海外派遣スタッフ体験談

戦闘が終わったイラクの町で病院を立ち上げ。人のつながりを再認識:畑井 智行

2018年01月12日

畑井 智行

職種
薬局責任者・管理者
活動地
イラク
活動期間
2017年2月~4月

Q国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

リビアでの活動中に今回の派遣のオファーがあり、疲労がどれくらいかを客観的に考慮しても最前線で働きたい想いが強く、受けることにしました。緊急度も高かったため、帰国せずそのまま連続して参加することになりました。

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

パリで、リビアの活動のデブリーフィング(振り返り・対策検討など)を1日かけて行い、今回のイラクの活動の出発前ブリーフィング(役割や現地状況説明など)をもう1日でやりました。薬剤管理業務トレーニングを2日受けてから、現地へ向かいました。冬服などの要らない荷物はパリに置いていきました。

Q過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

薬局の倉庫で在庫管理をするMSFスタッフ
薬局の倉庫で在庫管理をするMSFスタッフ
私は看護師ですが、これまでMSFでは、南スーダン、ネパール、タンザニア、イエメン、リビアの活動で薬剤管理業務をした経験があります。

今回の活動では、最初の1ヵ月は現場でプロジェクトの薬剤管理を行う業務を担い、以降は首都のコーディネーション・チームに加わって、各現場で増えていた経験の浅い海外派遣薬剤師のサポートをして回る業務に就きました。現地での需要に合わせて臨機応変に役割変更をするのは、MSFではよくあることです。
 
また今回、新規プロジェクトの立ち上げも行いました。場所が変わってもMSFの薬局および病院の基礎作りは同じなので、過去の経験のおかげで自信を持ってリーダーシップを発揮し仕事ができました。

すべての経験が連鎖して役に立ちます。病院病棟での器具や薬剤の使用方法なども積極的に現場に足を運んで学び、看護師としてMSFの活動で培った数々の経験も、今回の活動に活かされています。

コーディネーション・チームや各プロジェクトのチームリーダー、医療スタッフと、改善点や今後の展開案を議論する際にも、過去の経験はとても役に立ちました。別の活動で作成した書類、システムやトレーニングなども、それぞれの場所に合わせて微調整し、今回の活動でも役立てることができました。
 
薬なしでは医療活動は成り立ちません。薬局業務は、活動の生命線です。今回のような緊急援助では、薬の輸入輸送が簡単には行きません。フランスから届くはずの物資が間に合わないことも多々ありましたが、医療品の質を下げないため、イラクで活動しているほかのMSFチームや現地購入担当者と連携をとって貸し借りをし、おぎなっていきました。
 
今回、ほかのMSFチームの薬剤師は過去に一緒に働いた仲間が多く、信頼関係も強くてとても活動しやすかったです。
 
また、現地購入のプロセスも過去の経験を活かしてスムーズに進めることができました。
 
一度に多数の負傷者が運び込まれた際には、急きょ、看護師として活動しました。ネパールで医療チームリーダーとして有事の際の準備指導や実践をした経験が、役立ちました。時には看護師として働くだけでなく、リーダーとして現地スタッフや他スタッフの指揮、管理、指導を行いました。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

病院の設置工事の様子
病院の設置工事の様子
イラク戦線の最前線モスルから約40km南にあり、「イスラム国」の支配から解放されたカイヤラの町(人口約5万人)に、MSFが2016年12月、病院(約30床)を開設しました。そこの薬局業務を管理運営することが前半の役割でした。

病院には、救急救命室(ER)、手術室、小児科、男性病棟、女性病棟、精神科、放射線科、滅菌室、血液検査室および輸血管理室があり、その後は需要に合わせ栄養失調病棟(NTFC)や集中治療室(ICU)も設立しました。
 
プロジェクトは立ち上がったばかりで、薬剤のオーダーシステムがまだ機能していないなどの課題があり、MSFが定めている標準的な環境に整えることが急務でした。
 
業務内容は、現地スタッフの採用、指導、棚卸、病棟との請求システム作り、後方支援との請求システム作り、医薬品の温度管理、イラクの法律に基づく薬品管理などでした。

僕が赴任した直後、モスル南部の前線から約10km離れた町に新たな病院を立ち上げることになりました。安全に泊まれるところがなかったため、始めの1週間は1時間かけて通いました。

検問が開く日の出に合わせて出発し、日没までに戻り、帰ってから本来の業務を深夜までやっていました。こちらの病院が開業してからは、カイヤラの病院と1日おきに行ったり来たりして活動しました。
 
外国人派遣スタッフは、カイヤラは15人、新しい病院では3~6人、そのほか10人ほどが派遣されてきていました。現地スタッフは各病院で約30人前後でした。
 
カイヤラの医療施設はMSF病院しかありませんでした。外来は保健省が運営していましたが、常に内科の患者で混みあっていました。そのため、外科だけでなく、内科・産婦人科・小児科といった全ての科の患者が来院しました。しかし、病床・スタッフは限られており、重症度によって入院の必要性を判断していました。
 
新しく建てた病院では、空爆・砲爆・地雷や銃による狙撃などあらゆるパターンの負傷者や建物崩壊による負傷者が多く運ばれてきました。こちらも重症患者を優先的に受け入れていました。MSFのように手術機能を持つ団体は限ら、活動地が最前線に近かったこともあり、負傷者が昼夜を問わず運ばれてきました。
 
これまで12回の派遣歴がありますが、患者の重症度や悲惨さとスタッフの心身の負担の両面で、最も過酷な状況だったといえます。

Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

たまの息抜きで卓球に燃える!
たまの息抜きで卓球に燃える!
午前6~7時の間に起床し、シャワーを浴び、朝食をとってから始業。昼食は午後1~2時ごろ。夕食は7~10時ぐらいに時間ができた人から集まって食べていました。

最初の1ヵ月は休暇を取りませんでした。カイヤラで活動していた1ヵ月は、週に1度、別のMSFチームの宿舎に仲間と泊まりに行き、ゆっくり夕食を楽しんだり、卓球をして過ごしたりしました。
 
派遣期間の後半は薬剤管理業務を担当しました。業務の変更の際、アルビルで2日間の休暇をもらいました。休暇初日は一日中寝て、2日目に旧市街地を散策して気分転換をすることができました。
Q現地での住居環境について教えてください。

コックさんが作ってくれた料理<br> ありがたいけど3食、毎日……<br>
コックさんが作ってくれた料理
ありがたいけど3食、毎日……
一軒屋を借りて住んでいました。3~4人で1部屋の共同生活でした。原則、医療スタッフと非医療スタッフが別の宿舎に割り当てられていました。

シャワーはお湯で、電気は自家発電、インターネット接続もほぼ毎日つながり、良い環境でした。食事はコックさんが作ってくれますが、米かパンと肉の煮込みとサラダ、あるいはシャワルマというアラブのサンドイッチ、といったように同じものが3食、毎日でした。
油田から立ち上る黒煙が空を覆っていた
油田から立ち上る黒煙が空を覆っていた
カイヤラの近くにある油田から上る黒煙で空が覆われており、外にしばらくいるとのどが痛くなります。それでも、戦闘が収束しため、子どもたちが外で遊んでおり、健康被害が心配です。

アルビルはフランス資本の大型スーパーがあり、商店も夜中まで空いていて、夜でも女性や子どもが外出できる平和な都会でした。
Q活動中、印象に残っていることを教えてください。

"個人"はどんなときもつながりあえる
"個人"はどんなときもつながりあえる
「イスラム国」の兵士で、捕虜となり、その後のけがや病気でMSFのもとに運ばれてきた人たちがいました。MSFは中立・不偏ですが、現地スタッフは複雑だったと思います。

捕虜には24時間体制で護衛がついています。また、イラクでは皆で一緒に食事する習慣があります。その結果、食事の際は捕虜も護衛も「イスラム国」を敵視している人も同じ皿を囲み、団らんしていました。その光景は自分の目を疑うほど驚きでした。人は社会的に戦っていても、個人的にはつながりあえるということを再発見しました。
Q今後の展望は?

今後も緊急援助に幅広く対応できるように準備しています。また、フランス語圏で活動できるようにフランス語の勉強もしています。現在は、パリ留学の準備をしつつ、日本で家族と過ごし、フランス人の友人と日本を旅しながら英気を養っています。

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

説明会や個人的な相談を受ける時の多くの質問は英語に関することです。語学力はコミュニケーション力だと思っています。活動地ではいろいろな国の出身者が、それぞれのアクセントでやり取りをしています。語学の試験で点数ではなく、いかに伝えられるか、理解しあえるかが大事なので、その練習をしていくことが大事だと思います。ほとんどの人が言いたいことをひたすら言ってきます。聴く力を持つ日本人の特徴を出せると良いと思います。

MSFの現場でもっとも大切なのは対応力と応用力です。活動地の多くは整った環境などありません。だから私たちが整えに行きます。臨機応変に対応するためにはさまざまな経験が必要です。

経験に勝るものはなし。直接関係ないことでも、役に立ちます。バックパッカーをした経験、調理師をした経験、マッサージ師をした経験、農家で働いた経験、趣味で走ったり登ったり潜ったりした経験、キャンプをした経験。専門分野での経験はもちろんですが、多方面の経験を得て参加してください。

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2016年10月~2017年1月
  • 派遣国:リビア/チュニジア
  • プログラム地域:チュニス
  • ポジション:薬局責任者
  • 派遣期間:2016年6月~2016年8月
  • 派遣国:イエメン
  • プログラム地域:サアダ
  • ポジション:看護師
  • 派遣期間:2015年7月~2015年10月
  • 派遣国:日本
  • プログラム地域:熊本県
  • ポジション:看護師
  • 派遣期間:2015年11月~2016年2月
  • 派遣国:タンザニア
  • プログラム地域:キゴマ
  • ポジション:薬局責任者・管理者
  • 派遣期間:2015年7月~2015年10月
  • 派遣国:ネパール
  • プログラム地域:チャーリーコット
  • ポジション:医療チームリーダー
  • 派遣期間:2015年5月~2015年6月
  • 派遣国:ネパール
  • プログラム地域:カトマンズ
  • ポジション:看護師
  • 派遣期間:2015年3月~2015年5月
  • 派遣国:南スーダン
  • プログラム地域:マラカル
  • ポジション:看護師兼薬剤マネジャー
  • 派遣期間:2014年12月~2015年2月
  • 派遣国:リベリア
  • プログラム地域:モンロビア
  • ポジション:看護師
  • 派遣期間:2014年3月~2014年9月
  • 派遣国:エチオピア
  • プログラム地域:ガンベラ州
  • ポジション:看護師
  • 派遣期間:2013年8月~2014年2月
  • 派遣国:南スーダン
  • プログラム地域:アウェイル
  • ポジション:看護師

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