タイ:モン族難民キャンプより —ロジスティシャン森脇さんの活動手記—

2008年06月30日

タイ東北部にある難民キャンプで、ロジスティシャン・アドミニストレーターとして活動している森脇千英子さんから、2008年4月20日に寄せられた報告です。

私は現在、国境なき医師団(MSF)の一員として、タイ北東部にあるモン族難民キャンプで活動しています。彼らはラオスから迫害を逃れてやってきた人びとです。MSFはここで、医療サービスの提供や、水の供給、食糧(米・塩・干物・大豆など)、炭・石鹸の配給、トイレを含む衛生設備の建設・管理を行っています。敷地内に入るには、タイ軍の検問を通過しなければなりません。ちなみに敷地内はタイ軍の駐留施設、MSFの施設(外来診療所と食糧保管倉庫など)、そして約8,000人が暮らす難民キャンプと、大きく3つの区域に分かれています。更に難民キャンプを囲む様に、タイ軍の監視小屋が点在しています。本キャンプで活動をしているNGOはMSFだけです。

突然の給水停止

タイ正月の連休3日目の4月14日午後5時頃、当番で出勤していたウォーターチームから、キャンプ貯水層への水の供給が突然止まったとの連絡が入りました。

その日のうちには原因が分からなかったため、チームを指揮するタイ人のロジスティック・スーパーバイザー、他4人の現地スタッフと共に、翌日15日の朝、キャンプから水源までのパイプライン調査に向かいました。

image 水源近くのパーキングポイントに集まった
ボランティアの方々とMSFスタッフ

水源は、キャンプから40分車で山道を走り、更に徒歩で30分山道を登ったところにあります。水源にはMSFが建設した高さ1m×長さ8m×幅1mのコンクリート製ダムがあり、近隣の農家とも共用しています。水源からは8kmのパイプラインによって、キャンプに隣接した貯水槽へ水が流れてくる仕組みです。水源とキャンプとの高低差は約100m。水源から約50mは水圧による破損を防ぐため金属製のパイプを、残りはポリ塩化ビニール(PVC)製パイプを使用しています。

車を止め、水源に向かって歩き出してから5分後、先頭を歩いていたスーパーバイザーが足を止めて私を振り返り、彼の足元に横たわるPVCパイプを指さしました。そして全員で絶句・・・。何者かがナタのような物を使い、我々のPVCパイプを壊してしまっていたのです。2人のスタッフには、現地点から水源までのパイプ及び水源を確認するよう指示し、残りのスタッフでパイプの修理を行いました。水源へと送ったスタッフとは無線で連絡を取り合いましたが、彼らの報告を聞いて愕然としました。結果的に約50箇所もパイプが破壊されており、ダムに設置してあった土嚢の壁も崩されていたのです。MSFの設置したパイプラインは、タイ軍も共用していることは周知であるため、これはかなり大胆な行為です。犯人はタイ軍から処罰を受けることになるからです。

私がタイに到着する数週間前の昨年11月末にも、何者かによるパイプラインの破壊行為があったそうですが、その時はパイプラインの約5箇所が切断され、枯葉や衣服などがパイプに押し込まれていたとのことです。残念ながらこの犯人もまだ特定されていないため、彼らがどういう理由で我々のパイプを破壊したのかいまだ不明です。

その後は特に、近隣農家や村民からの苦情なども耳にすることはありませんでした。タイ軍も、特に問題がなかったのに、なぜ?と首をかしげていました。

難民キャンプ周辺には2つの村があります。彼らは難民と同じ山岳民族「モン」ですが「タイ-モン」と呼ばれ、タイに移住して既に100年は経っているそうです。彼らはタイ社会に溶け込みつつも、山岳民族独自の文化も大切に暮らしています。MSFの現地スタッフの中にもタイ-モン人がおり、難民であるスタッフとも仲良く助け合いながら働いています。ですが、残念なことに、タイ-モンの人達が暮らすこの2つの村の中には、同じモン族であっても難民キャンプの存在を快く思っていない人たちもいます。

モン族難民キャンプの生活

難民はラオス政府軍のモン族掃討作戦から逃れるため、タイに逃げて来た人が多いと言われています。タイ政府は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の立会いを受け入れないまま難民審査を行っています。タイ政府によると彼らは難民ではなく、「不法移住者」です。しかしその審査基準は全くもって不透明です。

キャンプの出入り口には、タイ軍によって設置された立派な看板が立てられており、そこには「彼らは不法移住者です」と書かれています。皆いつラオスに強制送還されるのかと怯えながら生活しており、中にはラオスに強制送還されるくらいなら、このキャンプで死んだ方がまし、という内容の手紙と署名をMSFに託したグループもいます。

image 断水時間が終了するのを待つ人々。
2008年3月27日撮影

ちなみに現在タイは、乾季から雨季へと変わる直前の時期です。約10日間に渡る深刻な水不足時には、必要最低限の1日1人につき20Lの水を供給するのがやっとでした。そのせいかキャンプ内では、通常月平均の2倍以上の皮膚疾患患者がMSFの診療所を訪れました。更にこの時期に、熱帯地域でしかも難民キャンプのように閉鎖された人口密度の高い地域では、コレラなどの感染性下痢症が発生すると深刻な事態に陥ります。幸いこのキャンプで過去にコレラが大流行したことはありませんが、海外スタッフ内では万が一のことを考え、大流行の発生を想定したMSFスタッフ全員参加の訓練を行う準備をしていました。

4月に入ってから激しい雨が時折降り、水源の水位も上がり始め、ようやく約10日間に渡る深刻な水不足が解消されつつあると思っていた矢先のパイプ破壊事件。キャンプ内住民が不憫でなりません。

パイプの修復

4月15日は連休中でほとんどの商店が閉まっており、必要な資材が調達できませんでした。このような大規模な修復作業を全く想定していなかったため、MSFの資材倉庫にも十分な資材がありませんでした。16日の朝に町中の資材店からパイプを買占め、16日中の完全復旧を目指し、作業を開始しました。

キャンプ内から約40人のボランティアを募り、タイ軍の協力により、修復作業地点までのボランティアの輸送手段も確保することができました。

16日中に復旧できるかどうか、作業に向かったチームから連絡を待つこと数時間・・・。その間私は隣接するタイ軍施設へ赴き2人の大佐に会い、万が一16日中の復旧が無理だった場合、どう水を確保するのか、タイ軍は給水車を用意できるのか、キャンプ近くに安全な水を確保できる場所があるのか探し、結果を連絡してくれるよう依頼しました。MSFの外来には緊急用貯水タンクがあり、2日分の水量がありましたが、タイ軍施設の貯水タンクは既に空でした。

そして、なんとか資材・人材は間に合いそうだ、という連絡が入ったのが午後2時頃。午後4時頃、パイプラインの修復作業が終了したとの連絡が入りましたが、パイプラインに空気が詰まってしまい、水が流れないという事態に陥っていました。最悪の場合16日中の復旧は困難だという可能性が再び浮上したため、再度私はタイ軍と水の調達について話し合いに行きましたが、彼らは、給水車は用意できない、キャンプから一番近い川でも3kmは離れているため、1500世帯の代表者が、自ら水を汲みに行くのは非現実的ということで、私は途方に暮れてしまいました。

キャンプに水を届けたい

午後7時前、やっとウォーターチームがキャンプに戻ってきました。彼らが到着して10分後、ようやく貯水槽に水が届きました、が、パイプ内の空気が完全に抜けていないため、水圧も弱く、貯水槽にある程度水が溜まるには3時間はかかるとの見込み。貯水槽は全部で4つ。各貯水槽には50,000L、合計200,000Lの水が貯められます。これは1人につき25Lを供給できる水量です。

キャンプ内に設置された12箇所の給水ポイントには高低差があり、全てのポイントへ水が流れて行くには、ある程度の水量・水圧が必要なのです。

諸事情をタイ軍へも説明し、更に、MSFスタッフが午後10時にバルブを開くこと、キャンプ内は午後9時以降外出が禁止されているが、当日に限り時間を延長して欲しい旨を伝え、タイ軍も私達の要求を認めてくれました。

キャンプから車で40分離れた宿舎に帰宅した後も、午後10時までに本当に水が十分溜まっているんだろうか?また何らかの理由で水が止まりはしないだろうか?果たして約8,000人の住民に水は今日中に行き渡るだろうか?と不安で一杯でした。空腹にも関わらず、缶ビール1本は喉を通っても、食事をする余力はありませんでした。バルブを開かれる予定の10時にキャンプ内のスタッフに電話をしましたが結局繋がらず、キャンプの状況が気になりなかなか眠ることができませんでした。

そして4月17日の朝キャンプに到着してから確認したところ、10時の時点でタンク内の水量は合計約100,000Lと、全ての給水ポイントに水が行き渡るのに十分な水量でした。そもそも私は日本でグラフィックデザインの仕事をしており、水や衛生設備、車両整備などのスペシャリストではありません。なんとかこの問題を解決できたのは、技術と熱意のある現地スタッフのお陰です。彼らにとって私は上司ですが、私にとって彼ら全員が先生なのです。

やっとこれで一段落・・・。しかしまだ問題が完全に解決したわけではありません。水源付近のセキュリティは、タイ軍の管轄です。昨年11月末にも同じような事件が発生しています。当時MSFはタイ軍に対し、水源付近の警備を要請しましたが、人手不足を理由に全く取り合ってくれませんでした。そしてその犯人も未だ捕まっていないため、パイプラインを破壊した動機も不明です。動機が判明すれば、警備だけでなく、近隣住民との対話機会を増やすなど、その他の再発防止対策も考えられます。

今後は警備方針や事実解明について、タイ軍と話し合いを続けなければなりません。私は今度こそ彼らが事態を深刻に受け止め、一日も早い犯人逮捕と、水源周辺の警備を開始してくれることを願っています。

4月20日
バン・ウェン・ナム・カオ -モン難民キャンプ
森脇千英子(ロジスティシャン・アドミニストレーター)

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