タイ:モン族難民キャンプでの治療報告 —島川医師の記録—
2008年07月23日皆さんモン族という人々をご存知でしょうか?もともと中国にいた民族ですが漢民族に圧迫されて南下し、約200年前に現在のベトナム・ラオス近辺の山岳部に定住しました。第一次インドシナ戦争では宗主国フランスの手先として利用され、フランスからの独立を目指すベトナムと戦います。続くベトナム戦争では、今度は米国CIAの下、ラオス・ベトナム共産党軍との戦闘の前線に立たされ果敢に戦いました。しかし1975年に共産党軍がラオスを平定すると、米軍は撤退し残されたモン族は共産党軍からの迫害にあうことになります。そして30年以上経つ現在もラオスのジャングルでは共産党軍による掃討作戦が続いており、モン族の多くが命の安全を求めてタイに逃れてきます。
私はタイ北部にある約8千人のモン族難民キャンプで昨年10月より医師として働いています。キャンプ内の外来を4人のMedics(難民の中で簡単な教育を受け診断・処方を行える医療スタッフ)と切り盛りしています。入院が必要な患者は車で50分の地方病院に送りますが、タイの医療レベルはそれなりに高く、日本の僻地診療所に勤務している感覚です。熱帯地域ならではの腸チフスや寄生虫疾患もみられますが、最も多いのは風邪や胃腸炎の患者さんです。
タイ政府はラオスとの経済的友好を優先したいため、ラオス国内の事情には目をつむり、彼らを難民とは認識せず経済的理由で流入した不法移民だと捉えています。そして昨年政府は2008年度中に全員をラオスに送り返すと発表しました。キャンプは周囲に鉄条網が張り巡らされ、銃を持ったタイ軍の監視に常にさらされていますが、それでも人びとは一見穏やかな日々を過ごしているようでした。
今年2月、12人がラオスに送還されました。政府は彼らの帰国はあくまで「自主的」だと発表しましたが、うち一人の女性は軍の車両に無理やり押し込まれ、更に5人の子供をキャンプ内に残す形での送還でした。しかしこれは明らかに軍のミスで、数日後に軍は女性をキャンプに隣接する軍駐屯地に戻しますが、その後の行方は不明です。MSFは直ちにこの事実をマスコミに公表し、政府に難民送還の透明性を求めましたが、結果的に軍との緊張が高まり「MSFは医療や水・食糧の配給だけしていればいい」とMSFの活動を制限する内容が伝えられました。
この事件後よりキャンプ内の緊迫感は最高潮に達し、先が見えない不安から心因的な不定愁訴を訴える患者が殺到しました。ラオスに送り返されれば殺される。患者として訪れる人々の言葉を聞いて、私は医師として現状に対し何ができるのか、日々悩みました。
どうすれば彼らが送り返されずに済むのだろうか?しかし答えは出ません。
それでも患者さんはやってきます。日々の診療をしっかり続けることで私自身も精一杯でした。
今後もMSFはこの問題に国際世論の目が向くよう主張していくとのことです。もちろん物事には優先順序があり世界を見渡せばより規模の大きい問題が山ほどあることでしょう。しかしだからと言って彼らのことを見捨てるわけにはいきません、なぜなら人の命が関わるからです。日本でもモン族難民の事が取り上げられることを願います。
島川 祐輔(医師)