防げるはずの病に襲われる子どもたち ロヒンギャ難民キャンプではしかが大流行

2020年03月02日掲載

バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで国境なき医師団(MSF)が運営するクトゥパロン病院。ベッドがずらりと並び、そのいずれにも母と子の姿が見える。眠る子どもに添い寝する女性。その隣のベッドでは、若い母親が赤ちゃんを揺らす。そのそばでは赤ちゃんの姉が風船で遊んでいる。一見、平和な光景だが、どの子の腕にも、生理食塩水の点滴バッグまで這い上がる管が見える──。

はしかは予防できるはずなのに

はしかに感染した2歳の息子に水を飲ませようとする母親 ©Tariq Adnan/MSFはしかに感染した2歳の息子に水を飲ませようとする母親 ©Tariq Adnan/MSF

この部屋は隔離病棟だ。子どもたちは、みな重いはしかにかかっている。肺炎や栄養失調などの合併症を抱える子も多い。看護師によるバイタルサインのチェックは1時間ごと。幼い子どもでいっぱいの部屋なのに、不気味なほど静かなのは、大半が意識もうろうの状態だからだ。

本来なら、この子たちは、ここに来なくてもよかったはずだ。はしかは予防できる病気である。通常の安全なワクチンがあれば罹患することはない。定期的な予防接種を受けていれば、この子どもたちも、ウイルスに感染することはなかった。

さらに言えば、この病棟も必要なかったはずである。ふだん、この施設は、重度の栄養失調児に向けた集中的な食事療法のために使われている。しかし、入院・集中治療を必要とする重篤のはしか患者が増えてきたため、4週間前から緊急隔離病棟へと変貌した。

はしか患者の大半は5歳未満の子ども

クトゥパロンのロヒンギャ難民キャンプ ©Dalila Mahdawi/MSFクトゥパロンのロヒンギャ難民キャンプ ©Dalila Mahdawi/MSF

2020年の年明けから4週間のうちに、難民キャンプ内のMSF施設では、はしかの治療を受ける患者が40%も急増した。1月だけで、約120人の患者がMSFの隔離病棟に入院し、900人余りが外来で処置を受けている。

クトゥパロン病院のMSF看護師モハマド・ユヌス・アリは「昨年11月から、患者は増える一方です。いまや病院のキャパシティを超える人数です」と語る。

はしかウイルスは伝染力が強く、空気感染する。子どもには特に脅威だ。重度の肺炎や脳炎を引き起こし、死を招く恐れもある。現在、MSF施設のはしか患者のうち、80%以上が5歳未満である。今回の流行発生後、MSF施設では合計13人がはしかで亡くなった。

「子どもたちは窒息死する寸前です」

現地の状況を語るMSFのノウシャド・アラム・カナン医師 ©Tariq Adnan/MSF現地の状況を語るMSFのノウシャド・アラム・カナン医師 ©Tariq Adnan/MSF

ヌラタさんの娘で生後9カ月のヌル・サリマちゃんが最初に発熱したのは6日前だ。クトゥパロン病院で治療を受けた。ユヌス看護師によると、緊急隔離病棟に移された時のヌル・サリマちゃんは、ほとんど意識がなかったという。ユヌス看護師は「入院した日の(ヌラタさんの)顔は不安に満ちていました」と語る。

医師らは酸素吸入でヌル・サリマちゃんの呼吸を助け、二次感染症への対策として抗生物質を投与した。重度の呼吸器感染症と呼吸困難は、重篤なはしか患者によくみられる合併症だ。MSFのノウシャド・アラム・カナン医師は、絶え絶えの息で病院にやって来る幼い子どもたちについて「窒息死する寸前です」と話す。

南へ7キロ下った難民キャンプの一角。MSFは、ここのジャムトリ一次診療所で患者を診ている。この診療所も、他の施設と同じくキャパシティを超えている。一次診療所なので、隔離病棟のベッドは5床に過ぎない。通常はそれで事足りる。それが今は1日10~15人もの患者に対応していると、ノウシャド医師は説明する。

ジャムトリ診療所の隔離病棟では、母ロミダさんと父アブー・スフィアンさんが、生後10カ月の息子フォルカンちゃんを看病している。難民キャンプで結婚して生まれた子だ。フォルカンちゃんの顔に、赤いはしかの発疹が広がっているのがはっきりと分かる。その腫れた両目は目ヤニで閉じたままだ。気力なく苦しそうに膝の上で身をよじる息子を、母親が優しく揺する。若い両親の顔に不安がにじむ。

フォルカンちゃんが体調を崩して以来、ロミダさんは心配のあまり食事ものどを通らない。フォルカンちゃんは高熱と下痢に苦しみ、呼吸もままならないのだ。看護師が注射器に経口補水液を満たす。ロミダさんは、それを息子の口の中に垂らそうとする。しかし、はしかは口腔感染症を引き起こすため、ものを口に入れるたびに激しい痛みを生じる。ロミダさんがどれだけ試みても、フォルカンちゃんは飲むことができない。 

迫害された人びとに医療を

はしかに感染した子どもを治療するMSFスタッフ ©Tariq Adnan/MSFはしかに感染した子どもを治療するMSFスタッフ ©Tariq Adnan/MSF

ロヒンギャの人びとは、長年にわたってミャンマーで迫害され続けている。それゆえ、医療を満足に受けられる状況にない。彼らのなかで、感染症の予防接種を定期的に受けている者は、ほとんどいない。難民キャンプでも定期的な予防接種の機会は限られる。フォルカンちゃんのように、ここで生まれた赤ちゃんは、はしかなどの感染症にかかりやすい。本来なら防げるはずの病気にかかってしまうのだ。

隔離病棟で5日ほど経つと、ヌラタさんの娘ヌル・サリマちゃんは快方に向かった。最終的には、退院できるだけの体力を取り戻した。ユヌス看護師も、その回復ぶりに胸をなでおろす。患者が死の淵から生還していく光景は言葉にならないという。

一方、フォルカンちゃんは今も闘っている。一滴の水さえのどを通らないため、集中治療を受けるべく、MSFゴヤルマラ病院に移された。スタッフたちは、フォルカンちゃんの命を救うべく最善を尽くす構えだ。 

MSFはバングラデシュにおける活動を1985年に開始した。数年にわたって、フルバリア、チッタゴン丘陵地帯、クトゥパロンなど国内各所で、基礎医療ケアを無償提供。1992年以降は同国に常駐し、現在は首都ダッカのカムランギルチャルとコックスバザール県で施設を運営している。