イラクの悲劇は終わっていない 葛藤を抱えてそれでも現場へ

2018年07月11日掲載

イラクの悲劇は終わっていない————。

長引く紛争で荒廃するイラクの人びとの取材を続けるフォトジャーナリスト安田菜津紀さんと、イラクでの医療援助に関わった国境なき医師団(MSF)の大野充看護師によるトークイベント「人道危機の現場で、人々に寄り添うこと」が6月30日に開かれた。写真展で入賞したイラクに関する写真の紹介と共に、安田さんと大野看護師はそれぞれ、イラクで感じた葛藤や、現地住民の生活の様子を話した。
 

トークイベントの様子トークイベントの様子

世界最大級の写真展「世界報道写真展2018」との連携企画。61回目を迎える今年は、125の国と地域から4548人のフォトグラファーが参加し、7万点を超える応募の中から8部門で22カ国42人の受賞が決まった。 

写真で見るイラクの今~世界報道写真展2018入賞作品から

男に運び出された身元不明の少年

一般ニュースの部組写真1位 イヴォール・プリケット(アイルランド)ニューヨーク・タイムズ
イラク政府がイスラム国からモスルを奪還した2017年当時の様子。世界報道写真展2018の入賞作品。

一般ニュースの部組写真1位 イヴォール・プリケット(アイルランド)ニューヨーク・タイムズ
イラク政府がイスラム国からモスルを奪還した2017年当時の様子。世界報道写真展2018の入賞作品。

仮面を付けた少女

人々の部単写真2位 アレッシオ・マーモ(イタリア)リダックス・ピクチャーズ
2017年7月、イラク国内で爆発したミサイルで負傷した11歳の少女。ヨルダンの病院で、MSFが運営する再建手術プログラムの下で大規模な整形手術を受けた。顔を保護するため、仮面をつけている。世界報道写真展2018の入賞作品。人々の部単写真2位 アレッシオ・マーモ(イタリア)リダックス・ピクチャーズ
2017年7月、イラク国内で爆発したミサイルで負傷した11歳の少女。ヨルダンの病院で、MSFが運営する再建手術プログラムの下で大規模な整形手術を受けた。顔を保護するため、仮面をつけている。世界報道写真展2018の入賞作品。

2人が見て感じた、イラクの今とは

忘れられない家族

安田さんは、2017年7月、2018年3月、4~5月の頭にかけて計3回、イラク北部の都市モスルで取材をし、住民や子どもの様子をレンズに収めてきた。

2017年のイラク政府がイスラム国からモスルを奪還した時期、安田さんも現地にいた。「この時期のモスルは、気温が50度を超えることもあった。強烈な日差しの中で、ドライヤーの温風の強がずっと当たっているような感覚。日差しも痛いです」と安田さん。モスル奪還から1年経った今も、街には瓦礫が残り、瓦礫の中に残った遺体の捜索が続いているという。

「モスルの奪還作戦は、まだ終止符が打たれていない」

 

熱心な様子で思いを話す安田菜津紀さん熱心な様子で思いを話す安田菜津紀さん

イラクには、安田さんにとって忘れられない家族がいる。2017年に難民キャンプで出会った母親のムナさん(25歳)と子どもたちだ。家族はモスルの戦闘から逃れるため、難民キャンプで暮らしていた。そこで安田さんは、ムナさん、難民キャンプで生まれた娘ロアちゃん、次男アルワッドちゃんを写真に収めた。

だが今年3月、ムナさん家族に再会した時、アルワッドちゃんの姿は無かった。キャンプ生活で急に体調を崩し、大きな病院で治療を受けられないまま亡くなったからだ。

ムナさん家族は、戦闘から辛うじて残ったモスル市内の自宅に戻った。だが、アルワッドちゃんの遺体は難民キャンプ側の荒地に埋めたままだという。

安田さんにとって、一番の悲しみは撮影した子どもたちと再会できないことだ。

「写真家として、自分が写真を撮った子どもたちと再会がかない、その成長を見ることができた時が一番の喜び。でも、自分が撮影した子どもたちが次に会いに行ったら亡くなっていて、再会がかなわない時はやはり辛いです」

今も住民の多くは、インフラ設備も十分でないような場所で避難生活を送る。

「ニュースになるような新しい出来事はないかもしれない。でも、時間が経てば経つほど問題の根っこは深くなる。自宅やインフラの復興、心の復興など、現地の復興はこれからだと思います。これからの部分に今後も光をあてて伝えていきたい」

葛藤を抱えて

イラクでは、長年にわたる経済制裁やイラク戦争が原因で、保健医療体制が壊滅。MSFは、地域の病院と連携し、新生児ケア、外科治療、心理・社会面のケアなど、総合的な医療援助活動を展開してきた。モスル奪還から1年が経つが、まだ現地の医療体制は復旧に至っていない。 

国境なき医師団(MSF)の大野充看護師国境なき医師団(MSF)の大野充看護師

大野看護師は、2017年4~9月にモスルに派遣され、現地の病院でプロジェクトの立ち上げと運営にかかわった。銃や爆発物によって負傷した患者の治療にあたった。

だが、現場の医師や看護師たちが、治療している患者が「イスラム国側の人間かもしれない」との葛藤を抱えながら業務に当たっていたことが忘れられない。医師や看護師の中には、イスラム国の兵士に家族や友人が殺された人もいたからだ。

MSFは医療倫理と「独立・中立・公平」という人道援助の原則に従い、助けを必要としている人びとへ、人種や政治、宗教にかかわらず、分けへだてなく無償の援助を提供する。

「MSFは中立な立場なので、患者がどんな背景を抱えていようと、患者は患者として治療をします。中立な立場であるMSFの病院で働くということは、イスラム国側の患者も同じように治療することを意味します」

現地の医師や看護師には、葛藤を受け止めるからこちらにも思いを共有してほしいと話していたが、落ち込むスタッフの姿も目にしてきた。「これからは心のケアが大切になってくる」と大野看護師。葛藤を抱えながらも、MSFは今日も現場で医療援助を続けている。
 

登壇者プロフィール

安田菜津紀(やすだ・なつき)
1987年神奈川県生まれ。studio AFTERMODE(スタディオ・アフターモード)所属フォトジャーナリスト。現在、カンボジアを中心に、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で貧困や災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。現在、J-WAVE Jam the WORLDやTBSサンデーモーニングなどに出演中。上智大学卒。

大野充(おおの・みつる)
1996年に国立療養所東長野病院付属看護学校卒業後、JA長野厚生連北信総合病院で看護師として8年間勤務。2004年からMSFの活動に9回参加している。

世界報道写真展2018

東京・恵比寿ガーデンプレイス内の東京都写真美術館(03・3280・0099)で開幕中。8月5日(日)まで。午前10時~午後6時(一部、閉館時間の延長有り)。月曜休館(7月16日は開館、翌17日は休館)。入場料金は、一般800円、学生600円、中高生・65歳以上400円。小学生以下は無料。世界報道写真展公式ホームページはこちら(朝日新聞内ページにリンクします)。

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