海外派遣スタッフ体験談

種をまかないと花は咲かないから

2020年02月26日

土岐 翠

職種
助産師
活動地
イラク
活動期間
2019年7月~11月

子どもの頃からの思いを実現し、今回初めてMSFの活動に参加。これまで大学病院や個人クリニックで、助産師としての経験を積んできた。

MSFで働くことを目標に

ベビーマッサージの技術指導 © MSF
ベビーマッサージの技術指導 © MSF
中学生の頃に見たテレビ番組が、海外での医療援助の道を選んだきっかけです。アフリカの子どもが銃を持っている映像が忘れられず、自分がその国に生まれていたらどんな支援を求めるだろうか、自分には何ができるだろうか、とずっと考えてきました。
 
その答えとして医療の道に進むことを決め、助産師に。いつかMSFで働くことを目標にしながら、まずは日本で経験を積みました。その後、英語を習得するためにオーストラリアへ留学。少し時間はかかりましたが、今回満を持して参加を決めました。
 
2019年7月にイラク北部の都市モスルの病院に派遣され、現地の助産師と看護師計40人ほどをまとめるスーパーバイザーを務めました。技術指導や緊急時の訓練、難しかった症例の振り返りなどを行うほか、病棟が忙しい時には分娩介助をすることもありました。 

赤ちゃんの命と母親の思い

破壊されたモスルの街=2018年 © Sacha Myers/MSF
破壊されたモスルの街=2018年 © Sacha Myers/MSF
ここでは、戦争の影響で病院へのアクセスが確保されず、妊婦検診を一度も受けられずに出産に至る妊婦が大半であるため、死産や、誕生直後に赤ちゃんが亡くなるケースが少なくありません。
 
ある日、妊娠7カ月の早産で、三つ子の赤ちゃんがそれぞれ500グラム足らずで生まれました。十分な機材のないこの病院では、残念ながらこれ以上生き続けることは難しい状態です。イラクではこのような場合は、赤ちゃんは母親からすぐ離され、亡くなった赤ちゃんを母親に見せないのが一般的です。紛争であまりにも多くの人の死を目の当たりにし、これ以上死を見せたくない、見たくない、という家族や現場のスタッフの思いがあるのです。しかし、母親の気持ちはどうでしょうか。私は、このような場面に立ち会う度に母親の意向を聞くようにしようとスタッフに提案をしました。母親に赤ちゃんの状態を伝え、会いたいかどうかを尋ねると、これ以上生きられる望みが薄い場合でも、多くの母親は赤ちゃんに会いたいと答えました。
 
三つ子のうち2人は出生後すぐに亡くなってしまいましたが、最後の1人、350グラムの小さな赤ちゃんは、弱いながらも一生懸命呼吸をしていました。私たちは赤ちゃんをあたたかいタオルでくるみ帽子をかぶせ、母親に手渡しました。泣きながら小さなわが子を抱く母親とそこに立ち会う現地のスタッフを前に、どんなに小さな命も尊いものであること、また母親に抱かれたその赤ちゃんには、たとえ短い命であっても、母親の愛と人のあたたかさを感じてほしいと強く願いました。 

低い立場に置かれた女性たち

モスルの病院で誕生した赤ちゃんたち=2019年1月<br> © MSF
モスルの病院で誕生した赤ちゃんたち=2019年1月
© MSF
いつも考えさせられていたのは、女性の権利についてです。手術、治療、避妊……、何をとっても女性は自ら決断することは許されていませんでした。1人の女性が6人から10人近く出産することが当たり前のモスルでは、女性の健康を守るために家族計画の指導が非常に重要でした。しかし、その重要性や患者本人の意向に関わらず、家族の承諾を得ることにいつも苦戦していました。
 
ある日出会った患者さんは、23歳。帝王切開を過去に3回経験しており、腹腔内の癒着が深刻な状態でした。次に妊娠をすると、合併症などを起こし、最悪の場合死に至る危険性があります。イラクでは、ホルモン剤の入った小さな器具を腕に挿入する避妊方法が認められており、彼女はそれを望みましたが、夫や家族が認めませんでした。
 
もう妊娠をしたくない、死にたくないと泣いて家族に懇願する彼女を見て、一人の女性の生きる権利が無視されていること、女性が低い立場に置かれていることに強い憤りを感じました。諦めることのできなかった私は通訳を介して彼女の家族と話し合ったり、担当医に夫やその父親と電話で話すよう頼んだり、できる限りのことをしました。それでも結局、承諾は得られませんでした。 

伝わった思い

しかし、ある朝出勤すると、私に向かって満面の笑みで何度も自分の腕を指さす彼女がいました。腕に避妊器具を入れてほしいという意味です。話を聞くと、必死に動く私の様子を見た周りの患者やその家族が協力をして、彼女の家族を説得したそうです。

 
これで彼女は、器具の効力が続く約5年間は、妊娠の恐怖に脅かされず過ごすことができます。彼女のために立ち上がった周りの人たち、そして彼女自身を、本当に誇らしく思いました。

種をまかないと花は咲かないから

共に働いた仲間たち © MSF
共に働いた仲間たち © MSF
活動中は、自分の常識が当てはまらないことばかりでした。さまざまな課題を、どこまで「この国の風習だから」と受容すべきなのかと、何度も悩みました。そんな時に、「あなたがいいと思う助産をみんなに見せて、変わることを願って動きなさい。種をまかないと、花は咲かないから」と医療チームリーダーから言われたことがとても印象的でした。
 
今回、勇気を出してMSFの活動に参加して本当に良かったと思います。たくさんの人たちと出会い、日本とは違う文化に適応、奮闘しながら、患者や家族、現地のスタッフと関わり合う毎日は、何にも変えがたい経験でした。
 
参加するかどうか迷っている人には、「具体的に動くこと」が大事だと伝えたいです。時間は本当にあっという間に過ぎてしまいます。自分に今何が必要なのか、何をするべきなのかを考え、しかしずっと考え続けるのではなく、一歩を踏み出してみることが大切だと思います。 
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