「彼らの体験を語るのも私の使命」あるMSF看護師の証言

2019年04月12日掲載

国境なき医師団(MSF)のジェイ・デフランチシス看護師 © MSF国境なき医師団(MSF)のジェイ・デフランチシス看護師 © MSF

アフリカや中東などから、紛争や暴力などを逃れた人びとが多く集まる渡航拠点、リビア。オーストラリア出身の国境なき医師団(MSF)のジェイ・デフランチシス看護師は、リビア・ミスラタ市内で、看護活動マネジャーとしての活動を終えたばかりだ。援助した人びとは、理不尽な抑留や、大きな苦痛に直面する移民、難民らだ。デフランチシス看護師が活動について語った。

「何も悪いことはしていないのに…」患者らの悲痛な声

リビアの収容センターで生活する人びと © Sara Creta/MSFリビアの収容センターで生活する人びと © Sara Creta/MSF

抑留施設に収容され、格子の向こうに立つ人びとの姿は全く痛ましいものです。うつろな目をしていても、話しかけてみると、一人ひとりにそれぞれの体験談があります。やり直すために悲惨な生活から抜け出してきた子ども兵士。家族のために教育やチャンスを望む人。私はたびたび尋ねられました。

「何も悪いことはしていないのに、どうして牢屋に入れられているのでしょう?」

MSFはリビアで暴力と搾取の堂々巡りに陥った移民・難民らに緊急援助と医療を提供しています。トリポリから東のミスラタ、ホムス、ズリテンの3都市にある4つの抑留施設に2つの巡回チームを送り、不法移民対策庁(DCIM)の所管のもとで収容中の人たちに基礎的な医療を届けているのです。 

MSFの医師らがバニ・ワリド地域の患者を二次医療施設に紹介した。この患者は、両足を骨折し、ケアを受けた。(2018年4月撮影)© Christophe Biteau/MSFMSFの医師らがバニ・ワリド地域の患者を二次医療施設に紹介した。この患者は、両足を骨折し、ケアを受けた。(2018年4月撮影)© Christophe Biteau/MSF

ミスラタ市ではその他に外来診療所でも活動中です。バニ・ワリド地域では、移民・難民を狙った身代金目的の拉致や拷問がまん延しています。人身取引業者の非合法な監獄から解放されたり、逃れて来たりした人のための宿泊施設で、定期的に診療をしています。患者さんはたいてい、ひどい拷問を耐えてきたため継続的な手当てが必要です。特に重篤な患者さんについては、診療所や病院への引き継ぎを手配します。

正規の抑留施設内での生活についても衝撃的でした。私たちが主に治療した皮膚病、気道感染症、消化器系の不調は、不衛生な環境や人口過密、とても粗末な食事に関係しています。拷問で傷を負った後に時間が経ってしまった患者さんや、治療が受けられずけがが悪化してしまった患者さんもいます。

これまでの体験と無期限の抑留で打ちひしがれ、心の傷ついている人も多いです。みなさんは、自分の国から脱出し、ひどく健康を損ないながらも、リビアにたどり着く姿を想像されるかもしれません。でも彼らの健康問題の大半は、リビアでの過酷な待遇と暮らしに直接の原因があります。 

繰り返される暴力…苦しみ…

難民の男性の着替えを手伝うMSFの看護師。(2018年9月撮影)© Sara Creta/MSF
難民の男性の着替えを手伝うMSFの看護師。(2018年9月撮影)© Sara Creta/MSF

私のリビアでの任期中、何度か上陸地点に立ち入ることができました。そこで会ったのは、小型の船舶でリビア脱出を図り、沿岸警備隊に連れ戻された人たちです。彼らのニーズを調べた後に、靴、下着、タオル、洗剤、化粧品、女性のための衛生用品をまとめた衛生キットを配りました。

また緊急医療でよく処置したのは、化学燃料による熱傷、全身の痛み、気道感染症、脱水症、(船酔いによる)悪心と嘔吐、低体温症、飲み込んだ海水などでした。重症の患者さんや合併症のある患者さんは私たちが病院に引き継ぎ、それ以外の人は当局によって抑留施設に連れて行かれました。

リビアで私が知ったのは、移民・難民・庇護希望者を海と抑留施設との間に捕らえて逃がさない悲惨な堂々巡りでした。上陸地点の小型船舶の中に繰り返し同じ顔を見るようになりました。岸に引き戻されても、すぐに次の船を手配しようとするのです。 

「彼らが消えるのは夜」

地中海で難破した船の生存者(2018年9月撮影)© Sara Creta/MSF地中海で難破した船の生存者(2018年9月撮影)© Sara Creta/MSF

ある患者さんの話です。上陸地点で出会ったあるグループの中に、8歳くらいの少女がいました。抑留施設では私が彼女の家族を担当するだろうから、サイズの合う靴を持って行くと伝えていました。施設に着いてみると、女の子が中庭をスキップしてやってきました。その後ろで、持ち物を手にして立っている母親の姿が見えました。

見回してみると、20人ほどが私物を手に取り、待機中の車に向かっていました。その女の子によると「トリポリの家に住むの!」だそうです。行き先の見当がつきませんでした。きっと、無期限で抑留施設にいるよりはましなところでしょう。そう思うことにしました。

強制労働や人身取引の危険もありますが……。強制労働と人身取引はよくあることで、男性だろうと妊婦だろうと子どもだろうと関係なく被害に遭っています。

私はこの人たちの顔も名前も把握していました。援助活動の中で交流を重ねていたからです。抑留施設を訪れた次の日には、姿の見えなくなってしまった人たちもいます。彼らが消えるのは夜の間でした。中にはこう言う人もいました。「病院に行かせてください。そうでないと、明日にはもうここにはいないでしょうから」

リビアでは、私たちの援助を必要とする人との接触が依然として難しい状況です。目の届かないところが多いからです。抑留施設への立ち入りを続けられるよう、当局との交渉も維持しなければなりません。施設職員が一部の患者だけを診療室に連れて来て、私たちの治療を受けさせ、残りの患者を隠してしまったこともあります。患者さんがどこに移送されたかを把握できないと、経過観察は非常に難しくなります。 

彼らの体験を伝える…私の使命

MSFがリビアで援助活動をしていなかったら、こうした人たちの多くは、おそらく医療を受けられなかったでしょう。彼らを抑留から解き放つことは私たちにはできません。しかし、彼らのもとに赴き、傷や感染症などを治療し、身の上話に耳を傾けていると、そんなひどい境遇にある人を、少なくとも何らかの形で助けることはできていることがわかります。欧州諸国が移民管理の名のもと、意図的に加担している暴力の堂々巡りを明るみに出すため、彼らの体験を語り継ぐことも、私たちの責務です。 

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