海外派遣スタッフ体験談

MSFで初のC型肝炎プログラムを立ち上げ

團野 桂

ポジション
内科医
派遣国
パキスタン
活動地域
カラチ
派遣期間
2014年10月~2015年1月

Qなぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

私は国際保健の仕事をするために、日本国内での臨床と公衆衛生の実地経験、世界保健機関(WHO)でのインターン経験を積んできました。

また日本と英国の大学院で公衆衛生学を学んできました。それらの経験や知識が実際の途上国現場にどのように役立つのか、役立たないのであればどこを改善するべきなのかを実際自分の目で確認したくて、MSFへの参加を決めました。

また英国の大学院にはMSF経験者が数多くおり、さらにWHOの会議でもMSFの代表者が参加していることから、国際保健を担うNGOの中でもMSFは突出して実績のある存在であることを身近に感じておりましたので、信頼して参加を決めました。

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

私は登録後まもなく第1回目の派遣が決まりました。その間、約1ヵ月しかなかったので、登録手続きと渡航準備だけでほとんどの期間を過ごしました。また、MSFから今までパキスタンに派遣された方々をご紹介してもらい、現地の情報を得たりしていました。

Q今までどのような仕事をしてきましたか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

国際保健の分野でご活躍されておられる方々から、国際保健も国内保健も基本理念は同じであるということを今までも聞いておりましたので、まず国内で内科医としての基礎を積みました。

さらに途上国でも直接役立つようにと、結核の専門病院で臨床を学び、日本で最も結核罹患率の高い地域を管轄する保健所結核対策課で公衆衛生の実地を学びました。これらの経験は、患者さんを個人として見る目と、社会全体として見る目を養うのに役立ちました。

日本では、結核はホームレスなどの社会的弱者層に集中しており、一般的に医療へのアクセスが難しい集団です。それらの集団に対する保健医療サービスの提供を社会としてどのように対応するべきか、日々悩むことが多かったですが、その経験は、途上国での医療へのアクセスが難しい集団に対してどのように医療を提供するのが最も効果的なのかを考える上で役に立っていると思います。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
毎日、診療所には車で出勤 毎日、診療所には車で出勤

今回の派遣では、C型肝炎のプログラムの立ち上げに関わりました。パキスタンは人口約1億9000万人の約5%(約950万人)がC型肝炎に罹患していると言われています(※1)。MSFの同僚やその家族にも患者さんが何人もおられました。

一方日本の推定感染率は人口の約1.0%、推定感染者数約130万人です(平成20年度※2)。 疾患ベースですが、基礎医療を提供するMSFの診療所のほとんどすべての部門(外来・産科・心理ケア・健康保健教育等)が関わり、患者さんを全人的に診ていく形をプログラムしていました。

  • 世界保健機関 "Prevention and control of hepatitis"
  • 厚生労働省 肝炎総合対策の推進について「平成20年度健康増進事業による肝炎ウイルス検査件数」
Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

毎朝8時にオフィスで朝礼があります。その後業務に応じてオフィス内で事務処理をしたり、車で30分の診療所に移動して仕事をしたりしていました。勤務時間外は宿舎でリラックスしたり、勉強をしたりしていました。

宿舎はWiFiが通じるので情報不足になることはありませんでした。日本の家族とスカイプでコミュニケーションを取ることも問題なく出来ました。

ほかの海外派遣スタッフは、パキスタンに来る前に自分のパソコン内に映画・音楽・書籍をダウンロードして余暇に楽しんでいました。

Q現地での住居環境についておしえてください。
宿舎の共有スペースはスタッフの憩いの場 宿舎の共有スペースはスタッフの憩いの場

住居は、カラチの中で最も治安の良い地域の一軒家を8人の海外派遣スタッフとシェアしていました。4部屋は個人のバスルームがあり、残りの4部屋は2人ずつが1つのバスルームをシェアしていました。

キッチンは共同で、平日は現地採用の料理人がランチとディナーを準備してくれました。土・日・祝日は海外派遣スタッフが個々に調理したり、得意料理を皆に披露したりしていました。安全が確認できる場所であればレストランで外食することもありました。

料理人以外にも、別の現地採用のスタッフが平日に掃除と洗濯を担当してくれていました。

Q活動中、印象に残っていることを教えてください。
スラム地区では住居スペースまでごみが山積 スラム地区では住居スペースまでごみが山積

MSFのカラチでのプログラムは、マチャル・コロニーというスラム地区(人口70万人)の住人を対象に基礎医療を提供しています。

そのスラム地区内部に、1度だけですが入り、住人の方々の生活ぶりを垣間見ることが出来ました。街角の至るところにごみが山積し、そのごみの山の中で遊ぶ子どもたちの姿もたくさん見ました。遊ぶのではなくて、まだ価値のあるものを拾っている子どもたちもいました。

日本では、ごみは公共サービスで分別・収集され、ごみ処理場で環境を汚染しないように処理されます。感染の危険性のある医療廃棄物は特別な方法で廃棄処理をされます。カラチのスラム街ではこのようなサービスがまったく機能していないようでした。

パキスタンでは、ごみ処理を職業にされる方にC型肝炎の感染リスクが高いという報告があります(※)。それは、刃物類が適切に廃棄されていなかったり、中には使用後の医療器材が混ざっていたりする場合もあるからです。(健康被害はC型肝炎だけではなく、焼却炉の近隣の住人は煙によって気管支喘息に苦しんでいました。)

C型肝炎は予防可能な疾患です。肝炎を発症してからの治療と同時に、感染予防活動を行わないと真の疾病対策にはなりません。予防のひとつに住人の生活スタイルの改善、そのなかにごみ処理の問題もあるのではないかと思いました。

  • Journal of Pakistan Medical Association "HIV, Hepatitis B and Hepatitis C in garbage scavengers of Karachi"
Q今後の展望は?

しばらく日本で家族と過ごした後、次の派遣活動に赴きたいです。その間に公衆衛生とフランス語の勉強をしたいです。

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

私は今回が初めての派遣でした。紛争地に赴くのは不安でしたし、日本で暮らす家族を不安にさせることは望ましいことではありませんでした。MSFにはその旨を最初から伝えていました。

今回、カラチは紛争地ではないものの、治安面ではある程度危険性のある地域でした。MSFはその地域ごとの社会情勢に従ってリスク管理を行い、スタッフの身を守るため行動ルールを設けています。行動に制限があり不自由はあるものの、その規制内で生活する上では、まったくと言っていいほど身の危険を感じることはありませんでした。

MSFでは、このように個々のスタッフの納得のうえで派遣先が決まります。身の安全性・危険性と言っても、地域ごとにさまざまなバリエーションがありますし、リスク管理は活動の最優先事項でもあります。治安状況が不安な方もおられると思いますが、それだけを理由にMSFへの参加を躊躇(ちゅうちょ)されているのであれば、諦める前に是非ご相談されることをお勧めいたします。

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