ベネズエラからの移民たち……生活環境も悪く、医療をうけにくい 過酷な生活の中で生きている─ブラジル北部からの報告
2019年08月29日
ロライマ州の州都ボア・ビスタで活動するMSFスタッフ © Victoria Servilhano/MSF
ブラジル北部にあるロライマ州。祖国で続く経済、政治、社会危機から逃れてくるベネズエラ人が、最初にたどり着く場所だ。2017年以来、ブラジルに来る移民らは大幅に増えた。今も、毎日約600人のベネズエラ人がロライマ州に入ってきているが、彼らの生活環境は悪く、医療も受けづらい状況が続いている。 MSFは2018年にブラジルのロライマ州で活動を開始。ベネズエラ人移民や、地域の住民らを対象に、医療ケアと心のケアの提供だけではなく、給排水・衛生面の技術指導、健康教育などにも取り組んでいる。
テントで生活するべネズエラからきた家族 © Victoria Servilhano/MSF
公式統計によると、約4万人の移民らが州都ボア・ビスタで暮らしている。非公式の推定では、おおよそ10万人のベネズエラ人がロライマ州にいる。これは、同州の人口の5分の1にあたり、大半の人が苦しい状況にある。
また同州は、ブラジル国内で最も経済発展が遅れている。医師や医療物資が不足しているなど、医療体制も行き届いていない。ベネズエラ人が大勢押し寄せたため、インフラは対応が追いついていない。
路上生活……未整備のインフラ……過酷な生活で体調不良に
大勢のベネズエラ人移民が暮らしている9月13日地区 © Victoria Servilhano/MSF
ロライマ州は、公的簡易宿泊所を13カ所設置した。生活環境はごく質素だが、全てフル稼働している。簡易宿泊所に滞在する人は約6000人。その半数は子どもたちだ。大半のベネズエラ人はブラジルに子どもを連れてきている。だが、簡易宿泊所に入れない人の方がはるかに多い。こうした人たちは、状態の悪い建物に滞在していたり、路上で生活したりしている。ボア・ビスタでは約2万3000人のベネズエラ人が、廃屋のような建物で暮らしているほか、3000人以上が路上生活している。
診察するマリアーナ医師 © Victoria Servilhano/MSF
簡易宿泊所に入れない移民らは過酷な状況に直面するため、たちまち健康を害してしまう。「上下水道が整っていないために起こる、下痢などを多く治療しています。インフルエンザ、肺炎、副鼻腔炎、耳炎の症状が出ている人も大勢います。回虫や疥癬(かいせん)も多いです」とMSFのマリアーナ・ヴェレンテ内科医は話す。ヴェレンテ医師はボア・ビスタ市が運営する診療所で活動している。
路上生活……地べたに寝る人も
ボア・ビスタのバス停の裏にあるテントの町 © Victoria Servilhano/MSF
路上生活をしている人びとの仮住まいは、ボア・ビスタのバス停の裏にある。毎日、日が沈むと、1000人を超える移民らが、天がいだけがあるエリアに小さな“テントの町”を建てる。自前のテントは持っていない人がほとんどだが、軍が小さなものを貸してくれるので、2~3人程度の共同生活は送れる。マットレスは提供されないので、地べたに寝ている人もいる。
「この辺りは、ほこりと汚水だらけ。他にも病気の原因はたくさんあり、私も子どもたちも病気です」と、ベネズエラ出身のセサル・マルティネスさんは話す。夜はバス亭近くで妻と3人の子どもと一緒に寝泊りしている。キャンプ場の隣にあるカフェテリアは、夜になるとマルティネスさんのような滞在者のために、無料で夕食を出している。ただ、朝6時になると、寝泊りしていたものを片付けなければならず、日中は、病気の人しか滞在できない。
膨大な数のベネズエラ人が、廃墟となった建物で暮らしている。建物には電気もなく水道もろくに使えない。厳しい状況にあるが、セサルさんは、家族と他のベネズエラ人を助けてくれる全ての援助団体に感謝しており、特に地元のブラジル人のことをありがたく思っている。
先住民の人びとも苦しい生活を強いられている
天井につるされた数百本のハンモックで寝起きしている人びと © Victoria Servilhano/MSF
ジャンコイダ(パカライマ町)とピントランディア(ボア・ビスタ市)には、ベネズエラからの先住民用専用の宿泊施設がある。だが、他の公的簡易宿泊所よりも環境はさらに悪い。
ピントランディアでは、ベネズエラの先住民ワラオ族と、エニィエパ族が数十張りのテントと、天井につるされた数百本のハンモックで寝起きしている。ワラオ族は500人以上にのぼる。この簡易宿泊所は市街より低い土地にあるため、雨が降ると、辺りは水浸しになる。わずかな荷物も濡れてしまう。
ワラオ族のイスラエルさん © Victoria Servilhano/MSF
ワラオ族のイスラエルさん。水が退いた後で家族のテントを掃除しているところだ。「この間は雨がどっと降ってね。マットレスも子どもの服もびしょぬれになった」と疲れた顔で話す。「ちょっとしたことですぐ水浸しになりますし、赤道直下の地域だから、雨もすごい」とMSFの給排水・衛生活動専門家、サラ・ロペスは話す。「排水計画の一部は実行できましたが、もっと対策を講じる必要があります」
ピントランディアの簡易宿泊所の水場で、服を洗う女性たち © Victoria Servilhano/MSF
簡易宿泊所では水場も足りない状況が続くとみられる。鍋釜や服を洗うための水は、外からバケツで運んで来なければならず、トイレは詰まっていることも珍しくない。共同で使用する台所では、人びとが焚き火で煮炊きをし、人からもらった牛肉や米などを食べている。だが、台所でさえ、衛生状態は良いとは言い難い。どこに行っても湿気が高く、衛生状態が悪いので、蚊やゴキブリが増えやすく、すぐに病気が増えていく。
他の地域に移り住めない……申請すらできない先住民の人びと
ピントランディア簡易宿泊所の人びとは、帰化などができるブラジル当局の「同化」プログラムの対象外とされているため、状況が好転する見通しも立たない。政府と国連が支援するこの事業では、移民らは、自由意志に基づいて、国内他地域に移り住むことができる。だが、先住民は申請すらできない。
「ここでの先住民の暮らしをかいつまんで言うと、鳥を捕まえて籠に入れ、欲しがってもいないものをあてがうようなものです」とピントランディアに住むワラオ族、デリオ・シルバは話す。こうした過渡的な状況にはまって動きがとれなくても、状況をよくし、懸命にやりくりしている人もいる。女性はブリティ(オオミテングヤシ)の繊維で工芸品を作って売り、男性はボア・ビスタの通りでくず鉄をひろっている。そうして得たお金で野菜、川魚、小麦粉などの食べ物を買って、栄養バランスをとろうとしている。どんな状況にあっても、先住民は食事の仕度は自分たちでする習慣を大切にしている。
つらくても前向きに生きる
わずかな水場で、水を組む先住民の人びと © Victoria Servilhano/MSF
他の移民らも、日々の災難にもめげずに明るく振舞おうとしている。「全てうまくいっていると家族に信じ込ませなくてはならなかったよ」とリカルド・カルサディーアさんは話す。リカルドさんは現在、ジャルジン・フロレスタ簡易宿泊所で妻ミラグロスさんと娘のサライーさんと一緒に暮らしている。リカルドさんは誇らしげに語る。希望を捨てずにいたことで、8歳の娘を簡易宿泊所から徒歩1時間の場所にある学校に入れることができた。
別のベネズエラ人のリカルドさんは、ベネズエラで裕福な暮らしをしていた。「以前は、自宅で3人だけでご飯を食べていた。今では600家族もいるカフェテリアを共同で使っているよ。トイレも共用さ。家族が一気に増えた気分さ……。物事をいい面から眺めなきゃいけないときがあるんだよ。そうしたらよそに移りやすくなるから」と言葉を足して、なんとか笑みを浮かべようとする。