海外派遣スタッフ体験談

「これが天職だから」活動歴18年17カ国へ 海外医療援助の現場に向かい続ける理由

2022年08月31日

道津 美岐子

職種
医療コーディネーター・看護師
活動地
南スーダン、ナイジェリア他
活動期間
2004年~

看護師として国内の病院に勤務した後、NGO活動、医療コンサルタント会社を経て国境なき医師団に参加。これまでにアフリカ、中東、アジアの計17カ国で活動。2015年からは医療チームリーダーや医療コーディネーターを務める。

「いままで行った国の中では南スーダンが一番きついと思う。地方へ行くと本当に何もないんですよ」

国境なき医師団(MSF)で18年間活動し続けてきた道津美岐子。南スーダンで国境付近の状況を調査した時、定員オーバーで小型飛行機に乗り損ねた。足止めをくらい、同僚2人とひと晩、缶詰をつつきながら過ごした。「道路も何もない沼地に人びとが暮らしていました。川を越えたエチオピア側には店でも何でも揃っているのに。独立前のスーダン時代から政府にずっと放置されてきた地域だと一目でわかりました」

海外派遣スタッフの間で南スーダンは好き嫌いがはっきり分かれるという。「私は断然好きなほう。まさにMSFが必要とされる場所だから」

南スーダン北部、昨年から続く大規模の洪水によって水没した家屋=2022年5月 © Peter Caton
南スーダン北部、昨年から続く大規模の洪水によって水没した家屋=2022年5月 © Peter Caton

道津は2015年以降、MSFの活動地で医療チームのリーダーを担ってきた。コロナ禍の昨年は、スーダンで医療部門の総責任者を務め、スタッフ約400人のトップに立った。日本人女性で、アフリカの国。やりにくいことはなかったのだろうか。「私はもともと看護師。でもよくある医師と看護師の関係で、上から目線で何か言われたという経験はない。性別も国籍も関係なく、リーダーはリーダー。それは一つMSFの好きなところで、働きやすさでもありますね」

今年に入ってからはナイジェリア北部のカノで医療チームリーダーとして7カ月活動。帰国したばかりの道津に、これまでのキャリアについて話を聞いた。

オフィス前での朝礼で部下のスタッフと話す道津(中央)=2022年5月ナイジェリア北部カノ州 © MSF
オフィス前での朝礼で部下のスタッフと話す道津(中央)=2022年5月ナイジェリア北部カノ州 © MSF

旅先のルワンダが始まり

道津にとって援助活動の原点はMSFではない。看護師として11年間勤めた後、アフリカを回る旅に出た道津は、病院の先輩が活動していたルワンダにも立ち寄った。その3年後、ルワンダ虐殺が起きる。「やる気と情熱だけで」日本のNGO団体による医療支援活動に志願し、タンザニアのルワンダ難民キャンプで10カ月を過ごす。ただそこでは「熱帯病について勉強不足で、自分がいかに役に立たないかが分かった」。それでもスタッフと一緒に働いて、やりがいと楽しさを感じた。「もしかしたらこの仕事、向いているのかなと」

もう一つそこで初めて気付いたのは、自身が「スーパーフレキシブル」だということ。日本とはまるで違う環境で、発電機のため電源は不安定、シャワーはバケツから浴びる。そうしたことがまるで苦にならず、現地の食事も何でも食べた。道津はよく海外援助をめざす人たちに「柔軟性が一番大事」とアドバイスする。郷に入っては郷に従え──日本のきちんとしたやり方はアフリカではうまくいかない。「合わせられなければ、本人も周りも厳しいと思います」

このルワンダ難民キャンプではMSFとも出会っている。道津にとっては初めての活動で、右も左も分からず、近くにいたMSFスタッフに教えを乞うたこともあった。「MSFにはさまざまなマニュアルがあったり、薬がいつも揃っていたり。どういう風に組織されているのか、そのノウハウを学びたいと思いました」。MSFに応募するのはその8年後のことだ。

カノの助産院で検査技師、看護師と話し合う © MSF
カノの助産院で検査技師、看護師と話し合う © MSF

タンザニアから戻った道津は、まず医療コンサルタントの仕事に就いた。ODA関連の調査で、海外へ行くことも多かった。しかしそれは「官のプロジェクト」であり、現地で会うのは保健省の局長や病院長といった上層部の人たち。「現場でスタッフと一緒に仕事をするのが好きな自分には向いていない」と痛感した。2004年、ついにMSFに応募し、その1カ月後にはアフガニスタンとパキスタン両国にまたがる活動への派遣が決まった。

「達成感を味わってしまった」

しかし最初の派遣は、3カ月で終了してしまう。当時、アフガニスタンで5人のMSFスタッフが殺害され、活動そのものの撤退を余儀なくされたからだ。道津は途中で終わってしまったことに消化不良を感じていたが、すぐに次の派遣を言い渡される。ダルフール危機が起きていたスーダンで、緊急援助を立ち上げる任務だった。

スーダン・ダルフールの国内避難民キャンプに立ち上げた<br> MSF診療所で、患者を見守る道津=2004年 © MSF
スーダン・ダルフールの国内避難民キャンプに立ち上げた
MSF診療所で、患者を見守る道津=2004年 © MSF
上司から来た命令は、「1週間後に避難民キャンプで診療所をオープンすること」。医師やロジスティシャンなど5人のチームで格闘が始まった。「場所選びから始まって、診療所のレイアウトや導線をどうするか、毎日ケンカするんです。でも全てに反対して合意点が見つからなければ、時間がかかってしまう」。それまで頑なに主張していた道津は折れて、同僚の意見を受け入れた。そこで学んだのは、「ゴールが一緒だったら、誰の方法でも良いのだということ。ただ一つのゴールに向かって、皆がアイデアを出しあっているだけだから」

幸いスーダン人の現地スタッフにも恵まれ、実際に1週間で開院することができた。1カ月ほどして訪問した上司からは、「これほどよくオーガナイズされた診療所は見たことがない」と言われた。「そういう褒められ方をされて、達成感を味わってしまった」と道津。その直後、今度はナイジェリアでの栄養失調の緊急対応を任される。オープンすると、施設は栄養失調の子どもたちであふれかえった。2度続けて充実したプロジェクトを経験し、「この仕事をやめられなくなった」と道津は微笑みながら言う。

出会いに導かれたキャリア

2011年に東日本大震災が起きた時、道津はMSFの援助活動でチームリーダーを務めている。その頃から管理職の打診を受けるようになるが、断っていた。患者に接したりスタッフと共に働いたりすることにやりがいを感じていたからだ。2012年にイラクでリーダー候補になった時も辞退。だがその職に初めて就いた同僚の姿を見て、道津は考えを改める。「彼女のマネジメント力が素晴らしかった。理論的で全く感情的にならないし、上司ともめても冷静なまま」。現地スタッフからの信頼も厚く、どう接しているのか観察して学んだ。彼女をお手本にして挑戦する気持ちが芽生えた。

スタッフ研修でグループワークに取り組む=2015年 © MSF
スタッフ研修でグループワークに取り組む=2015年 © MSF
その後に受けた研修も自信を奮い立たせた。活動責任者やコーディネーターになる人が対象で、各国からスタッフが集まり2週間のトレーニングを受ける。「疫学調査や栄養失調、ワクチンなどほとんど全ての活動内容が網羅されている。病院をどう立ち上げるか、グループディスカッションしたり」。ここで知識だけではなく、解決法の見出し方も学んだ。何を参照すれば良いか、誰に聞けば良いかが分かれば、部下からの問い合わせにも対応できる。「これまでで一番役に立った研修だった」。共に受けたスタッフは仲間となり、現場で助け合えるようにもなった。

道津は2016年、南スーダンで副医療コーディネーターとなり、翌2017年にバングラデシュで医療部門の現場トップである医療コーディネーターに着任した。「この仕事が一番自分に合っている。天職だと思う」と語る道津。「目標などはない」と言うが、これからも現地での活動を続けていくことは確かだ。

アフリカのマーケットでは値段が書いてなくて交渉なので、店主も私もダメ元で言ってみる。するとそれがOKになる時があったり、値段が高くて「じゃあ要らない」と立ち去ると追ってきたり。そのやりとりが面白いんです。

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