海外派遣スタッフ体験談

仕事も出会いも、ほかではできない経験

上野 麻実

ポジション
助産師
派遣国
イエメン
活動地域
アムラン州
派遣期間
2013年10月~2014年4月

Qなぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

「人の役に立つ仕事がしたい」というのが助産師になったきっかけです。中学生の頃からモンゴルやインド、ミャンマーでボランティア活動をする機会があり、自然と国外にも視野が広がっていたのだと思います。

国際人道支援に携わるきっかけを模索していたところ、バス停のMSFのポスターが目に飛び込んできました。より医療に特化した活動と、多国籍のスタッフと同じ展望を持って活動できるというところに惹かれました。

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

途上国医療の短期研修と語学力向上を目的に、派遣前に3ヵ月間イギリスへ行きました。また、いただいたMSFのプロトコルや、大量に送られてきた資料、前任者のレポートを読むなどして派遣先の活動を想像し、わくわくしていました。

Q今までどのような仕事をしてきましたか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

日本の総合病院の産科に5年勤務しました。助産師外来、新人教育、病棟責任者としての経験、また新病院への移転に携われたことなどが、MSFの派遣先で大きく生かされました。

また、バックパッカーとして単身、東南アジアや中東を旅行した経験、学生時代にはインドで医療ボランティアを経験したほか、担当教授について途上国医療支援の現場を見ていたことも、まったくの異文化で仕事・生活をする助けになりました。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
MSFの協力病院の産科病棟 MSFの協力病院の産科病棟

私の派遣先はイエメンのアムラン州で、現地保健省とMSFの協力病院でした。救急、集中治療室(ICU)、手術室、外来、外科病棟、小児科、新生児室、産科と100床規模の病院でした。またMSFは、近郊の診療所の支援もしていました。

スーパーバイザーという重要な役職を任され、初めの3ヵ月は慣れない業務と連日連夜のオンコールで毎日へとへとでした。イエメンでは、女性患者の診察には女性医師が必要です。ところが現地に女性医師はおらず、助産師だけで重症の妊産婦のケアとお産介助にあたっていました。

道路状況の悪い農村部からの患者さんは、到着時にはすでに赤ちゃんが亡くなっていたり、妊婦健診を一度も受けず、血圧の管理が悪く何回もけいれんを起こして運ばれてくる患者さん、自宅で陣痛促進剤を使って子宮破裂を起こし運ばれてくる重症例など、日本では考えられないような症例を毎日のように経験しました。

病院では現地助産師のトレーニングと臨床の仕事が主でしたが、活動後半は新しくオープンする診療所の準備のため、新しい助産師の採用やトレーニング、契約書作成等にも携わりました。

Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

勤務は朝のミーティングから始まり、分娩室と産後病棟の回診、その後現地助産師と朝食(とっても美味しい!)を取ります。時間を見つけては事務所へ帰って事務仕事をしていましたが、常にオンコールの携帯電話を持ち歩いていました。

6ヵ月の活動期間の間に、休暇でヨルダンへ行きました。またMSFでは、首都から遠く離れたへき地の活動では数週間おきに少し長めの週末を首都で過ごすことができます。私も6週間おきに休暇がありましたが、内戦による混乱で首都サナアの治安がきわめて悪かったため、派遣地の住居ですごしました。(残念!)

常にオンコールという役割もあり、時間を見つけて寝るようにして、疲れすぎないように気をつけていました。

Q現地での住居環境についておしえてください。

宿舎は、事務所兼住居の大きな建物でした。全員に個室が与えられ、シャワーとトイレも不便はありませんでした。冬場は朝晩冷え込み、湯たんぽを使っていましたが、春先の気候は日差しが気持ちよかったです。田舎町だったので食材のバラエティーは少なかったですが、料理上手なコックさんのおかげでイエメン料理を満喫することができました。

派遣期間中に、部族間の争いで治安の警戒レベルがあがったため、自由に外出できなくなり、徒歩10分の病院への通勤も車でしかできなくなった時があり、ストレスもありました。

Q活動中、印象に残っていることを教えてください。
現地には若い年齢の母親も多い 現地には若い年齢の母親も多い

イエメンは女性の結婚年齢が法律で定められていない国でした。村の診療に行った時に、9歳ですでに既婚者という少女に出会いました。教育の機会が限られており、村落部の女性のほとんどが若年結婚、妊娠、多妊多産という状況でした。ある程度の想像はできていましたが、誰の力も借りず自宅で出産するという現実を目の当たりにして、私の想像を超える過酷な現状にショックをうけました。

業務の中では、チームを管理する能力やプログラムの将来を見据えたアセスメント能力、語学力だけでないコミュニケーション技術、ほかの国から参加している海外派遣スタッフとの恊働作業など、たくさんの新しいチャレンジがあり、周りのスタッフの力も借りながら一つ一つ学んで吸収していくことができました。

現地助産師からも多くを学ぶことができた。 現地助産師からも多くを学ぶことができた。

イエメンは保守的なイスラム教の国で、女性は全身真っ黒のアバヤという服装に身を包んでいます。産科病棟は男子禁制の女の園なので、顔のベールをとった素顔の現地助産師たちとたくさんの交流を持つことができました。

休憩時間にはおしゃべりに夢中になりながら甘いお茶を一緒に飲んだり、アラブ音楽をかけてダンスを教わったり、技術トレーニングでもたくさんの意見交換をすることができ、私も現地の助産師からたくさんのことを教わることができました。

Q今後の展望は?

しばらく実家でゆっくり過ごしながら、短期でのアルバイトを探すつもりです。今回の派遣で、医療の英語、公衆衛生や健康教育などの実践手法において勉強不足を痛感したので、日本にいる間に勉強を頑張ろうと思います!MSFが主催しているフランスでの研修に応募し、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)についてもより知識を深めたいと思います。ステップアップしてまた次の活動に参加したいです。

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス
村落の子どもたち 村落の子どもたち

初めての派遣を終えた今、思うことは「参加してよかった!」という一言に尽きます。MSFに参加しなかったら絶対にできない経験、人との出会いは一生ものです!

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