車を診察室として活用 「無料の路上クリニック」に行列ができる理由とは……
2019年01月18日
定期診療のため移民キャンプに向かうMSF車両 © Anna Fliflet/MSF
西アフリカに位置するニジェールの首都、ニアメ市。中心部のワダタ地区は、バスターミナルやホステルが集まる交通の要衝だ。国境なき医師団(MSF)は毎日この地区を車で巡回し、無料で移動診療を実施している。
「フォローアップが必要な患者は、経過観察室を備えたMSFの診療所に搬送しています。また、緊急性の高い複雑な症例は、保健省管轄の医療機関にも移送します」。数ヵ月前からここで活動している内科医ヘイグ・ニゴリアンはこう話す。
患者の大半は、西アフリカ諸国から欧州を目指して大陸を横断する移民・難民だ。中には、拷問や虐待の傷痕が残っている人もいる。
移動診療用の車内で患者を診察するMSF医師 © Anna Fliflet/MSF
ニジェールは現在、アフリカにおける移民・難民の”ハブ(中継地)”となっている。国際移住機関(IOM)が国境検問所で行っている調査によると、2018年1~10月で6万500人余りが入国した。
「この活動で対象としているのは、主に(重大な人権侵害が行われている)隣国リビアやアルジェリアから、心身ともにボロボロになって辿り着いた人びとです」。ニジェールのMSF活動責任者、アブドゥル=アジズ・オー・モハメドはこう説明する。
劣悪な環境の収容センターに勾留される移民 (リビア・トリポリにて、2017年3月撮影)© Guillaume Binet/Myop
治療の遅れで最悪の事態に
早期に治療しなければ、命に関わる深刻な合併症を引き起こすこともある。移民の拉致・暴行がはびこるリビアから逃れてきたマークさん(26歳)も、そのひとりだ。
リビアに滞在した1年の間に何度も投獄され、「地獄のような」住環境で過ごした後、(ニジェール北部最大の都市)アガデス市に到着。ひどく具合が悪かったので、バスでセネガルまで行くことにした。ニアメでバスを乗り継ごうとしたが、バス会社はマークさんの体調を理由に乗車を拒否し、MSFの移動診療チームに連絡した。
MSFがワダタ地区に設置した診療所。4床を擁する経過観察室を備える © Anna Fliflet/MSF
「MSFの診療所で検査をしました」。内科医のニゴリアンは当時を振り返る。「診断結果はひどいものでした——B型肝炎が進行して肝硬変と肝がんを発症していたのです。できる限りのことをしましたが、マークさんは1週間後に亡くなりました」
援助を受けるための「前提条件」は……
「移民は、ごく普通の医療を受けることも難しいのが現状です。よく耳にするのは、ニジェールで援助を受けようとすると“前提条件”を突きつけられるという話です。『移住する計画は捨てた』と明言しなければ、何もサポートを受けられないというのです——たとえ、母国では命が危険にさらされるのだとしても」(アブドゥル=アジズ・オー・モハメド)
ニアメ市ワダタ地区にあるMSF診療所の待合所 © Anna Fliflet/MSF
移民は、IOMの“自主的”帰還プログラムに登録して初めてIOMや提携先の治療を受けられる。ニアメのIOM一時滞在センターの周りには小さな仮設キャンプが次々に現れ、帰国に備える人びとであふれかえっている。
こうした帰還事業がブームを迎えている背景には、欧州連合(EU)の支援がある。地中海を渡って欧州諸国の沿岸に到着する移民・難民や庇護(ひご)希望者の数を減らそうと各国が躍起になり、2018年前半だけで1万人以上がニジェールから出国した。
IOMの拠点付近でMSFが開く“即席診療所”には移民が列をなす © Anna Fliflet/MSF
人びとは国際法による保護を受けないまま、自国へ戻るため危険な旅に出なければならない。各国の国境は閉鎖され、移民の国境通過は犯罪として取り締まられ、残虐な暴力に遭う可能性もある。その旅路はあまりに長く、困難だ。