家族のように負傷者に寄り添って 封鎖されたガザ地区で奮闘するMSFスタッフたち

2020年03月13日

パレスチナ・ガザ地区は、長らくイスラエルによって封鎖され、ヒトやモノの出入りが厳しく制限されている。2018年から2019年にかけて、ガザ地区とイスラエルとの境界沿いでは、パレスチナ難民の帰還を求めるデモ「帰還の行進」が起こり、イスラエル軍の銃撃によって、多くの死傷者が出ている。混迷の続くガザ地区にて活動する国境なき医師団(MSF)の地元医療スタッフたちに話を聞いた 。 

女性たちよ。大志を抱け。夢はきっとかなう──サブリーン

©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
  サブリーン・ワディは理学療法士。ガザ地区の北部にあるアルアウダ病院で、国境なき医師団(MSF)の一員として活動している。家族は、夫と2人の娘、そして生まれたばかりの男の子だ。夫と子どもたちの協力のおかげで、サブリーンは、仕事と家庭とのバランスを保ちながら暮らしている。

「毎朝5時に起きて、子どもたちの世話をしてから病院に出勤しています。物事がうまく行く時ばかりではありませんが、患者さんたちが奮闘している姿を見るたびに力が湧いてきます」

「患者さんが回復していく光景もたくさん目にしてきました。理学療法のプログラムが終了した際に、泣きながら私を抱きしめてくれた女性のことは決して忘れません。脚を撃たれてからというもの、彼女は日常生活に支障をきたしていました。歩くことができず、子どもの面倒を見るのもままなりません。自分は無価値な人間だという罪悪感さえ抱くようになっていました。彼女が自力で歩行できるよう、私たちは1年3カ月のあいだ、力を合わせて取り組んできました。苦しい道のりでしたが、最終的に、彼女は再び歩けるようになったのです」

サブリーンには志と希望がある。「私の夢は、理学療法の博士号を取ることです。このガザ地区には、そこまでの高等教育を受けられる施設がありません。しかし、あきらめてはいません。海外留学の奨学金に応募していくつもりです。審査に落ちても、トライし続けます。女性は大志を抱くべきです。夢はかなえられるはずです。そんなに難しいことではありません。時間をうまく使えば、何事もうまく行きますよ」
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
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8000人を超える負傷者

 2018年3月から2019年12月にかけて、数千人のガザ地区住民が「ガザ封鎖」に対する抗議運動を続けた。毎週金曜日になると、イスラエルとの境界にあるフェンスに人びとが集まり、封鎖を止めて難民が帰還できるよう求めたのである。

イスラエルは、フェンスの反対側に軍隊を配備することで、これに応じた。催涙弾、ゴム弾はおろか実弾まで使用された。イスラエル軍は銃撃によって213人を殺害し、8000人余りに重傷を負わせた。その大半は脚を撃たれていた。

こうした負傷箇所が細菌に感染すると、複雑な手術を繰り返さなければならない。負傷部位に応じた理学療法と長期ケアも必要になる。医療上の課題は山積みだ。それに加えて、ガザ封鎖によって医療物資が不足しており、現地の医療機関は対応に苦慮している。

抗議活動において脚を狙撃された若者 ©Laurence Geai
抗議活動において脚を狙撃された若者 ©Laurence Geai

1つの傷に50回の手術が繰り返される──ラミ

©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
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 ラミ・アブー・ヤセールはガザ地区の看護師だ。デモの最中に銃撃されて病院に搬送されてきた人びとの救命活動にあたってきた。彼の所属は、サブリーンと同じくアルアウダ病院。22年間勤務してきた。MSFはそのアルアウダ病院で四肢再生プロジェクトを運営している。彼も2018年6月にこのプロジェクトに参加した。

「重傷を負って細菌にも感染した患者さんのなかには、手術を50回受けた人さえいます。手術目的は、負傷と感染に対する処置だけではありません。細胞組織の洗浄と治療、骨の再生と固定、皮膚移植など、多岐に分かれます。彼らの治療には、少なくとも1年はかかっている状況です」

「特に、抗議活動がピークを迎えると、暴力行為も激増します。その頃には、10時間連続で病院に詰めることも多かったですね。私には子どもが2人います。9歳の息子と、生後10カ月の娘です。私が仕事で忙しくしていると、家族はもちろん寂しがります。しかし、私の仕事内容を理解しているので、いつも応援してくれるんです。病院での手術と理学療法で患者さんたちはまた歩けるようになっているんだよと、家族に説明しています」

ガザ封鎖のため、地元の医療従事者たちは、海外で技術研修を受けることがほとんどできない。ラミにとって、MSFへの活動参加は1つのチャンスだった。「外国人派遣スタッフの外科医から、新しい手術の手順を知ることができました。特に、再建外科手術に関しては、ガザで経験している者がおらず、貴重な学びでした。専門医から知識を直接得られるのは嬉しいですね。その道の権威と一緒に働くことでモチベーションも高まります」
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières

彼らが回復をめざしていく中で、私がなすべきことは多い──オラ

©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
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 ラミのいるフロアから3階上では、看護師のオラ・ハッスナが入院患者部門にて勤務している。彼女も、アルアウダ病院でMSFの活動に参加しており、抗議活動中に撃たれて手術を受ける入院患者たちの看護にあたっている。患者たちの中には、傷口が細菌感染したうえに、通常の抗菌薬が効かず、特別な治療を必要としている者も多い。彼らは隔離病棟での治療を要する。医療スタッフの側も、厳格な治療プロトコルに従って、使い捨てガウンや手袋を着用する。院内感染の事態を防ぐためだ。

「彼らが回復をめざしていく中で、私がなすべきことも多い。その責任は重大です」

彼女は5人の子どもを持つ母親でもある。それだけに、脚に重傷を負って病院に運ばれてきた14歳の少年のことは、今でも覚えている。損傷が激しかったため、脚を切断しなければならなかった。少年は、切断手術を経て麻酔から目が覚めた時、長いこと病気だった母親が心臓発作で亡くなったと聞かされた。

オラは当時の様子を語った。「その子は6週間も隔離室で過ごさなければなりませんでした。損傷部分が細菌に感染していたからです。回復には長いことかかりましたが、その間、彼は母親を恋しがっていました。私たちは家族のように親身に接してきました。カウンセラーも、常に彼の健康管理に気を配って、必要なサポートを施してきました。彼が苦労を重ねながら回復に至ったときは、みな喜んだものです。彼は義肢をつけることになりました。その後も経過は順調です。いまはサッカーもできるようになりました。私たちみんなで時々、試合を見に行っています。あの少年には心を救われました。今でもつらい時には思い出したくなるほどです」
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières

誰かが再び歩き出す姿には目を奪われる──シャーディ

©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
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シャーディ・アル・ナジャールは、サブリーンと同じ部門で働いている。アルアウダ病院におけるMSF理学療法チームのリーダーだ。チーム全体を管理するほか、患者の経過観察も担当している。

「数年前、海外に出るチャンスがありました。ガザの学校を出た後、インドの専門課程に進学できたのです。そこを修了した後は、ムンバイで働いていました。しかし、父が心臓の手術を受けることになったので、ガザに帰ってくることにしました。今はここが私の生活拠点です。妻と2人の娘、そして齢を重ねた両親とともに暮らしています」

シャーディは続ける。「この病院は、私にとって第二の我が家です。抗議運動で撃たれた人びとを毎日40人から50人は診ています。患者さんが希望を失っており、ただ苦痛に満ちてあえいでいるハードなケースに直面することもあります。しかし、いかに険しく長い道のりであろうと、多くの患者さんは回復していきます。困難を克服して再び歩き出す姿には、目を奪われます」 
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières

ガザ地区におけるMSFの医療活動

2018年3月以来、ガザ地区内の外傷診療所において、MSFは「帰還の行進」デモの最中に負傷した4830人余りを治療してきた。また、受け入れ態勢も拡充してきた。まず、2018年5月には、アルアウダ病院において四肢再建プロジェクトを開始している。続いて、2020年1月には、同病院内に大規模改修を終えた外科病棟と入院部門を開設。このプロジェクト専用のベッドと外科設備を増やした。増設したのは、一式装備された手術室2室、日常生活に必要な設備を整えた隔離室9室、そして、入院病棟2棟である。2018年5月以降、アルアウダ病院において、MSFは、490人余りの負傷患者を治療し、1340回余りの手術を実施した。

現在も、MSFはデモ負傷者たちの治療を続けている。ガザでは、2つの入院施設、3つの外科チーム、5カ所の診療所を擁しており、形成外科・整形外科の治療にあたっている。銃創の縫合、包帯の交換から、理学療法、健康教育、心理社会面のケアに至るまで、その活動は多岐にわたっている。
 

デモ負傷者の治療にあたるMSFスタッフたち ©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières
デモ負傷者の治療にあたるMSFスタッフたち ©Virginie Nguyen Hoang / Médecins Sans Frontières

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