海外派遣スタッフ体験談

スラムを支援。貧富の格差、弱者に向けられた暴力に憤りも:中池 ともみ

2018年08月14日

中池 ともみ

職種
正看護師
活動地
ケニア
活動期間
2017年7月~2018年7月

Qなぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

オーストラリア留学中に「産科フィスチュラ」という症状で社会的に差別されているエチオピア女性のドキュメンタリーを観て衝撃を受け、人道援助に興味を持ち始めました。2015年にMSFへ応募し、南スーダンとシリアでの活動を経験しました。 

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

過去2回の活動中に、日本では見られないケースに罹患している患者さんたちと、それを的確にケアする経験豊かな現地スタッフに出会いました。自身の知識不足を感じ、発展途上国における疾患への理解を深めるため、前回のシリア派遣後に長崎大学熱帯医学研修コースを3ヵ月受講。新ワクチンや新薬、検査方法、熱帯病の媒介対策など、日々研究に打ち込んでいる講師陣による貴重な講義を受けることができました。また、MSFスタッフをはじめ、研修中に出会った国際経験豊かな医療者との交流も大きな刺激でした。

今回の派遣は1年間と長期の予定だったため、出発日が決まってからは、地元・鹿児島の美味しい料理を食べ溜めし、実家で愛犬との交流を深めました。 

Q過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

ケニアの救急チームのメンバー
ケニアの救急チームのメンバー
初回派遣地の南スーダンでは過酷な気候や生活条件のなか、栄養失調、マラリア、やけどや銃創など外科適応のケースを診て、限られた医療環境内でのケアマネジメントを学びました。その経験は今回の活動にも生かす事が出来ました。

前回のシリアでは、現地スタッフも内戦でつらい思いをしているにも関わらず、笑顔を絶やさず、外国人スタッフへのホスピタリティを忘れない姿が印象的でした。さまざまな文化や生活環境にも柔軟に適応する術を、彼ら彼女たちから学びました。

それぞれの活動地で、知識と経験が豊富で、ミーティングでの発言力も高い現地スタッフと外国人スタッフに影響されました。「分からないこと、できないことははっきりと伝え、質問することが成長につながる」と話していた現地スタッフのスーパーバイザーの言葉には本当に勇気づけられました。 
Q今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

トレーニングの様子
トレーニングの様子
ケニアの首都ナイロビのスラムの一つであるマセアで、路上生活を送る家族や経済社会的困難のために病院へ行けない人びとへ救急車を無償で提供し、二次医療施設へ搬送するプロジェクトが主でした。MSFの診療所内に救急車を派遣するコールセンター(約600件/月)と外傷治療室(患者数約800人/月)を備え、状況に応じて患者さんをMSF診療所へ搬送し、いったん安定させた後、入院可能な施設へ搬送していました。 

救急チームは、医師とほぼ同じ仕事をするクリニカル・オフィサー(准医師)と看護師に加え、このプロジェクト特有の救急救命士(EMT)で構成されていました。MSFの救急車は計3台、24時間対応で、看護師、EMT、運転手の3人からなるチームが配置されていました。救急車の搬送依頼には即座に対応し、MSFの活動地で医療提供した後、現地の公共施設へ搬送していました。
患者さんをトリアージする現地スタッフ
患者さんをトリアージする現地スタッフ
私は診療所内でのトリアージコード確認や、外傷ルームでの患者対応を手伝いました。現地スタッフと一緒に救急車で地元コミュニティへ向かい、患者さんを公共の病院へ搬送することもありました。

同じ施設内に、性別およびジェンダーに基づいた暴力(SGBV)のプロジェクトもあり、救急チームとSGBVは連携して活動していました。患者さんの症例は、主にスラム内でのドラッグ使用やアルコール摂取に起因する暴力による外傷、銃創、交通事故などによる開放骨折、頭部挫傷、時には救急車内や外傷ルームでの出産もありました。まれに、公共のバス事故、スラム内での建物崩壊などによるマスカジュアリティーのインシデントが起こり、その際は即座に対応していました。

また、MSFは多剤薬剤耐性結核(MDR−TB)と超薬剤耐性結核(XDR−TB)のプロジェクトも展開しており、結核疑いの患者さんが運ばれてきた時は担当のチームに助言を求めました。

最初は海外派遣スタッフが8人いましたが、私が活動を終える頃には4人になりました。
Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

毎朝6時45分前には宿舎を出てMSFの車で診療所に向かい、到着後の7時30分過ぎには業務を始める準備に取り掛かりました。夕方5時前には診療所を出るようにしていましたが毎日渋滞がひどく交通状況は予測不可能で、時には夜8時前に帰宅することもありました。

土・日曜は休みで、外国人スタッフと散歩に出かけたり、ジョギングしたりしました。ナイロビ内の国立公園へ野生動物を見に行くこともできました。ナイロビにはたくさんレストラン(日本食も!)があり、余暇を楽しむことは可能でした。24時間対応のプロジェクトだったため、夜間や休日にコールセンターやスーパーバイザーから緊急で電話がかかってくることもありましたが、ほぼ電話対応で解決できていました。 

Q現地での住居環境について教えてください。

マセア・スラムの眺め
マセア・スラムの眺め
診療所のあるスラム街から車で(渋滞がなければ)20分以内、平均1時間の距離に海外派遣スタッフの宿舎がありました。キッチンは共用でしたが、トイレ、シャワーは個室内にあり、1人の時間は十分に持てました。

スラムと宿舎周辺の生活環境は全く異なり、まるで他の国にいるようでした。「なぜ同じ国内、さらに同じ市内でもこんなに経済格差が生じるのか」と毎日疑問に思いました。 
Q活動中、印象に残っていることを教えてください。

大統領選後の暴動を報じる新聞
大統領選後の暴動を報じる新聞
2017年8月のケニア大統領選挙では民族間衝突が起こり、銃創や開放骨折、頭部外傷の患者さんが大勢運ばれてきました。10月に再選挙があった際も同様でした。前回、前々回の選挙をふまえ、事前にマスカジュアルティー計画を立て、スタッフもトレーニングしていたため、スムーズにいきました。しかし場所によっては、民族の違いが原因で、救急車で患者を迎えに行けないスタッフがいたり、MSFの救急車が攻撃されたりすることもありました。 

SGBVの活動では、大人だけでなく子ども(2~3歳の子)も被害に遭っており、その現状にはとても衝撃を受けました。被害者の中にはコンゴやソマリなどの難民も含まれ、社会的弱者に対する暴力に怒りを覚えました。
Q今後の展望は?

チャンスがあればまた活動に行きたいです。日本の医療現場での看護スキルの見直しも視野に入れています。ある程度金銭的に余裕が出てきたら、いつか公衆衛生も勉強したいと考えています。

MSFには英語の他にも複数の言語を話す外国人スタッフが大勢いるため、自身もそろそろ英語以外の言語を学ばなければと思っています。 

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

見逃し三振よりも空振り三振!興味のあることは挑戦してみると良いと思います。 

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2016年7月~2017年1月
  • 派遣国:シリア
  • プログラム地域:シリア北東部
  • ポジション:正看護師
  • 派遣期間:2015年12月~2016年6月
  • 派遣国:南スーダン
  • プログラム地域:アゴク
  • ポジション:正看護師

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