海外派遣スタッフ体験談

日本での経験を活かし、多くの産科症例に対応

鈴木 美奈

ポジション
産婦人科医
派遣国
アフガニスタン
活動地域
ダシュ・バルチ
派遣期間
2016年1月~2016年3月

Qなぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

小学校か中学校の時、テレビで国境なき医師団(MSF)の活動を見て、将来、世界の困っている人を助けたい、と漠然と思ったのを覚えています。そして医師となり、既に日本の医療は十分な域に達しているな、と感じました。むしろ、高度医療に達したがゆえに、細分化、サービス化が進み過ぎ、嫌気さえ感じるようになってしまいました。そんななか、世界の恵まれない地域の人びとに、自分のできることをしてあげたいという気持ちが高まったのです。

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

MSFで働くという夢は、医師になってからもずっと持ち続けていました。私は産婦人科の医師ですが、技術面でどんな場面でも何とかできると自信が持てるようになったのが医師になって20年目でした。

技術面では何の不安もなくなったのですが、海外に行ったことがなく、まったく英語ができませんでした。そこで、絶対MSFの医師として働く!と決めた年から、英会話教室の個人レッスンを始めました。でも、フルタイムで働きながらでは不十分な英語取得法と感じ、MSFに書類申請する年には、2ヵ月休職し、国際大学(新潟県)の夏季英語集中講座に入学しました。

産婦人科以外の外傷や、救急的なことも必要なのかと思い、BLS、ACLS、PALS、JATEC(※)の講習を受けました。産婦人科医は一般当直がないため、外傷、救急に弱いのです。でも、初回の派遣では産婦人科以外の対応は、ほとんどありませんでした。

  • BLSはBasic Life Support(一次救命)、ACLSはAdvanced Cardiovascular Life Support(二次心肺蘇生法)、PALSはPediatric Advanced Life Support(小児二次救命措置法)、JATECはJapan Advanced Trauma Evaluation and Care(日本救急医学会および日本外傷学会が策定したガイドラインと、それに基づく外傷診療研修課程)。
Q今までどのような仕事をしてきましたか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

医学部を卒業してから、大学の医局に入局。医局人事のルートに乗り、7ヵ所の病院に勤務し臨床経験を積みました。どの病院でも、なるべくたくさんの症例を経験するようにし、特に困難な症例に対しては、積極的に関わりました。そして、あらゆるトラブルシューティングを取得していきました。この間に経験したすべてが、MSFの海外派遣に役立ちました。症例が多い病院に勤務できたこと、指導力の高い上司に恵まれたことを感謝しています。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
現地の医師と帝王切開を行い、指導をする筆者(写真中央) 現地の医師と帝王切開を行い、指導をする筆者(写真中央)

はじめての派遣の打診は、書類申請が通り、英語での面接に合格した3週間後でした。アフガニスタンへの派遣でした。首都カブールの西部、ダシュ・バルチ地区にある産婦人科に特化した病院で、母体、新生児の死亡率を低下させるべく、現地の医師、助産師、病院スタッフと協力、時に指導していくというプロジェクトでした。

既にプロジェクトが開始されて1年3ヵ月が経過してからの派遣であったため、かなり現地の医療状況は改善されており、また、現地の産婦人科医10人も能力の高い人たちでした。私のチームは、麻酔科医、小児科医、助産師、プロジェクト・コーデイネーターなど総勢11人の大きなチームでした。

1日40~60人のお産があるため、必然的にリスクを伴う症例も多く、特に妊娠高血圧症候群、子癇(しかん)前症、弛緩(しかん)出血は毎日あったように思います。最近の日本では経験しにくい、骨盤位分娩、双胎経腟分娩、品胎(※)経腟分娩、胎盤早期剥離(はくり)の経腟分娩もあり、自分としても腕を磨くことができました。

  • 3つ子
Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

治安の関係で、宿舎から病院まで基本的に車での移動でした。朝7時15分に病院へ出発、病院の各部所スタッフとのミーティング後、回診、外来診療、分娩が同時進行していきます。

私は、重症患者、リスクのある分娩、診断や治療法決定に苦慮する外来症例のフォローに回りました。その間、帝王切開などの手術があれば、状況に応じ、執刀、助手、あるいは手術室看護師を相手に1人で手術もこなしました。全期間を通し、呼び出し電話を持ち、現地医師のコンサルトの対応、手術の決定、そして手術への参加をしました。2ヵ月で113件の手術に入り、時に手技の指導も行いました。

アフガニスタンは木曜、金曜が週末です。でも、この間も重症患者がいれば病院にも行き、また、手術にも参加しました。2人以上での病院近辺の歩行は許可されていましたが、いつ呼び出しがあるかわらないため、せいぜい病院と宿舎の間3kmの行き来くらいしか外出しませんでした。

Q現地での住居環境についておしえてください。
ある休日の夕食、寿司を作ってチームで楽しんだ ある休日の夕食、寿司を作ってチームで楽しんだ

宿舎は快適でした。インターネットもつながり、個室で、料理は平日の昼と夜は専任の現地スタッフが作ってくれます。昼は、病院から一時帰宅し、1時間くらい休むことができますが、急患がいると戻ることができないため、チームのメンバーが病院までお昼を持ってきてくれました。

休日は、チームの誰かがまとめて食事を作ってくれたり、各個人で好きなように料理したりと、さまざまでした。イベントがあると、チームみんなで小さなパーティーを開きゲームなどをしたりし、とても楽しかったです。

Q活動中、印象に残っていることを教えてください。
昼夜を問わず助けてくれた現地医師と助産師たち 昼夜を問わず助けてくれた現地医師と助産師たち

言葉が通じない(アフガニスタンのこの地域はダリー語)重症患者さんでも、毎日診察で接していたため、日本に帰国するあいさつをしたとき笑顔でハグしてくれました。また、外を歩いていた時、以前帝王切開した患者さんが通りかかり、ありがとうと声をかけてくれたことが本当にうれしかったです。患者も現地スタッフもMSFをとても尊重し、頼りにしてくれています。病院内では歩いていても患者だけでなく、患者家族も寄ってきて体の不調を訴えてきます。

MSFに対する期待の大きさを感じました。現地の医師の能力も高く、逆に日本でもこうしたらいいかも、と思う診療もいくつかありました。

Q今後の展望は?

今後も、現在の職場の迷惑にならない範囲で、いろんな所に行き、今まで日本の患者さんから学ばせていただいたことを世界のさまざまな地域の人びとに返していきたいです。より良い医療を提供するには、やはり言葉が大切であることを痛感しました。どこに行っても共通語である英語をもっと勉強します。

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

産婦人科医の派遣に関しては、当然ですが、産科医療ができる必要があります。特に、骨盤位娩出、鉗子(かんし)分娩ができると重宝されます。また、腹腔内癒着のひどい帝王切開や術中のトラブルシューティングに対応できるよう、婦人科悪性手術にも積極的に入るべきです。当たり前ですが、腹腔鏡下手術の技術そのものは初回の現場で役に立ちませんでしたが、骨盤内の解剖を知る上ではとても有意義です。

合併症がある妊婦、褥婦(※<じょくふ>)も多く、産婦人科疾患に特化せず、患者の全身を診る意識、トレーニングが必要と感じました。あとは、どこにいても英語での会話が大切です。これは、努力あるのみでしょうか?

  • 出産後まもなく、産褥にある女性

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