海外派遣スタッフ体験談

死に至る可能性も 紛争続くガザで外傷患者の感染コントロールに奮闘

2020年07月21日

橋本 拓磨

職種
感染管理専門看護師
活動地
パレスチナ・ガザ地区
活動期間
2020年1月~3月

英語の壁に当たりながらも経験を積んで、手術室看護師としてMSFに参加。2回目の派遣はガザ地区で感染管理を担当。薬剤耐性菌、終わらない紛争、新型コロナウイルス、さまざまな試練に向き合いながら活動した。

昔読んだ本 経験を積んでMSFに参加

MSFを知ったのは看護学校に入る以前、山本敏晴さんの「世界で一番いのちの短い国 シエラレオネの国境なき医師団」という本がきっかけでした。その時は自分には手の届かない遠い世界のように感じていました。

 
看護師として働き始めてから4年後、本格的に海外での活動に関心を持つようになり、MSFの説明会に参加しましたが、英語力が足りなかったため、まだ自分には無理だと思い断念しました。英語力不問の日本の団体に参加して、ミャンマーとカンボジアで看護師として活動しました。そこでは看護師としての経験不足を痛感することが多々ありました。
 
帰国後は看護師としての実力をつけたい一心で、専門分野である手術室看護の能力向上を目的に、前職場である岡山県内の総合病院へ就職しました。その病院を選んだ理由は、子どもの手術を多く扱っていること、ほぼ全科を扱っていること、手術件数が多いことです。勤務内容は、毎日手術室に缶詰め、明けても暮れても手術介助、夜間緊急手術対応、休日オンコール待機、新人教育と、「手術室漬け」でした。
 
週末は英語の授業へ通い、夏休みはミャンマーの手術室でのボランティア活動を継続しました。そのような生活を約4年間続け、手術室看護師としての経験を積むことができました。この経験がなければ今の自分はなく、お世話になった方々にはとても感謝しています。
 
しかしある時点から、環境への慣れとともに、自分の成長を感じなくなってきました。今と同じことを続けても成長は望めない。新しい目標を見つけたい。悶々とした気持ちでいたところ、英語の先生から「海外で活動するNGOで働いてみたらどうか?今なら英語環境で挑戦できるのではないか?」と助言されました。
 
それがきっかけとなり、国境なき医師団に挑戦したいという気持ちが湧いてきました。東京での募集説明会に参加した後に動機を固め、応募しました。面接を受ける前に、手術室看護師のための職種別募集説明会に参加し、MSFの先輩にあたる手術室看護師の方たちから現場での経験を直接聞くことができました。MSFの現場の具体的なイメージを持つことができたことに助けられ、登録に至りました。

イラクでの活動を経て、2回目の派遣でガザ地区へ

初回の派遣先、イラクで一緒に働いた手術室の“家族“<br> © MSF
初回の派遣先、イラクで一緒に働いた手術室の“家族“
© MSF
最初の派遣先はイラク。2年前の紛争で破壊された病院を建て直す間の一時的な施設で医療を提供しました。派遣の前に、現場の前任者である日本人の手術室看護師の方からたくさんの助言を頂くことができ、本当に助けられました。コンテナの手術室で手術室看護師として活動し、イラク人のチームメンバーと家族のように打ち解けることができ、忘れられない経験でした。
 
今回は2回目の派遣でパレスチナのガザ地区へ。手術室看護師ではなく、院内の感染を防ぐために環境を整えたり、スタッフの教育を担当する、「感染管理専門看護師 (Infection Prevention Control Supervisor)」というポジションでガザの総合病院に派遣されました。国境近くのデモに参加して銃で撃たれるなどのけがをした人のうち、すでに別の病院で治療を受けた後、傷や骨折部の治りが悪い症例を受け入れている病院でした。
 
患者さんは入院して手術を受けたり、退院後に傷口のケアやリハビリのために来院します。特に多かった症例は、骨折後の重篤な後遺症のひとつである偽関節や、四肢切断術後の切り口の再処置などでした。

トレーニング業務に追われながら

現地スタッフのクリーナーと、新しくなった手術室の前で<br> © MSF
現地スタッフのクリーナーと、新しくなった手術室の前で
© MSF
外傷を負った患者は感染症にかかりやすく、骨へ感染すると血液に広がり、最悪のケースは亡くなることもあります。入院患者が感染症にかからないようにケアしたり、すでに感染してから収容された人は、症状が悪くならないようにコントロールする必要があります。実際の患者さんのケアは現地の看護師が行い、私は現地の感染管理スタッフ、看護師、クリーナー(手術室など院内の清掃を担当するスタッフ)等のスタッフのトレーニングを担当しました。
 
現地スタッフは経験豊富な人が多く、特にスーパーバイザーは修士号を持つなど教育水準も高く、流暢な英語で堂々と意見交換をする姿に刺激を受けました。時に意見が一致しないこともありましたが、スタッフの意見を尊重しつつ最善の解決策を見つけるようにしました。
 
日々の業務は、看護師に医療機器の手入れの方法を指導したり、クリーナーに清掃・消毒の方法を繰り返し教育するなど、現地の感染管理スタッフと一緒にスケジュールを組んで行いました。新病棟・手術室の開設とともにトレーニングの計画を多く取り入れたため、活動が軌道に乗るにしたがって忙しくなりました。 

薬剤耐性菌のまん延 感染管理の重要さ

待合エリアで外来患者さんたちと撮影 © MSF
待合エリアで外来患者さんたちと撮影 © MSF
私が派遣される以前は、現地スタッフの間で感染管理の重要性に対する意識はあるものの、まだ実際の仕事に生かし切れていない状況でした。活動開始から約1カ月かけて、徐々にスタッフの意識を実際の仕事に生かすための働きかけをしました。
 
院内の感染管理委員会(IPC委員会)の会議への参加率が、派遣当初は半分以下だったところ、1カ月後にほぼ全員が参加するようになりました。ここでの意見交換を通じて、多くのスタッフが感染管理に対して高い関心を持っていることがわかり、とても励まされました。
 
ガザでの大きな問題の一つに薬剤耐性菌のまん延があります。薬局では抗生物質を処方箋なしで買えるため、それが乱用につながり、その結果薬剤耐性菌がまん延し、感染のコントロールが難しくなり、それが治療の障害になっています。このような問題があるため、病院内の感染管理はもちろんのこと、患者さんへの指導も大切な仕事の一つとなります。
 
退院後、様々な理由から自分のケアを続けられない患者さんもいるため、現地の外来の看護師の協力のもと、感染管理の基準に照らし合わせて、患者さんの指導マニュアルの作成を行いました。完成する前に帰国となったことは心残りですが、現地スタッフに後の仕事を引き継ぎました。

紛争、コロナ、終わらない緊急事態

現地の看護師(左)と感染管理担当スタッフ(右)<br> 活動最後の夜 © MSF
現地の看護師(左)と感染管理担当スタッフ(右)
活動最後の夜 © MSF
ガザでの紛争は終わる気配がなく、その中で治療を待っている人達がいます。移動と物流は厳しく制限されているため、医療を提供するための人も設備も足りていません。創外固定という骨折の固定器具を付けたまま、治療が進まない多くの患者さんを目の当たりにし、MSFの活動のニーズの大きさを感じました。
 
そこに新型コロナウイルスの感染リスクが新たに加わり、ガザの人々は大きな危険にさらされています。人口密度が高く、衛生状態も良くないため、感染が爆発的に広まったり、それによって現在の医療活動が行えなくなる可能性もあります*。今回の活動は新型コロナウイルスの影響で帰国が予定より早まってしまいました。
 
帰国する直前に上司にあたる同僚から ’’Thank you for your patience. Thank you for your hard work. (忍耐強く、精いっぱい仕事をしてくれて、ありがとう)’’ という言葉を頂きました。自分の姿を見てもらっていたことが分かり、素直に嬉しく感じました。今後の活動への励みにしたいと思っています。
 
 
*2020年5月の時点でパレスチナ自治区では300人以上の新型コロナウイルス感染者が確認されています。MSFは現在もガザ地区で外傷患者の治療を続けています。
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