入れて、30万人ほどが住む場所を失ったのです。

2017年10月末に戦闘が終了し、避難していた人びとが帰還してくるのですが、政府が設置した国内避難民の区域に入れたのはそのうち5%程度。多くは親戚や知人を頼っています。南ラナオ県はフィリピンでも1~2位を争う貧しい県なのに、そこへ多くの避難民がやってきて、ますます環境は劣悪になっているのです。

医療機関は7割が破壊され、現地の保健省も疲弊しています。医療物資や薬を確保するのに時間がかり、2018年10月にやっと医療活動を開始できました。その間は、国内避難民になってしまった人たちに、水と衛生面での支援をしていました。 

国内避難民の子どもたちに、遊びを通じて心のケアを行う(2017年11月撮影)  © Rocel Ann Junio/MSF国内避難民の子どもたちに、遊びを通じて心のケアを行う(2017年11月撮影)  © Rocel Ann Junio/MSF

MSFの病院に入院病棟はありませんが、月に1500件ほどの診療をしています。ニーズはもっとあるので、医師の数や薬を増やせば、患者の数は2~3倍にも増えるでしょう。今、マラウィ市に毎日医療を届けている国際医療団体はMSFくらいしかいません。復興までにはまだ時間がかかるので、MSFの援助ももうしばらく続ける必要があると思っています。 

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