海外派遣スタッフ体験談

現地の人たちの家族の愛と感謝の気持ちに、「治したい!」思いを強く:小杉郁子

2018年11月06日

小杉 郁子

職種
外科医
活動地
南スーダン
活動期間
2018年7月~2018年9月

Q国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

前回(2016年7月~8月:イエメン)の派遣で多くのことを学び刺激を受けたので、通常の仕事を維持しつつ、機会があればなるべく派遣に行きたいと思っていました。日本での現在の職場からは、2年に1度のペースの参加であればサポートが可能と言われています。今回、3ヵ月以上の派遣を希望していて、今年の4月半ばに派遣の打診があり、すぐに参加を決めました。 

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

2017年中は、血管外科医としてのスキルアップに重点を置いて仕事をしました。また、産婦人科も含め、さまざまな分野の疾患・外傷・緊急手術に対応できるよう、病院の帝王切開の手術にも参加。整形外科や歯科口腔外科の手術も見学しました。

これまでも、英語のレッスンを週2回のペースで受けていましたが、派遣が決まってからは、普段よりも頻繁にレッスンを受けるようにしました。

また過去に同じ派遣先に行ったMSFスタッフの関聡志さん(外科医)、池田知也さん(外科医)、小島毬奈さん(助産師)にメールなどでやり取りをし、現地での活動内容と生活の様子を教えてもらいました。その上で、必要な物を準備しました。
 

Q過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

外科の仕事は、医師だけでなくチーム全員で取り組む仕事です。良好なチームワークを生み出すために、生活習慣、文化、価値観が異なる外国人派遣スタッフ・現地スタッフのそれぞれの考えや行動を尊重し、お互いにしっかりとコミュニケーションをとることと、柔軟な思考が大切です。

今回の派遣先では、もともと医療職ではない現地スタッフが訓練をうけて働いているケースもありました。今まで以上に、コミュニケーションと治療方針や方法の説明に時間をとりました。 

Q今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

ベンティウ国連文民保護区の様子。© Peter Bauza
ベンティウ国連文民保護区の様子。© Peter Bauza

南スーダンは2011年にスーダンから独立してできた、世界で最も若い国です。スーダン時代から何十年も内戦状態にあり、独立してからも政情は不安定なままです。そのため建国当初から国際連合南スーダン派遣団(UNMISS)が安定化のために介入をしています。今回のプロジェクトはUNMISS保護下の文民保護区(POC)内にある2次医療施設です。

POC内には1次医療施設はありますが、入院設備がありません。外科的治療も行えないため、2次医療施設に紹介で来院する患者さんは多いです。またPOC外の病院や、MSFの別のプロジェクトから患者が搬送されてくることもあります。

外国人派遣スタッフはリーダーのプロジェクト・コーディネーターのもと、医療系スタッフは医療チームリーダー1人、内科医3人、小児科医1人、麻酔科医1人、外科医1人、手術室看護師統括責任者1人、助産師2人、看護統括責任者1人、看護師3人、ヘルス・プロモーター1人、疫学専門家1人でした。非医療系スタッフは経理1人、人事担当1人、物流調達担当2人、水・衛生担当1人でした。現地スタッフは約500人の大きなプロジェクトでした。うち手術室関連は麻酔師1人、手術室看護師10人、手術室清掃担当3人、滅菌室担当2人でした。

手術を要する疾患・外傷はすべて外科医が請け負うため、専門以外の治療も行います。外科領域では膿瘍・熱傷(ほとんどが子ども)・動物にかまれたことによる傷(蛇、ハイエナ、ヒト)の処置、異物除去(耳・鼻・四肢・眼)、急性虫垂炎・銃創・腹部外傷に対する開腹手術、四肢切断術などを行いました。専門以外には眼球破裂の手術、帝王切開、子宮外妊娠に対する手術などがありました。手術の合間の救急外来や病棟での患者さんの診察、治療方針の決定、退院指示や簡単なサマリの記載なども外科医の仕事でした。 

子宮外妊娠に対する帝王切開の手術の様子。
子宮外妊娠に対する帝王切開の手術の様子。
Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

午前6時頃に起床して朝食をとり、8時から麻酔科医、手術室看護師統括責任者、現地スタッフ(麻酔師、手術室看護師、病棟看護師)と一緒に病棟の回診をします。回診時には診察だけでなく、内服・点滴・食事の指示、治療方針の相談もします。そのあとは手術室で手術や処置を行い合間に昼食をとります。午後5時からは夜勤体制でスタッフ数が減るのでそれまでに手術を終わらせるようにしましたが、ときどき急患の手術を夕方や夜中にすることもありました。

仕事が終わったら夕食をとり、専門外の疾患の治療法を調べたり1日の記録や日記を書いたりしていました。日曜日は手術の予定をなるべく入れずに休みをとるようにし、午後の時間のあるときに他の派遣スタッフとPOC内のカフェに行ってコーヒーや紅茶を飲んだりもしました。 

院内での回診の様子。
院内での回診の様子。
Q現地での住居環境について教えてください。

居住区域は病棟・オフィスのすぐそばに設置され、安全性のために夜間は門が閉じられガードマンが見回りをしていました。住居はテント(1人用と2人用)あるいはコンテナ(3人1部屋)でした。派遣スタッフそれぞれがトランシーバーを持ち施設内での連絡や緊急呼び出しに対応するので、夜間に呼び出しを受ける可能性のある外科医、麻酔科医、助産婦、プロジェクト・コーディネーターは1人用のテントをあてられていました。

日中は暑いのですが手術室やダイニングにはクーラーがあるため過ごしやすく、朝夜・降雨後は涼しくなるので寝苦しい夜は数日でした。むしろ雨期で蚊の活性が高いことの方が心配で、こまめに虫除けスプレーを使いました。夜間は蚊取り線香をたき、蚊帳の中にいるようにしました。水は消毒された上水道が引かれていて、調理、洗濯、洗面、シャワーなどに使っていました。シャワーは冷たい水しか使えないため、気温の高い日中に浴びるようにしました。トイレは汲み取り式でしたが、毎日掃除がされていました。 

居住区域の様子。
居住区域の様子。
Q活動中、印象に残っていることを教えてください。

派遣スタッフは優しくて明るい性格の人ばかりで、専門・担当分野は違っていてもチームワークは抜群でした。外科医は自分だけでしたが、麻酔科医、内科医、助産師など積極的に手伝ってくれて助かりました。

とにかく南スーダンは、文化・観念・価値観が大きく違うことに驚きました。例えば、病状や治療方法を説明している最中に別のことに気を取られ、上の空になっている患者さんが何人もいました。もしかしたら、家族を失うなど、極限状態を経験したことで自分のことに集中できないのかもしれません。また、科学的根拠のない伝統的治療を信じている方も多く、治療・入院が長引くことに納得せず「今すぐに退院して伝統的治療を受けに行きたい」と言われることもあり、説得に時間がかかりました。

南スーダンには様々な部族が暮らしていますが、ヌーア族とディンカ族が代表的な部族です。ヌーア族は牧畜、ディンカ族は半農半牧で生計を立てています。いずれも一夫多妻制で、男性が物事の決定権を持っています。男性が働き、女性が家事・育児をするのが南スーダンでは一般的で、怪我をした患者さんの付き添いは大抵女性の家族でした。しかし、治療の同意を得るためには夫や父親を呼び出さねばならず、緊急性の高い重症患者のときは、気持ちが焦りました。

特に心に残るのは、搬送されてきた13歳の女の子のお母さんの言葉です。女の子は無差別発砲による銃創で、腹にけがをしていました。手術後、お母さんが「(手術が)残念な結果になったとしても、批判したりしません。一所懸命治療してくれてありがとう。どんなことになっても神が祝福してくれます」と声を掛けてくれました。信仰心の深さと、女の子に対する深い愛情を感じ、なんとしてでも治さなければ、と思いました。私が帰国した後に、女の子は元気に回復して退院したと聞き、ホッとしました。

他の治療のケースでも、お母さんが、処置の終わった赤ちゃんを愛おしそうに抱きしめ、キスをしたり頬ずりをしたりしていました。患者さんが「ありがとう、ありがとう」と、身振り手振りで感謝の気持ちを伝えてくれたりもしました。世界中のどこでも「家族への愛」と「感謝の気持ち」は同じなのだと感じました。 

お茶を飲みながら過ごす同僚との時間も充実していた。
お茶を飲みながら過ごす同僚との時間も充実していた。
Q今後の展望は?

現在の職場での勤務を続けるため、次回の派遣は2年後になると思います。今回の派遣で、自分の専門領域以外のボキャブラリーが足りないと感じたので、手術の技術だけでなく、英語ももっと勉強しようと思います。またフランス語の勉強もはじめたいです。 

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

まず何事も経験してみることが大事です。自分自身が完璧でなくてもチームが助けてくれますし、現地の方から学ぶことがたくさんあります。まさに「百聞は一見に如かず」だと思います。

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2016年7月~2016年8月
  • 派遣国:イエメン
  • プログラム地域:アデン
  • ポジション:外科医
  • 派遣期間:2008年2月~2008年3月
  • 派遣国:ナイジェリア
  • プログラム地域:ポートハーコート
  • ポジション:外科医

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