海外派遣スタッフ世界の現場から

次々と運ばれるコロナ患者 葛藤を抱えながらチームで難局に立ち向かった

佐藤 太一郎

ポジション
集中治療室看護師
活動地
イラク
活動期間
2020年7月~10月

新型コロナウイルス感染症が急速に広がっていたバグダッドの、コロナ集中治療病棟で奮闘。医療者や物資が足りないという課題に直面しながらも、目の前の患者さんと向き合い、できる限りの活動を行った。

国内での災害支援を経験し、海外での援助活動に興味

MSF活動地では多国籍の仲間と働く © MSF

MSF活動地では多国籍の仲間と働く © MSF

もともと海外での医療活動に興味がありましたが、国内災害支援などを経験し、海外での人道援助活動に興味が湧きました。自分の経験を活かし、国境なき医師団(MSF)を通して世界の医療を必要とする国や人びとに貢献したいという思いから、応募を決意しました。

また、さまざまな国籍やバックグラウンドの人たちと働くことや、チームで目標を設定し、チャレンジを乗り越えて目標を達成していくことが好きなので、MSFの現場で働きたいと思いました。

ずっと自分の目標を周囲の人たちに話していたので、家族も周囲も応援してくれました。日本や海外で働いていましたが、どの職場でも、海外派遣が決まれば不在にすることを理解してもらった上で働いていました。短期間の契約で仕事をしたり、国際船で医療スタッフとして業務していたこともあります。 

過酷な新型コロナ集中治療病棟での活動

現地の看護師たちにトレーニングを行う © MSF

現地の看護師たちにトレーニングを行う © MSF

MSFに入って最初の派遣地は、1日に4000から5000人ほどの新型コロナウイルス感染者が確認されている(2020年8月当時)、イラクのバグダッドでした。現地保健省の新型コロナ患者を受け入れている病院の支援に入りましたが、現実は過酷なものでした。

医師や看護師など医療者の数が足りず、集中治療室(ICU)を含む30床以上の病棟を5、6人の看護師で担当していました。午前、午後のシフトに分けて対応していましたが、24時間はカバーしきれず、限られた人数で手を尽くしても患者さんが亡くなり、悔しい思いを何度もしました。またチームの現地看護師6人は、地域のリハビリセンターから志願して来てくれていましたが、呼吸器やICUでの業務などをトレーニングする必要がありました。

今回初めての派遣でしたが、現地のスタッフのトレーニングやマネージメント、看護システム作り、労働環境整備、感染対策、スタッフ管理、医療物資や消耗品の管理と調達、患者家族へのケア、現地医療スタッフとの交渉やリクルートメントなど、多岐にわたる業務に従事しました。 

怒涛の日々 救いきれない患者たち

8月上旬は手洗いや個人用防護具の装着も<br>
車で行っていた 🄫 MSF

8月上旬は手洗いや個人用防護具の装着も
車で行っていた 🄫 MSF

8月は次から次へと患者さんが運ばれて来るような状態で、前の患者さんが亡くなり、新たな受け入れのためのベッドの準備が全くできていない状態で次の人が運ばれてくることもありました。そういった患者さんが廊下で待機している間に致命的な状態になり、ICU入室直後に亡くなるということもありました。

20代でICUに入院していた患者さんは、印象に残っている一人です。コロナによる肺炎で呼吸困難があったのに、長期間自宅で経過を見ており、最終的に来院した時点ですでにかなり重症でした。バグダッドではこういったケースが少なくなく、地域の人はできるだけ病院に行かず自宅で経過を見る傾向にあります。コミュニティの中で病院に行くことへの偏見や、病院に行くとコロナにかかって出て来られなくなるという誤った認識もあったようです。

この患者さんがICUに入ってきた時には、かなり厳しい状態でしたが、何とか持ち直して改善傾向になりました。しかし、病状が再度悪化。2度目の重症化の際には、なすすべなく亡くなりました。一時は会話もできる程度に回復し、いろいろな話をしただけに、やりきれない思いでした。 

遺族の悔しさを目の当たりに

激務で疲れ切った看護師を
理学療法士がマッサージ © MSF

激務で疲れ切った看護師を<br>
理学療法士がマッサージ © MSF

医療者だけではなく、患者さんの側にずっと付き添っている家族も精神的にも肉体的にも疲弊していました。目の前で愛する家族が亡くなった時には、家族が物に当たったり、そばにいる医療者が責められることもあり、やるせない思いでした。

医療者の数や医療機器、薬も足りていない中、できることは限られていましたが、チームで患者を診るというシステムを作り、できるだけ患者さんのところへ行って家族の声を聴くようにしました。看護師の数が患者数に対して圧倒的に足りず、看護師がするようなケアを患者家族が担っていることがほとんどだったので、家族に対するケア技術向上のためのトレーニングも重点的に行いました。

また患者が亡くなった際は、現地スタッフが家族へ説明や精神ケアなど、献身的に動いてくれました。9月ごろには医療チームの人数が増え、適切な患者フォローアップ、ケア、投薬などの治療が安定して提供できるようになり、これまでより多くの命を守れるようになりました。 

新しい病棟の立ち上げ

回復した患者さんと記念写真 © MSF

回復した患者さんと記念写真 © MSF

9月末にはMSFが管轄する12床のICUを含む36床のコロナ病棟を立ち上げました。8月と比べ、MSFが関わっている地域のコロナ対応は劇的に改善したと思います。10月の時点では、24床の病棟で適切な投薬と医療ケアをすべての入院患者が受けることができ、患者を継続して治療するチームができました。

短期間の緊急プロジェクトから中期長期的なプロジェクトへ変化していき、短期での目標はある程度達成できたと思います。またチームの看護師が一人も辞めることなく、協力して難局に立ち向かえたことを嬉しく思います。皆私のことをとても快く受け入れてくれ、病院内外を問わず、常に助けてくれました。

重症で入院した患者さんが、家族の献身的なケアの甲斐もあり、10日以上の持続陽圧呼吸療法(CPAP)という治療を乗り越え回復してくれたこともありました。ICUから一般病棟へ転棟する際に一緒に写真を撮ってほしいといわれ撮影。「ありがとう」と伝えてもらい、厳しい状況の中、患者や家族からの言葉はとても励みになり、自分がいる意味を再確認できました。 

「果てしなく見える道にも必ず終わりがくる」

活動最終日に、一緒に活動した仲間と。
撮影の時だけマスクを外して笑顔に © MSF

活動最終日に、一緒に活動した仲間と。<br>
撮影の時だけマスクを外して笑顔に © MSF

今回の派遣では、少ない人員と限られている資源の中で、抱えきれないほどの患者を受け、「一人でも多くの人を救う」という大きなニーズと、「目の前の一人の患者を救う」というニーズのジレンマに苛まれました。

目の前で息ができず苦しんでいる患者さんや、ずっとそばにいて看病している家族と毎日接している中で、必ずしも一人の患者を救えるわけではないという現実。限られた薬、医療機器、ケアをどのように選択して誰に提供するのか、意思決定しなければならない辛さがありました。葛藤を抱えながらも、能力の高い素晴らしいチームと一緒に、一つずつ課題をクリアし、かつスピード感を持って対応できたことはとても良い経験になったと思います。

「どんなに果てしなく見える道にも必ず終わりがくる」。以前国内でコロナ対応をしていた時に上司からもらった言葉。この言葉に支えられながら活動しました。 


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