海外派遣スタッフ世界の現場から

趣味にはまり何度か挫折も……回り道したけれど「海外で働く」夢をかなえた看護師の道のり

本川 才希子

ポジション
手術室看護師マネジャー
活動地
南スーダン
活動期間
2020年7月~2021年3月

高校で看護衛生科に入り卒業とともに准看護師の資格を取得。大学の看護学部を卒業後、オーストラリアへ語学留学。日本各地で看護師として勤めた後、2019年に国境なき医師団(MSF)に参加。南スーダンで現地スタッフのトレーニングを担当。

海外で働きたい!

南スーダンで手術室スタッフたちと © MSF

南スーダンで手術室スタッフたちと © MSF

幼い頃から異文化に興味があって、海外で働きたいと思っていました。そのために看護師の資格を取っておけば、ちゃんと自立できるだろうというのが最初のきっかけでした。

高校で衛生看護科に入り、卒業と同時に准看護師の資格を取得。ライセンスを持っていたので、大学は精神科の夜勤アルバイトで働きながら通っていました。在学中にお金を貯めて、卒業後はすぐにオーストラリアへ。語学力を伸ばすために10カ月ほど留学しました。

向こうに着いてみると、周りの学生は志望大学の目標を決めて来ているモチベーションの高い人ばかり。一方の私は、 「ともかく行けば何とかなる」という若い時の単純な考えしか持ち合わせていなくて。結局何ともならず、失敗でした。どうやったら道が開けるのか、先輩たちに聞けば良かったと、いまでは思います。

趣味三昧、見失いかけたことも…

帰国してからは、アウトドア三昧でした。反動のような感じで、3年ほど北海道で看護師として働きながら、冬は雪山でスキーへ、夏はカヌーで川下りへ……。アウトドアにはまりすぎて、仕事を辞め、車にボートとキャンプ道具を積んで、日本中の有名な川を転々と旅していたこともあります。

ギターを奏でる夕食後のMSFチーム © MSF

ギターを奏でる夕食後のMSFチーム © MSF

もっと良い川の近くに住みたいなと、愛知県で仕事を見つけて移住しました。その時に出会いがあって、米カルフォルニア州の看護師資格を取得した人がいたのです。一度は諦めて日本で生活してきたけれど、その方から話を聞くうちに、ふつふつと悔しい気持ちが湧いてきました。

そこで今度は半年と期間を決めて、ロサンゼルスへ行きました。カルフォルニアの資格を取るために、専門の塾に入って試験対策の勉強に励んだのです。でもちょうどその時期、州の看護師試験の応募資格に変更があり、外国人は受験できなくなってしまった。米国での資格を取ることができず、ここで私は“挫折パート2”を味わいました。

MSFに初応募、さらなるチャレンジ

実はロスにいる間、初めて国境なき医師団(MSF)に応募しているんです。書類は通過したのですが、面接で担当の方に「英語力は問題ないが、普通病棟の経験のみですね」と言われて。当時MSFが募集していた医療系の職種は、小児、感染症、手術室、助産師。その中で私にとって一番可能性が高いのは手術室でした。

子どもの患者は派遣中の心の支え © MSF

子どもの患者は派遣中の心の支え © MSF

病棟から手術室へ移る看護師はめずらしいのですが、以前派遣で働いていた病院に交渉し、手術室配属の正職員にしてもらいました。その後マネジャー職にも就いて仕事に集中していると、MSFのこともぽやぽやと忘れているような状態に……。

30代になってある程度の経験を積むと自信も持てるようになり、先のことを考え始めました。少し仕事を休んで旅に出た時、ふと思ったのが「ずっと頭の中にあったのに、MSFで働くことが実現できていないな」と。それと思い出したんです。MSFの手術室看護師は、産婦人科の手術ができなければならないことを! 全く経験がなかったので、そこから産婦人科手術室の仕事を探しました。もうここまで遠回りできるのっていうぐらい(笑)。そのスキルを積んで再度応募し、2019年にMSFからオファーを受けました。

“世界で一番新しい国” 南スーダンでスタッフ教育

手術後、振り返りながら看護スタッフに教える © MSF

手術後、振り返りながら看護スタッフに教える © MSF

私が派遣されたのは、“世界で一番新しい国”南スーダンにある文民保護区の避難民キャンプです。キャンプといっても人口は10万人規模。MSFの病院には500人近くのスタッフが雇われています。

外科・手術室に所属する私の担当は、現地出身の看護師たちを教育し、彼らの知識や技術をレベルアップすること。南スーダンでは数年前に看護師資格ができたばかりで、教育体制がまだ整っていません。ほぼ毎日、外科病棟のスタッフに短い講義をして、患者が訴えた症状の診断の仕方や看護の実践方法を、日常業務に添って説明しました。

MSFのプロジェクトと言うと、私のような外国人スタッフが中心となって医療を行っていると思われがちですが、手術の器械出しや術後の管理をするのは現地スタッフです。患者を救うためには優秀なスタッフが必要で、MSFではスタッフにさまざまなトレーニングを行っています。また、努力した人が少しでも良いポジションに就けるように昇進のチャンスもあります。

道路、通信、意思決定者が揃わなければ救えない

出会った患者さんのなかで一番印象に残っているのは、蛇にかまれた授乳中の30代女性です。南スーダンでは「蛇を見たら毒蛇と思え!」と言われるほど毒蛇が多いのだそうです。感染がひどく、下腿切断が必要でしたが、患者さんは「足を失ったら村に帰られなくなる。署名は夫がするものだから自分はできない」と頑なに手術を拒否しました。

この国の文化では、大事な決断をするのは男性なのです。夫に伝えたところ、雨期で道路が冠水しているため、病院までボートで4日かかるとのこと。その間もスタッフは携帯電話にかけ続けましたが、電波状況が悪くて繋がりません。道路、通信、意思決定をする人がなければ、この患者さんを救えないのです。患者さんの足は、持ち上げると落ちてしまいそうなほど組織が壊死していました。

ある日、患者さんと長い間話していたスタッフに、どんな話をしたのか尋ねると「このままでは間違いなく敗血症で数日以内に死ぬ。足を失っても生きる道を選んでほしい。赤ちゃんにはあなたが必要だよ」と。彼の真剣な眼差しから、患者さんを思う気持ちが伝わってきました。

スタッフ皆で1週間ほどハラハラした状態で待ち続け、ついに夫が到着しました。夫は悪臭がする妻の足を見て、すぐに同意書にサインしました。患者さんは片足を失いましたが、命をとりとめました。松葉杖で、もう赤ちゃんを抱いて歩くことはできなくても……。専門スタッフから心のケアと、家族のサポートも受け、次第に笑顔を取り戻して退院されました。

現地で働き、得られた気づき

外を歩くとキャンプの子どもたちは興味津々で<br>
着いてくる © MSF

外を歩くとキャンプの子どもたちは興味津々で
着いてくる © MSF

実際に運ばれてくる患者や、働いているスタッフをよく知ると、MSFが地域に大きなインパクトを与えていることがわかります。MSFの病院は患者を救うと同時に、現地スタッフの生活、コミュニティを支えているのだという気づきを得たのは大きかったです。

スタッフはより良い病院にするにはどうしたらいいか、毎日話し合っています。良い人材なしに良い組織は作れません。私が参加したプロジェクトでは、MSFを信じて、そこで成長して、そして病で苦しむ人を助ける人道援助がありました。


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