海外派遣スタッフ体験談

必ず行く!強い意思を持ち続けて踏み出した最初の一歩

2019年07月09日

長田 千愛

職種
麻酔科医
活動地
イエメン
活動期間
2019年4月~6月

医師になったからには、海外医療に参加してみたいという気持ちがありました。周囲からは、情勢の不安定な国に行くことや、収入・キャリアの心配もされましたが、日本にいても災害や事件に巻き込まれる可能性はあるし、それを言っていたら何も始まらない、という思いで参加に踏み出しました。必ずMSFに応募する!と言い続けていたところ、皆、私の意思を尊重して応援してくれました。今回、退職して初参加です。

銃社会のイエメンで外傷センターに勤務

アデンの外傷センター
アデンの外傷センター
イエメンのアデンでMSFが運営する外傷センターに赴任しました。症例は交通外傷が3割ほど、残りはすべて銃創でした。現地は銃社会で、日本だったら殴り合いのけんかになることがイエメンでは銃が出てきます。家に銃が置いてある家庭も多いので、子どもが触ってケガをしたり、流れ弾に当たって負傷したりするケースもありました。
 
また、イエメン人の患者に加え、アフリカからの難民・移民が多いことが印象的でした。イエメンは通り道で、ここから北へ、もっと裕福な国を目指しているようでしたが、家族や親戚もなく、身寄りがないまま亡くなって引き取り手がいない状況がよくありました。
 
私は麻酔科医なのですが、今回、ICU(集中治療室)に特化した医師として派遣されたので、業務は術後患者や重症患者をケアするICUでの仕事がメインでした。手術室の麻酔を手伝ったり、病棟に入院している患者の術前ケアに対してアドバイスしたりすることもありました。 

明るくフレンドリーな人びとに囲まれて

多国籍な海外派遣スタッフと、宿舎で夕食
多国籍な海外派遣スタッフと、宿舎で夕食
現地の患者さんは皆、友好的で、私が病棟に行くと手を振ってくれて、「ドクター!」と笑顔で声をかけてくれました。現地スタッフも、医師、看護師、事務スタッフ、清掃スタッフやガードマンまで、皆とても明るくて親切で、気さくに声をかけてくれました。
 
女性の医師や看護師も多く、家族の話、イエメンでの教育の話など、いろいろな話を聞かせてくれました。イスラム圏の女性の教育水準は低いイメージがあったのですが、女性でも高等教育を受けた人がたくさんいるのが意外でした。休憩時間によく食事やお茶に誘ってくれて、ホスピタリティを感じました。
 
世界各国から集まった海外派遣スタッフとの会話は、英語でほぼ問題なくできました。イエメン人スタッフが話すアラビア語なまりの英語に最初は苦労しましたが、慣れるにしたがってついていけるようになりました。 

外出できないストレス

病院の屋上からのぞむアデンの町
病院の屋上からのぞむアデンの町
安全上の理由で、外出が一切できなかったこと、娯楽がなかったことが、特に活動期間の後半は、真綿で首を絞められるようなストレスになって襲ってきました。You Tubeで好きなアーティストの映像を見たり、日本のレトルト食品を食べたりして乗り切りました。また、アロマオイルを持っていって、寝るときに枕元において香りに癒やされていました。絵を描くのが趣味なので、スケッチブックと色鉛筆を持参していろいろ描いていました。
 
今回は持っていかなかったのですが、電子書籍は必須だと思います。私はこれまでペーパーブックしか読む習慣がなく、電子書籍には興味がなかったのですが、荷物の重量制限が非常に厳しくて、持っていける冊数にも限りがあるため、帰国してすぐに電子書籍を購入しました。気持ちが滅入ってしまったときの愛読書や、診療でわからないことがあったときの医学書は常時、必要です。 

これが出だしの一歩

現地の麻酔科医たちと病院にて
現地の麻酔科医たちと病院にて
現地では、日本で当たり前のようにできる検査や使用できる薬がほとんどなく、手持ちのリソースでその場しのぎの対応しかできない、ということもしばしばありました。物が豊富な日本で生活していて、こうした現地の状況にも対応できる能力を身につける、というのは、正直とても難しいと思います。制限された状況のなか、想像力・創造力を働かせ、いかに柔軟に対応できるかということが、これからの自分にとっての課題です。
 
今回、初の活動参加ということもあって、自分としては慣れるのに精一杯という感じで終わってしまった気がします。何かを得た、というよりは、ようやく出だしの一歩を踏み出したという感じです。もっといろいろなプロジェクトを経験して、どこへ行っても力を発揮できるようになりたいと思っているところです。 
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