見えない傷を癒す
人道危機下の「心のケア」
2023.02.08

「MSFが心のケアを?」と意外に思う方も多いでしょうか。MSFが心のケアに取り組む理由と、その活動内容を伝えます。
【動画】「言葉で人を助けたい」──日本人心理士が語る、難民キャンプで心のケアが必要な理由

公認心理師・臨床心理士。一般企業で働いている際にMSFで心理士を募集していることを知り、「これだ!」と思い退職。大学院入学・修了を経て、公認心理師・臨床心理士の資格を取得。7年にわたり精神科などで経験を積み、2021年MSFに参加。初めての派遣でパレスチナでの活動に参加し、紛争の影響を受ける人びとの心のケアに携わった。
人道危機下の人びとに寄り添う
心のケアとは?

病気やけがの治療のほかに、遊びを通して心を刺激し、
心身の成長を促す=カメルーン、2020年
Ⓒ Patrick Meinhardt for MSF
※世界保健機関(WHO)より
患者さんや状況に合わせた、ケアのしくみ
MSFには精神科医、心理士、ソーシャルワーカーなど心のケアの専門家がいます。世界各地の活動地で、人びとの心の健康を守るための活動をしています。
どんな人に心のケアが必要ですか?

国内避難民センターでMSFの心理士が話を聞く Ⓒ MSF
MSFはどのように患者さんに対応するのですか?
1 基本的なニーズと安全のサポートとは?

2 家族やコミュニティ単位のサポートとは?

3 患者さんの治療とは?

4 重度の患者さんの治療とは?

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希望を失わないで──活動地から届いた声
人道危機下では、患者さん自身が自らの心の傷に気づかないまま、つらく苦しい生活を送るケースも少なくありません。MSFの心のケアを受けた患者さんと、ケアに携わるスタッフの声を伝えます。
家族にも見捨てられる中、MSFのケアで立ち直ることができました
中央アフリカ共和国 シャルロットさん(仮名)──性暴力の被害者

ほしいのは、家族みんなを守れる頑丈な家
パレスチナ──紛争地で暮らす11歳の少年

常に命の危険と隣り合わせの紛争下では、大切な家族や友人を目の前で失ったりすることもあります。うつ病や睡眠障害などを発症するケースも少なくありません。
避難民キャンプの子どもにとっては、“遊び”も心のケアの一つ
イエメン──MSFの心のケアの担当者

難民・国内避難民キャンプでは、行動の自由を制限されることもあり、決して自由な生活とはいえません。また将来への夢や希望を持てない状況も子どもたちを苦しめます。
海外派遣スタッフに心のケアは必要?

時には紛争地のような場所に派遣され、命を支える活動に従事するMSFの海外派遣スタッフ。精神的にもタフに見える彼らにも心のケアは必要でしょうか? 答えはイエスです。海外派遣スタッフに向けた心のケアについて、MSF日本事務局の担当者・笹川真紀子が答えます。

人事部心理社会的サポート責任者。民間企業を経て大学院に進学。精神保健学やトラウマケアを学ぶ。災害・事故・事件等の被害者や被災者支援に従事。2019年、国際人道援助を行う人に対し「心のケア」という面でサポートしたいと強く思い、MSF日本事務局に入職。
「健康に行って、健康に帰って来る」ために
- Qなぜ海外派遣スタッフに心のケアを提供しているのですか?
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MSFの海外派遣は「健康に行って、健康に帰って来る」ことが必須です。海外派遣スタッフが心身ともに健康であることで、MSFの活動地で助けを必要としている人びとに質の高い援助を提供することができると考えています。
- Q海外派遣スタッフはどんな時に心のケアが必要ですか?
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活動地の状況によっては、誘拐や強盗、紛争地であれば爆撃などに巻き込まれる可能性はゼロではありません。そのような場合に心のケアが必要であることはもちろんですが、そうでない時も心のケアは必要です。海外の活動現場では、多文化コミュニケーションの難しさや日本とは全く異なる状況で働くことなど、日常的なストレスも多いでしょう。大きな惨事だけではなく、日常的なストレスを蓄積させないようにケアをすることが大切です。
心のケアで重要な「予防」
- Q海外派遣スタッフが受ける心のケアには、どのような方法がありますか?
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海外派遣スタッフは、派遣前、派遣中、派遣後、いつでもカウンセリングを受けることができます。心のケアで重要なのは、まずは予防です。ストレスやその影響について知識を持つこと、自分のストレス対処についてよく理解することが大切です。悩みやストレス反応が大きくなる前に、効果的なストレスマネジメントのアドバイスも提供します。
ここが大切!心のケア ~予防編~
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- Q海外派遣スタッフは「とても強い、特別な人」だと思われることも。実際に海外派遣スタッフは精神的に強い人が多いのでしょうか?
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新しい環境に適応したり、目的に向かって集中したり、という意味でのメンタルタフネスは持っているかもしれません。しかし、人間は動物であり、精神の疲労も蓄積します。これは海外派遣スタッフも同じことです。彼らは決してスーパーマンやアイアンマンではありません。時には過酷な現場もありますが、ベストなパフォーマンスを維持するため、上手にストレスマネジメントをしようと努力しているのです。
カウンセリングを受けるのは、弱いことではない
- Q心のケアを行うことによって、海外派遣スタッフはどのように変わりましたか?
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私が着任した当時は、カウンセリングのリクエストはとても少なかったです。「カウンセラーが何をしてくれるのかわからない」「弱いと責められるかもしれない」などの不安を持っている方が多かったのかもしれません。でもいまは、気軽にカウンセリングリクエストを送ってくれます。「カウンセリングを受けることは弱いことではなく、特別なことでもない」と思うようになってくれたのかもしれません。
- Q派遣中だけでなく、派遣前と派遣後も心のケアが必要ですか?
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派遣前には「ブリーフィング」(打ち合わせ)をして、心の準備をしていただきます。これは心の「予防注射」のようなものです。帰国後は「デブリーフィング」(任務終了報告)を行い、人間としてどのような経験をしたかを振り返ってもらいます。自身の経験を自分の中だけで抱えるのではなく、考えたことや感じたことを表現することによって、経験が「過去のこと」として記憶にうまく統合されます。もちろん、必要であれば外部の専門家を紹介することもできます。
- Qカウンセリングを受ける以外の「心のケア」があれば教えてください。
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「心のケア」「ストレスケア」というと、カウンセリングを受ける、何か特別なことをするというイメージを持つかもしれません。しかし、日常的には「体へのケア」が「心のケア」につながることがとても多いのです。ストレスを感じて気持ちがふさいだ時、気持ちを言葉にするカウンセリングも良いのですが、まず、無理のない範囲で軽い有酸素運動を行うことがおすすめです。脳内物質の分泌によって気分が変わることが実感できると思います。
ここが大切!心のケア ~日常生活編~
■ 「体へのケア」が「心のケア」につながる
■ ウォーキングや軽い体操、朝の光を浴びながらの散歩がおすすめ
「心が健康である」ということは三段階で説明することができます。まずは、「安心・安全・快適」であること。次に「元気・やる気が出る」そして「幸せ・快感」です。「安心、安全」の感覚が持てないまま、意欲を出して頑張ろうとしてもうまくいきません。また、元気が出ないのに「幸せ」を感じることは難しいといえるでしょう。
この「心の健康の三段階」の第一段階である「安心・安全・快適」の感覚を持つためには、実は軽い運動をすることが非常に有効です。ストレスを感じて暗い気持ちになっていると、ふさぎがち、閉じこもりがちになります。また、第二段階目の「元気」が出ないと動くこともおっくうになるかもしれません。しかし、そういう時にこそ、ウォーキングや軽い体操などで体を動かしてみてください。朝の光を浴びながらの散歩がベストです。
もしも心が疲れたら? MSFスタッフも実践するケアの方法
広がる心のケア──さまざまな活動地から
さまざまな医療プログラムの中に取り入れられ、広がっているMSFの心のケア。2021年には、38万3300件の個人に対する心のケアの相談を行いました。紛争や迫害、暴力の被害を受けた人がトラウマや痛みを軽減し、できる限り自立できるようになるために──各地の取り組みをご紹介します。

トップ写真:イエメン、ハッジャで患者を抱きしめるMSFの心のケア担当者。「何かが欠けているような虚しさを感じていました。そんなとき、MSFが心のケアを提供していることを知ったのです」と患者は語った Ⓒ Jinane Saad/MSF
性暴力は被害者の心身の健康を守るため、一刻も早い治療が必要です。医師によるけがの治療や望まない妊娠をしていないかなどの確認とともに、心のケアチームが経過観察治療を行います。