“昆虫学者”が活躍するワケ あの虫との戦いが始まった…

2018年10月04日掲載

 44万5000人。1年間にマラリアで亡くなった患者の数だ。最初は熱や頭痛といった症状だが、治療しないと 急に重症化して命にかかわることも多い。この病気は、病原体であるマラリア原虫を持つ「蚊」が媒介する。その 蚊との戦いに、こんなプロが立ち上がった。昆虫学者のジャニーン・ルーネンだ。

エチオピアの難民キャンプ(クレ、ンゲンニィエル、ティエルキディ)で、国境なき医師団(MSF)は同国公衆衛生研究所と共同で調査を始めた。目的は、難民を蚊から守る効果的な方法を探ること。難民キャンプは生活状況が悪く、特にマラリア感染しやすい。蚊との戦いの全容は・・・。 

飛んでくる蚊を集める!

まずは蚊の種類の特定だ。「難民キャンプから仮設のすまいを無作為に選び、蚊を捕まえる仕掛けをベッドのそばに置きます。『CDCライト・トラップ』というものです。明かりとファンが付いているので、寝ている人を狙って飛んできた蚊は吸い込まれます」 。仕掛けは寝る場所の上にセットする。

仕掛けの置き方と使い方を説明するジャニーン。仕掛けの置き方と使い方を説明するジャニーン。

捕まった蚊は下部のネットにたまる。 

翌朝、仕掛けを研究室に持ち帰り、顕微鏡で蚊の種類を特定する。

これまでのところ難民キャンプのあるガンベラ州には少なくとも3種類の蚊がいることが分かった。日本脳炎を媒介する「イエカ」、マラリアを媒介する「ハマダラカ」、デング熱やジカウイルスを媒介する「ヤブカ」だ。ただ、こうした蚊がいるといっても、病原体の原虫やウイルスを運んでいるとは限らない。蚊を分子レベルで分析しなければ分からない。これはヨーロッパでやる。 

「野外の調査を終えたら、全てのサンプル(検体)をオランダに持って帰って、分子分析をします。採取した蚊の亜種を特定し、寄生虫やウイルスを運んでいないか調べます。そうすれば、マラリア感染が起きている危険地帯『ホットスポット』の地図を作り、蚊に合わせて殺虫剤や蚊帳を使えます」

蚊を育てて、実験も!

地域に生息する様々な蚊、特に「マラリア蚊」を調べて、国境なき医師団(MSF)が使っている殺虫剤が効いているのか確かめる実験もしている。「蚊の種類によって、効く殺虫剤が違うんです。家の中でよく刺す蚊もいれば、野外でよく刺す蚊もいます。だから場所や蚊の種類に応じて、駆除の方法を変えなければなりません」

そのため、キャンプ内で蚊が繁殖している場所から幼虫を集め、研究室で成虫に育てる。 

蚊の幼虫を捕まえるのは、難民キャンプの子どもも大好き。飛び入り参加して、手伝ってくれる。蚊の幼虫を捕まえるのは、難民キャンプの子どもも大好き。飛び入り参加して、手伝ってくれる。

集めた幼虫は、水を張ったプラスチック容器に入れる。魚用のえさを与える。

捕まえた幼虫捕まえた幼虫

さなぎになったら、小さなカップに移し、それを特別な虫かごに入れる。

さなぎは2日ほどで、成虫になる。

この虫かごはお手製だ。ジャニーンの父と妹が作った。「こうした研究には通常、スーツケース2つ分にもなる道具が必要になるので、軽くて野外での使用に耐える道具を探していたんです。妹と父に相談したところ、軽くて頑丈な虫かご作りを手伝ってくれました。父は、塩ビ管で枠を作り、妹は蚊を捕まえるのにいいネットを考えついて織ってくれました。二人とも昆虫学者ではありませんが、アイデアでいっぱいです。こんな虫かごは世界に二つとありません」 

ここで成虫を使って、二つの実験をする。一つ目は、WHOチューブ生物検定法。感受性生物検定法とも呼ばれる。「殺虫剤を付けた紙と蚊を試験管に入れます。1時間後、清潔な試験管に蚊を移し、死んだ数と生きている数を調べて、どの殺虫剤が効くか探ります」

二つ目の実験はWHOコーン生物検定法だ。「殺虫剤を吹き付けた蚊帳や壁を使います。蚊を放して、その薬が蚊に効くか調べます。14種類の殺虫剤を使ってみることになっています」

国際人道援助に昆虫学者

<昆虫学者だって? 一体MSFと昆虫学者に何の関係が?> こう聞かれることも多いジャニーン。でも説明すると、「みんな興味津々に聞いてくれます」。「昆虫学者としてMSFと仕事をするのは最高です。すごく面白くて、とても興味深いです」

ここエチオピアの後は、南スーダン・ベンティウで同じ研究をすることになっている。「ワクワクする仕事です。新しい調査のやり方では、1ヵ月で終えられそうなんです。大変なこともあるけど、短期間に成果をあげられ、MSFの害虫駆除に役立てるなんて、とてもうれしいです」

ジャニーンが昆虫学を専攻し、蚊を研究しようと決めたのは、母親がデング熱に感染したのがきっかけだった。「あの頃も今も、虫が媒介して引き起こす病気をなくす役に立ちたいという気持ちに変わりはありません」

「夢ではあったけれども、MSFのような団体と一緒に現地で働けるなんて思ってもみませんでした。実際にこんなに多くの人を助けられるとは思ってもみませんでした。本当に嬉しいです」