特集

戦後80年

知られざる紛争の現場から

2025.08.04

2025年8月15日は80回目の終戦記念日。日本、そしてアジア・太平洋地域で多くの人びとが命を落とし、暮らしの再建に苦しんだことを思う日です。

しかし、世界では今も各地で紛争が続き、攻撃に巻き込まれ傷ついたり、暮らしの場を失ったりする、人道危機が起きています。パレスチナ・ガザ地区ではこの1年10カ月で6万人を超える人が命を落とし、生活の破壊と度重なる避難に苦しんでいます。ウクライナではロシア軍が全面的な侵攻を始めて3年が過ぎましたが、今も停戦の兆しは見えません。

国境なき医師団(MSF)は、世界各地の紛争と人道危機の現場で活動を続けています。その中には、深刻であるものの、さまざまな理由で注目が集まりにくい国・地域もあります。こうした現場で活動した海外派遣スタッフの声を伝えます。

コンゴ民主共和国:世界から忘れられたまま続く戦乱

銃声が日常と化しているコンゴ民主共和国(以下、コンゴ)。資源をめぐる争いは激化し、医療体制の崩壊や感染症のまん延、性暴力の急増といった複合的な危機が深刻化しています。医療施設も攻撃を受ける中、国境なき医師団は弱い立場の人びとへの医療・人道援助活動を継続しています。

コンゴで活動した外科医:菅村洋治のインタビュー

知られざる紛争地:コンゴ民主共和国のいま

資源をめぐる攻防、消えない戦火

アフリカ大陸で第2位の面積を持つコンゴでは、豊かな天然資源をめぐる争いなどが絶えず、長年にわたり武力による対立を引き起こしています。2025年には「3月23日運動(M23)/コンゴ川同盟(AFC)」と政府軍側の衝突がさらに激化。東部では戦闘が日常と化し、国際社会の支援が届かない中、現地の人びとは孤立したまま厳しい状況に置かれています。

戦闘が周辺に迫り、ゴマ近郊の避難民キャンプを逃れる人びと=2025年2月11日 Ⓒ Daniel Buuma/MSF
戦闘が周辺に迫り、ゴマ近郊の避難民キャンプを逃れる人びと=2025年2月11日 Ⓒ Daniel Buuma/MSF

人びとの置かれた状況:広がる暴力と感染症

紛争の影響は民間人や医療施設にも及び、東部イトゥリ州では10万人以上が避難し、わずか2カ月で200人以上が命を落としました。治療を必要とする子どもや妊婦も攻撃にさらされる中、病院すら安全ではありません。

医療機関への攻撃などで、不十分な医療体制がさらに揺らぐ中、はしかやコレラなど感染症がまん延。また、東部南キブ州にあるロメラ村では突如のゴールドラッシュによる人口急増が原因で、コレラが流行。不十分な衛生環境と予防接種の不足が、人びとの命を脅かしています。

さらに、性暴力被害者の数も急増。コンゴ東部でMSFが治療した性暴力被害者は2024年に過去最多の4万人となりました。さらに、医療にアクセスできないままの被害者や、社会的な疎外を恐れ性被害を隠さざるを得ない男性も少なくないとみられています。

仕事を求めてロメラの金鉱に集まり、働く人びと。不十分な衛生環境で多くの人びとがコレラに感染した=2025年6月18日 Ⓒ Sam Bradpiece/MSF
仕事を求めてロメラの金鉱に集まり、働く人びと。不十分な衛生環境で多くの人びとがコレラに感染した=2025年6月18日 Ⓒ Sam Bradpiece/MSF

国境なき医師団の活動:負傷者の治療、性暴力被害者のケアも

国境なき医師団(MSF)は現地で負傷者や感染症患者の治療、性暴力被害者のケアに当たっています。イトゥリ州ジュグ郡では民兵に襲われた子どもや妊婦に応急処置を行い、人口急増による感染症の流行に対応。衛生環境の改善にも取り組みました。

しかし、MSFの活動する医療施設すらも攻撃の対象となっています。2025年2月、北キブ州ではスタッフのジェリー・ムヒンド・カバリが銃撃により命を落としました。このほかにも今年に入り4人のスタッフが殺害されています。

このように悪化する治安状況の中、MSFは弱い立場に置かれた人びとへの援助を続けています。

コンゴについて詳しくはこちら

ゴマ近郊の学校に逃れてきた人びとに啓発活動を行うMSFスタッフ=2025年2月3日 Ⓒ MSF
ゴマ近郊の学校に逃れてきた人びとに啓発活動を行うMSFスタッフ=2025年2月3日 Ⓒ MSF

スーダン:市民を苦しめる「人びとに対する戦争」

2023年4月に、スーダン軍(SAF)と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の戦闘が始まり、内戦に陥ったスーダン。2年たった今も戦火は止まず、多くの人びとが国内外に逃れており、世界最大の避難民危機となっています。

スーダンで活動したプロジェクト・コーディネーター:末藤千翔のインタビュー

知られざる紛争地:スーダンのいま

世界最大規模の避難民危機

2023年4月、スーダン軍(SAF)と準軍事組織「即応支援部隊(RSF)」の戦闘が始まり、スーダンは内戦状態に陥りました。2年が過ぎても戦闘は続き、3000万人以上が人道援助を必要とし、1000万人以上が家を追われています。

国外に避難した人びとも300万人を超え、世界最大規模の避難民危機となっています。

攻撃でそれまでの居場所を追われ、車で移動する人びと=2025年4月20日 Ⓒ Jerome Tubiana/MSF
攻撃でそれまでの居場所を追われ、車で移動する人びと=2025年4月20日 Ⓒ Jerome Tubiana/MSF

人びとの置かれた状況:権力争いは「人びとに対する戦争」に

内戦により医療体制は崩壊し、世界保健機関(WHO)によると、医療施設の70%以上が機能していません。治安の悪化や物資不足、略奪などが深刻化し、患者は必要な医療を受けられず命の危険にさらされています。

紛争の両当事者による民間人や医療への攻撃も後を絶たず、スーダンの内戦は「人びとへの戦争」とも言える状況です。避難民キャンプや都市部では、食料や水、医療の供給が断たれ、飢餓や感染症の拡大が懸念されています。

ハルツーム州オムドゥルマンの病院で栄養失調の治療を受ける我が子を世話する母親=2025年3月9日 Ⓒ MSF
ハルツーム州オムドゥルマンの病院で栄養失調の治療を受ける我が子を世話する母親=2025年3月9日 Ⓒ MSF

国境なき医師団の活動:医療への攻撃の中でも継続

医療への攻撃も深刻です。国境なき医師団(MSF)はこれまでに、医療スタッフ、インフラ、車両、物資が標的にされた80件以上の暴力事件を記録しています。医療従事者も暴行を受け、脅迫され、殺害されています。このような攻撃はあってはならず、医療従事者や医療施設は紛争の標的ではありません。

内戦が始まって以降、スーダンからは多くの人びとがチャドや南スーダンなどの周辺国に避難しています。しかし、受け入れ国もまた人道危機に直面しており、支援の手は足りません。国際社会の援助拡大が急務です。

スーダンについて詳しくはこちら

ザムザムキャンプで攻撃を受けて左手を切断するけがを負い、逃れた先のチャドの難民キャンプで治療を受ける男の子=2025年6月11日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF
ザムザムキャンプで攻撃を受けて左手を切断するけがを負い、逃れた先のチャドの難民キャンプで治療を受ける男の子=2025年6月11日 Ⓒ Julie David de Lossy/MSF

イエメン:内戦が子どもたちに落とす影

2015年から内戦が続くイエメン。長引く混乱で経済や社会サービス、物流網などが破壊され、医療体制も機能しなくなっています。不十分な予防接種による感染症の拡大や、子どもや妊婦の栄養失調が後を絶ちません。さらに、最近の国際援助予算の削減が対策を難しくしています。

イエメンで活動した産婦人科医:濱川伯楽のインタビュー ※8月6日公開予定

知られざる紛争地:イエメンのいま

続く戦乱にのしかかる援助予算の削減

2015年から内戦が続いているイエメンでは経済基盤などが破壊され、医療体制も機能しなくなっています。世界保健機関(WHO)によると、2024年4月時点でイエメンの医療施設の約46%が部分的にしか機能していないか、診療を停止しています。

予防接種の不足などによる感染症の拡大と、物資や食料の不足による子どもや妊婦の栄養失調が深刻です。さらに最近の国際援助予算の削減が、こうした課題への対応を難しくしています。

イエメン南西部ザマ—ルではしかにかかって入院した10カ月の息子を抱く母親 Ⓒ MSF
イエメン南西部ザマ—ルではしかにかかって入院した10カ月の息子を抱く母親 Ⓒ MSF

人びとの置かれた状況:幼い命をむしばむ感染症と栄養失調

最近のイエメンでの大きな問題は、はしかの流行です。はしかは感染力が非常に強く、特効薬もないため、幼い子どもや合併症のある人は命を落とす危険性があります。一方で、ワクチンで防げる病気であり、予防接種の拡大が急がれています。

また、経済危機や物流の停滞で、子どもたちの栄養状態が悪化しています。2022年1月から2024年12月までの間に、MSFが支援するアムラン、タイズ、ホデイダなど5県の医療施設で、計3万5442人の5歳未満児が栄養失調の治療を受けました。

さらに、物流にも課題を抱えています。今年5月にイスラエル軍によってホデイダ港とサヌア空港が空爆されました。これらの拠点は物資の輸入に不可欠で、人びとに深刻な影響を与えています。

栄養失調の子どもを治療するMSFの看護師ら=2025年3月4日撮影 Ⓒ Majdi Al Adani/MSF
栄養失調の子どもを治療するMSFの看護師ら=2025年3月4日撮影 Ⓒ Majdi Al Adani/MSF

国境なき医師団の活動:はしかや栄養失調の医療支援

国境なき医師団は栄養失調の治療や産科医療の支援などに取り組んでいます。また、南西部ザマール県では2025年4月から7月の間に、1400人以上のはしか患者を治療しました。そのうちの約6割が5歳未満の子どもでした。

国際的な人道援助予算の削減により、イエメンの人道危機は深刻化しています。これに対処するためには、主要な援助国や資金拠出機関による持続的な関与と柔軟な資金提供が不可欠です。

イエメンについて詳しくはこちら

子どもの栄養状態を調べるMSFスタッフ。赤い色を示しており、重度の栄養失調と判定された=2023年6月 Ⓒ Majd Aljunaid/MSF
子どもの栄養状態を調べるMSFスタッフ。赤い色を示しており、重度の栄養失調と判定された=2023年6月 Ⓒ Majd Aljunaid/MSF

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区:ガザと並ぶ深刻な危機

パレスチナ・ガザ地区で2023年10月7日から、イスラエル軍とハマスの紛争が激化する中、ヨルダン川西岸地区でもイスラエル軍や入植者の暴力が激しくなり、深刻な人道危機が続いています。

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区で活動した財務・人事マネージャー:北川順子のインタビュー ※8月7日公開予定

知られざる紛争地:パレスチナ・ヨルダン川西岸地区のいま

ガザと同様の深刻な人道危機

パレスチナのガザ地区と地理的に分断されているヨルダン川西岸地区。2023年10月7日以降、ガザ地区でイスラエル軍とハマスの紛争により6万人以上が命を落としましたが、西岸地区でもイスラエル軍や入植者による暴力が激しさを増しています。

人びとの置かれた状況:相次ぐ侵攻と強制移動

国連人道問題調整事務所(OCHA)によると、2023年10月7日から2025年6月12日までの間に、東エルサレムを含む西岸地区で少なくとも947人のパレスチナ人が殺害され、そのうち200人以上が子どもでした。負傷者は8800人を超えています。

ジェニン難民キャンプでイスラエル軍に破壊された自宅の跡にたたずむ男性=2024年9月12日 Ⓒ Alexandre Marcou/MSF
ジェニン難民キャンプでイスラエル軍に破壊された自宅の跡にたたずむ男性=2024年9月12日 Ⓒ Alexandre Marcou/MSF


イスラエル軍は2025年1月から「鉄の壁」と名付けた大規模な侵攻作戦を始め、ジェニン、ヌールシャムス、トゥルカレムの各難民キャンプでは4万2000人以上が強制的に移住させられました。イスラエル軍は長期的な駐留の意向を示しており、インフラや住宅が破壊されているため、住民の帰還は困難な状況です。

ジェニン難民キャンプの入り口でイスラエル軍が道路を破壊し、住民が戻ってこられないよう土盛りの壁を作った=2025年3月5日 Ⓒ Oday Alshobaki/MSF
ジェニン難民キャンプの入り口でイスラエル軍が道路を破壊し、住民が戻ってこられないよう土盛りの壁を作った=2025年3月5日 Ⓒ Oday Alshobaki/MSF


また、2023年10月から2024年12月にかけて、世界保健機関(WHO)は西岸地区で694件の医療施設への攻撃を記録しています。病院や診療所が軍に包囲されることもあり、医療従事者は嫌がらせや拘束、殺害の危険にもさらされています。

国境なき医師団の活動:心のケアや移動診療を実施

侵攻の激しさや先の見えない避難生活により、多くの人びとがストレスや不安、うつなどの精神的な影響を受けており、心の健康被害も深刻です。

国境なき医師団は西岸地区の各地で、基礎的な医療や心のケアを提供する移動診療を続けているほか、救急医療従事者の訓練などを行っています。しかし検問所の閉鎖や侵攻の激化により、活動の一部休止を余儀なくされる事態も起きています。 
 
さらに、イスラエル軍に強制移動させられた人びとに、マットレスや衛生用品など配布する緊急援助も行いました。

パレスチナ・ヨルダン川西岸地区について詳しくはこちら

イスラエル軍や入植者の暴力が悪化している西岸地区南部マサーフェルヤッタで、治療を受けるためMSFの診療所を訪れた母子=25年5月13日 Ⓒ MSF
イスラエル軍や入植者の暴力が悪化している西岸地区南部マサーフェルヤッタで、治療を受けるためMSFの診療所を訪れた母子=25年5月13日 Ⓒ MSF

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