MSFの臨床試験を受けWHOが結核の治療ガイドラインを更新予定 希望の治療を全ての患者に届けるために

2022年05月13日
服用中の薬を手にする結核患者。新たな抗結核薬は治療期間を大幅に短縮した Ⓒ Sydelle WIllow Smith
服用中の薬を手にする結核患者。新たな抗結核薬は治療期間を大幅に短縮した Ⓒ Sydelle WIllow Smith

国境なき医師団(MSF)は、2017年より主導してきた薬剤耐性結核に対する臨床試験「TB PRACTECAL」において、経口薬だけで完結する新たな6カ月のレジメン(治療計画)を発見した。

その結果を受け、世界保健機関(WHO)が2022年後半に予定している、治療に関するガイドラインの改訂内容を発表。MSFはWHOの決定を歓迎するとともに、治療に不可欠な主要薬剤の価格引き下げを訴え、結核に苦しむ多くの患者が一刻も早くこの新しい治療法を利用できるよう求める。

短期間の治療計画 高い有効性が明らかに

MSFの臨床試験結果を受け、WHOは長期にわたる既存の多剤耐性結核(MDR-TB)の治療法に変わり、ベダキリン、プレトマニド、リネゾリド(600㎎)、モキシフロキサシン(総称BPaLM)を使用した6カ月のBPaLM療法の計画的な使用を勧告。同じく従来よりも短期の治療法として、薬剤耐性の強まった患者への3剤併用療法(BPaL)も勧めている。いずれの治療法でも高い成功率が示されたためだ。

ウズベキスタンにある結核診療所。<br> MSFの臨床試験で用いる薬を調べる看護師=2017年当時<br> © Amelia Freelander/MSF
ウズベキスタンにある結核診療所。
MSFの臨床試験で用いる薬を調べる看護師=2017年当時
© Amelia Freelander/MSF
2017年に始まったTB-PRACTECALは、リファンピシン(※)耐性結核(RR-TB)に対し6カ月間、経口薬のみを用いたレジメンの有効性と安全性を調べたもので、史上初、多国間多施設でランダム化第II/III相比較試験(RCT)を行った。ベラルーシ、南アフリカ共和国、ウズベキスタンの7カ所の医療施設で実施され、計552人の患者が参加。従来よりも短期間の新たなBPaLM療法がRR-TBに有効性が高いことが明らかとなった。BPaLM療法のグループでは89%の患者が治癒したのに対し、標準治療のグループでは52%の治癒率だった。

※リファンピシンは、最も効果的な結核の第一選択薬のひとつ。別の第一選択薬であるイソニアジドとリファンピシンの両方に対する耐性を示す結核を、「多剤耐性結核(MDR-TB)」と定義している。MDR-TBとリファンピシン耐性結核は、どちらも第二選択薬による治療が必要。現在、両疾患に推奨されている治療法は同じであるため、互換性があると考えられる。

南アフリカの「結核とHIV研究ネットワーク(THINK)」を通じて試験に参加したアワンデ・ヌドラブーさんは、「治療期間が短くなることは大きな意味があります。治療中は人生が保留になったように感じるので。この試験で希望が持てるようになるまでは、多剤耐性結核からの回復など想像もできませんでした」と語る。

求められる新薬の価格引き下げ

新しい治療法は、年間50万人のMDR-TB患者に希望をもたらす一方、6カ月のBPaLM療法にかかる費用は世界最低額でも現在800米ドル(約10万4337円)だ。依然として高額で、結核の負荷の大きい国への導入が遅れる恐れもある。
 
「結核治療薬開発のための世界同盟(TBアライアンス)」とマイラン製薬(現在のヴィアトリス製薬)が公的資金の援助を受けて開発したプレトマニドは、6カ月の治療分で336米ドル(約4万3821円)。ジョンソン・エンド・ジョンソン社製のベダキリンは同じく6カ月分で270米ドル(約3万5214円)だ。この2つの薬だけで治療費全体の4分の3を占めている。
 
英・リバプール大学の研究者らは、6カ月分のプレトマニドのジェネリック薬を210米ドル(約2万7388円)、ベダキリンのジェネリック薬を102米ドル(約1万3303円)未満で製造販売しても利益が得られると試算している(※)。

※ 出典:https://academic.oup.com/jac/article/72/4/1243/2884272?login=false

MSFの専門家2人は以下のように語る。

クリストフ・ぺラン(MSFアクセス・キャンペーン結核アドボカシー薬剤師)

TB PRACTECALの目覚ましい結果によって、BPaLM療法がRR-TB患者に対する標準的な治療よりも有効で安全なことがわかりました。しかし、本格的な変化が見られるのは、治療にかかる費用が許容できる価格になってからでしょう。プレトマニドとベダキリンは、その開発に相当額の公的資金が使われたことを思えば、必要とする全ての人にとって調達可能な、手の届くものであるべきです。
 
TBアライアンス、ヴィアトリス、ジョンソン・エンド・ジョンソンには、MDR-TB治療全体の費用が500米ドル(約6万5211円)以内に収まるよう、2つの薬の価格引き下げを求めます。命を救う薬に価格の壁などあってはなりません。

バーン=トーマス・ニャングワ(MSF医療ディレクター/臨床試験責任者)

9年前にこのプロジェクトを始めたとき、世界中で薬剤耐性結核をもつ患者が効果の低い過酷な長期治療を受け、生活にも支障をきたしていました。
 
患者たちは治療を続けることがどれほど難しいか、よく話していました。結核のような低・中所得国で多い病気には投資が集まらないので、自分たちで新たな治療法を探し出す必要がありました。今回の結果は、世界中の患者やその家族、医療従事者の方々に治療の未来への希望を与えるものです。
 
MSFはWHOが予定している治療ガイドラインの改訂内容を歓迎します。各国の結核治療プログラム、保健省、その他の主要な関係者がこの新しい治療法を、できるかぎり早くMDR-TB患者の手に届くようにすることが不可欠です。

MSFと結核
MSFは、結核治療を提供する世界有数のNGO。2020年には2100人の薬剤耐性結核患者を含む1万3800人がMSFのもとで結核治療を開始した。

TB-PRACTECAL臨床試験について
TB-PRACTECALは多群、多段階、オープンラベルの、ランダム化第II/III相比較試験(RCT)で、第II相試験ではB-Pa-Lzd-Mfx、B-Pa-Lzd-Cfz、B-Pa-Lzdという実験段階にある3つのレジメンと対照群に患者を割り付けた。第III相試験では、B-Pa-Lzd-Mfxの実験群と標準治療群のみが参加。TB-PRACTECALに参加した合計552人の患者のうち第III相試験に参加したのは301人。いまもこの試験に参加している患者を対象に2022年8月まで追跡調査を行う。試験終了は2022年12月を予定。MSFは終了時点で合計552人の患者と対照群のデータ発表を予定している。主要評価項目を含むTB-PRACTECAL臨床試験の詳細はこちら(英文)

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