海外派遣スタッフ体験談

「生まれた小さい赤ちゃんが助かってほしい」は全世界共通の願い

2020年05月26日

袖野 美穂

職種
小児科医
活動地
イエメン
活動期間
2019年7月〜2020年1月

病院経験を経て大学院を卒業し、MSFに入って初めての派遣。日本で診たこともない症例や男女格差に苦戦するも、現地スタッフと一緒に試行錯誤しながら診療に取り組んだ。

日本では診たことのない疾患ばかり

ハミール病院の外科前室にて 🄫 MSF
ハミール病院の外科前室にて 🄫 MSF
公衆衛生の大学院を卒業してMSFに入りました。前に勤めていた病院やアメリカの大学院ではMSFで働いた経験のある人がいて、参加を勧めてくれました。今回は初めての派遣で、イエメンの2つの病院と1つのヘルスセンターに勤務し、小児科・新生児科診療の指導や、新生児死亡の原因調査や栄養不良児の現状調査を行いました。
 
指導をする立場で派遣されましたが、マラリア、リーシュマニア、ジフテリア、麻疹、狂犬病や重症栄養不良の子どもなど、日本では経験したことのない疾患ばかりで、現地医師にいろいろと教えてもらったり、一緒に試行錯誤しながら診療しました。

根強い男女格差 赤ちゃんにも影響

ハイダン病院での勤務最終日に退院する赤ちゃんと<br> 🄫 MSF
ハイダン病院での勤務最終日に退院する赤ちゃんと
🄫 MSF
これまでもアジアや中東で働いたことがありますが、イエメンは初めてでした。世界経済フォーラム(WEF)の報告書では男女格差が世界最下位の国で、文化も違うため、日本では考えられない苦労もありました。例えば患者が女性の場合は、救急搬送の際に女性の看護師が付き添わなくてはなりませんが、さらにその女性看護師には男性の親族が付き添わなくてはならないので、搬送までに時間がかかり、実際に搬送できずに亡くなってしまった妊婦もいました。
 
また、女性は生活のために、妊婦であっても山に入って薪を取ったり水を汲んだりと働く必要があります。重労働や栄養不良、妊婦健診普及率の低さ、近親結婚が多い等が原因なのか、未熟児や先天性疾患もたくさん経験しました。
 
印象に残っているのはザイダン君という通常より小さく生まれた赤ちゃん。お父さんは紛争で、お母さんはこの子の出産で亡くなり、9人のお姉ちゃんがいる家庭の初息子でした。イエメンの文化では男の子が女家族親類を世話する必要があるため、9人のお姉ちゃんとおばあちゃんの世話をこの小さな男の子が背負っています。「必ず助けてくれ」と言われて身の引き締まる思いでした。一緒に診た現地小児科医師はこの子の為に毎日お祈りしていたそうです。低体重で重症の敗血症でしたが、退院することが出来た時には本当にホッとしました。

日本であれば助かった命

フツヘルスセンターの救急外来で処置を施す <br> 🄫 MSF
フツヘルスセンターの救急外来で処置を施す 
🄫 MSF
一方で、日本だったらほぼ間違いなく助かるであろう低体重児でも、イエメンでは器具や薬剤が限られていて救うことができず、悔しい思いもしました。イエメンのMSFの病院や一般的な病院には新生児用の人工呼吸器がないため、人工呼吸器が必要な赤ちゃんは亡くなるのを見守るしかありません。
 
日本では肺を拡張して呼吸を助ける薬もありますが、高価なため現地では手に入りません。人工呼吸補助器を導入するための申請はしていますが、紛争中の国では輸入が大変困難であり、また停電や地元スタッフへの教育など課題は多く残ります。
 
他に難しかったことは、限られた検査と治療薬で診断治療を行うことです。日本でも難病とされる珍しい病気を、経過や身体所見から診断して治療しなければなりませんでした。苦労しましたが、フランスやオーストラリアにいるMSFの医療チームにオンラインで相談することができて、様々な専門家からアドバイスを貰えたことは心強かったです。 

助けられながら答えのない課題に取り組む

ハミール病院でエイード(ラマダン明けの祝日)に<br> 患者やスタッフにお祝いのプレゼントを配った <br> 🄫 MSF
ハミール病院でエイード(ラマダン明けの祝日)に
患者やスタッフにお祝いのプレゼントを配った 
🄫 MSF
活動中、文化に合ったケアを提供しようとする中で、現地で育った看護師らのアドバイスは大変役立ちました。例えば、自宅分娩が主流のこの地域では破傷風で亡くなる妊婦もおり、母親への予防接種が重要です。しかし院内での母親への予防接種がなかなか普及せず考えあぐねていたところ、「男性の医療者に肌を見せることを嫌がって予防接種を拒否することがあるから、私たちが接種する」と女性看護師が申し出てくれ、それから徐々に予防接種が普及するようになりました。
 
現地の医療器具では助けられない赤ちゃんへの緩和医療ケアなど、答えのない課題に関して、お互いの文化や宗教に基づく人生観をぶつけ合いながら、何が一番この子にとって最善なのか、現地のスタッフと一生懸命悩んだ経験が、印象深く記憶に残っています。

現地スタッフもまた紛争の被害者

スタッフの中ではヘルスプロモーターという、健康教育を担当していた女性も印象に残っています。彼女は高校卒業の資格を持っていましたが、イエメンではこれまでに6回も紛争を繰り返しており、その女性もハイダン、サダ、サナアと避難しながら暮らし、学校にもあまり行けなかったそうです。ただ理解のある家族だったので兄は留学しており、勉強して看護師になりたいという夢を語ってくれました。病院で働くスタッフもまた紛争の被害者なのだと感じました。

当たり前の「日常」を守りたい

ハイダンにて送別会を開いてくれた 🄫 MSF
ハイダンにて送別会を開いてくれた 🄫 MSF
2019年10月に休暇からイエメンに戻る時、サナアの空港で千葉県の集中豪雨に対してねぎらいの言葉をかけられて驚きました。飛行場で検問している若い兵士が、日本のパスポートを見て「日本のどこに住んでいるのか?」と聞きました。検問で呼び止められたことに緊張したのですが、「この前の災害で沢山の被害が出たと聞いている。家族は大丈夫か?残念だが日本ならきっとすぐに立ち直れると信じている。」と声をかけられました。
 
日本人はイエメンがどこにあるかも知らない人もいるのに、情報が限られたイエメンの人が日本の集中豪雨ことを気にかけてくれていることに感動しました。繰り返す紛争の中、自分自身が厳しい状況に置かれていても、他人を思い遣る心を持つ人間の暖かさが印象に残ります。
 
イエメンに派遣される前は紛争を繰り返す国はどんなところだろうと思っていましたが、実際に行ってみたら、その日着る服を選んだり、子どもが助かって喜ぶ母親がいたり、紛争地でも普通の日常がありました。一方で、栄養不良で子どもが亡くなったり、前線から人が運ばれてくるのを見ると、まだ当たり前の「日常」が許容されていない国なのだと感じます。世界のどこかの日常が、よりあるべき日常、より良い日常になるよう、できることで貢献したいと思います。
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