国境なき医師団の“意外な”仕事人たち【第1回 現地広報編】

2020年11月13日
ナイジェリア北東部、マイドゥグリの避難民キャンプにて © Atsushi Shibuya
ナイジェリア北東部、マイドゥグリの避難民キャンプにて © Atsushi Shibuya

国境なき医師団(MSF)で働いている人たちと言えば、医師や看護師……。そんなイメージをお持ちではありませんか? 実は、活動地ではさまざまな職種のスタッフが、多くの命を救うために活躍しているのです。

そこでこれから3回にわたって、MSFのあまり知られていない“仕事人”たちをご紹介。第1回を飾るのは、活動現場の最前線をレポートし、世界に向けて発信する「現地広報」の担当者です。2017年からおよそ2年間、現地広報マネジャーを務めた趙 潤華が語ります。

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こころ動かす“証言”の力

国境なき医師団の活動には、2つの柱があります。ひとつはご存じの通り医療活動、そしてもうひとつが「証言活動」です。

紛争地や難民キャンプで、または感染症発生といった緊急事態で、MSFが医療や人道援助を届けることでたくさんの命を助けられます。同時に、そこで何が起きているのか、活動地で目の当たりにする許容できない状況を多くの人に知ってもらい、国際社会に訴えていくこともMSFの重要な役割なのです。それによって支援の輪が広がり、さらに多くの命を救うことにつながっていくわけですが、その世の中を動かす源となるのが「証言」の力です。

MSFは世界各地で医療を直接届けているので、最前線で生の声を聞くことができます。患者さんや現地の人びと、活動地で働くスタッフが語る言葉は、何よりも力強いメッセージとなります。

ナイジェリア・マイドゥグリにて。カメラを向けると子どもたちが「こっちこっち!」 © Atsushi Shibuya
ナイジェリア・マイドゥグリにて。カメラを向けると子どもたちが「こっちこっち!」 © Atsushi Shibuya

人びとの言葉を世界へ発信!

現地広報の仕事は、活動地の状況を誰に向けてどんな手段で発信するかを考え、形にすることです。具体的には、広報戦略の策定、メディア対応、イベントや記者会見の実施、記事の発信などがあります。

記事の例を挙げると、患者さんやMSFのチームメンバーなどをインタビューして原稿にまとめ、写真やビデオの撮影も行います。作成した原稿にはスタッフからのチェックが入りますが、それらを落とし込み、一番届けたいメッセージを押し出した記事にまとめるまでは、本当に大変! その活動国で全プロジェクトを統括する責任者や、各プロジェクトに携わる医療スタッフ、ヨーロッパ事務局にいる担当者など、皆それぞれ意見を持っているからです。シンプルな記事でも多くの議論と編集を経て、世に出ていくことになります。

制作したものは各国の事務局を通じて世界中で公開されるため、プレッシャーを感じたこともあります。ただ、援助を届けている人びとに直接話を聞くことや、その言葉を世界に向けて発信していくことは刺激的で、誇りをもって取り組んでいました。

地中海を渡る人びとを捜索・救助する船内で © SOS Mediterranee
地中海を渡る人びとを捜索・救助する船内で © SOS Mediterranee

現地広報は他に、メディアによる取材の調整も担います。世界的に注目が高かったバングラデシュのロヒンギャ難民への緊急援助では、2カ月で80以上の取材依頼があらゆる国の主要メディアから入りました。ほぼ全て1人で対応したのですが、ジャーナリスト側に強い要望がある一方で、緊急援助で忙しい現場は取材を受けている場合ではないときも。チームに負担をかけず、かつ広報の機会を逃さないように、折衷点を探すのは容易ではありません。でもそんなときこそ、笑顔で謙虚に交渉するようにしました。

MSFでは一つの国や地域で、複数のプロジェクトが同時進行しています。現地広報マネジャーは、その全てのプロジェクトをカバーします。それぞれに現状や歴史的・政治的背景、扱う病気や薬も異なるなか、問題を伝えるためにはまず自分自身が理解する必要があります。例えば2018年に赴任したウクライナでは、薬剤耐性結核、紛争、C型肝炎といったプロジェクトが並行していました。それらの活動内容を迅速に理解し、外部の人へ正確に伝えられるようになるのにかなり苦労しました。

ナイジェリア北東部にて、紛争を体験した少年たちが勇気をもって話してくれて思わず拍手 © Atsushi Shibuya
ナイジェリア北東部にて、紛争を体験した少年たちが勇気をもって話してくれて思わず拍手 © Atsushi Shibuya

「私たちを忘れないで」

現地で働くことに関して「すごいね」と言われることがありますが、私はどんな仕事も等しく「すごい」と思っています。私自身はたまたま人権や人道問題に興味があり、どこで生まれてどんな背景があろうと、誰もが尊厳ある暮らしをできる世界がいいな、という思いが、仕事の原動力になっています。その手段として、多くの人が世界で起きていることを知るきっかけになるような仕事をしたくて、MSFに入団しました。

これまでに7回、海外に派遣されましたが、患者さんに辛い経験を語ってもらうことや写真を撮らせてもらうことに、申し訳なさを拭いきれないときがよくありました。そのたびに思い起こしたのは、キャンプで暮らす難民の女性の言葉です。「いま、一番望むことは何ですか?」と質問したとき、「世界から忘れ去られるのが怖い。どうか私たちのことを忘れないでほしい」と言われたのです。

自分がやっていることは間違っていない、と感じた瞬間でした。この言葉は、その後別の場所でも繰り返し聞きました。広報は「伝える」ことが使命ですが、現地で過酷な状況を前にすると、それで何が変わるのかと落ち込むこともあります。直接命は救えないし、伝えたところで現状はすぐには変わらない。

それでも隣で話を聞いて気持ちに寄り添い、小さな声をすくい上げて世界に発信する──それは支援の輪を広げる一歩になる。世界は、私たちは、あなたを忘れていないのだと現地で出会った人たちに感じてもらえるよう、一人でも多くの人に伝え続けていくことには意味がある。そう信じて、これからも自分にできることを積み重ねていきたいです。

ナイジェリアの避難民キャンプで出会った子どもたち © Yuna Cho/MSF
ナイジェリアの避難民キャンプで出会った子どもたち © Yuna Cho/MSF

趙 潤華(ちょう ゆな)

2012年一橋大学大学院を卒業後、広告会社に勤務。2014年国境なき医師団に入団し、日本事務局で国内外での広報活動に従事。2017年海外派遣スタッフに転身。現地広報マネジャーとして地中海、ウガンダ、バングラデシュ、ウクライナ、パレスチナ、タンザニア、ナイジェリアなどで活動。

※2020年2月発行のニュースレターの記事を再編集し掲載しました。
この他の回の「国境なき医師団の“意外な”仕事人たち」はこちら:

   》【第2回 疫学専門家編】西野 恭平

   》【第3回 自動車整備士編】川内 勇希

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