海外派遣スタッフ体験談

家族の形をも変えてしまった紛争。必要なケアが届かないジレンマも:宮家 佐知子

2018年09月04日

宮家 佐知子

職種
ヘルスプロモーター
活動地
南スーダン
活動期間
2018年3月~2018年6月

Q国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

過去の派遣経験がいずれも充実しており、今後もMSFの活動に継続的に参加していきたいと考えているからです。派遣が終了する頃に次の派遣のタイミングを考えるというのは今の自分にとって自然なことだと思っています。 

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

前回の派遣地であるバングラデシュからは、個人的な都合で予定より早い帰国となりました。そのため、次の派遣地が決まるまで、まずは自分の環境を整える時間に使いました。休息(メンタルおよび体調の回復)の時間と考え、のんびり過ごしました。

派遣場所や活動環境こそ異なりますが、2回目の南スーダンということで、既にある程度活動のイメージはできていました。技術面に関しては、公衆衛生・健康教育・質的調査法に関する文献を読み直したりしていました。 

Q過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

世界献血者デーにラジオ出演
世界献血者デーにラジオ出演
今回は、前任者の任期満了後、後任者が着任するまでのピンチヒッターとして派遣されました。しかし、それ以外にも、保健教育にかかる過去の活動情報の整理や他団体が担う一次医療施設の情報収集、6月14日の世界献血者デー(World Blood Donor Day)の開催、今後のヘルスプロモーション活動方針の提案などを現地で行うことになりました。過去の南スーダンでの派遣経験がなければ3ヵ月という短期間では遂行できなかったと思います。

過去の経験は、現地の政治的・社会/経済的背景を理解するのに役立ちました。また、これまでのMSF派遣経験や前職での政府開発援助業務経験から、多角的な視点をもって、今後のヘルスプロモーション活動の方針を提案することができたと思います。 
Q今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

ベンティウ国連文民保護区は北部ユニティ州に位置し、2011年の南スーダン共和国の独立からわずか2年後の2013年に勃発した内戦の影響により、2013年12月に設けられた文民保護区です。当時を知るスタッフの話によると、腰まで水があるような沼地に保護を求めて多数の国難避難民が押し寄せ、簡易な居住施設を造れるところに造るといった混乱状態だったそうです。劣悪な住環境は現在も変わりませんが、設置当初から比較すると区画整理が進み、マーケット・一次医療施設・給水施設・学校・教会、各地区の自治会等ができ、約12万人(2018年3月現在11万3310人)が住む一つの街を形成しています。

上空から見たベンティウ保護区
上空から見たベンティウ保護区
MSFは文民保護区の設置時から活動を開始しており、2018年5月現在でベッド数190床(隔離病棟30床含む)を有する、この地域で唯一の二次医療施設です。文民保護区の住民だけでなく、文民保護区外にある他のMSFプロジェクトや他団体から搬送された患者の受け入れも行っています。私の派遣時に提供していた医療サービスは、救急、外来、外科、産科、小児科、内科、結核、HIV患者に対する治療とカウンセリング、性暴力被害者に対する治療とカウンセリング、入院栄養治療プログラム(Inpatient Therapeutic Nutrition Center: ITFC)でした。この時期の患者数は1日あたり約200~300人です。主な症例はマラリア、急性下痢症、上下気道感染症です。狂犬病やE型肝炎も発生しましたが、大規模な感染拡大には至らず、患者数としては多くありませんでした。性暴力被害のケースは月10人程度でした。文民保護区内には他団体による一次医療施設がありますが、人材や医薬品の不足、サービスの質、長時間の待ち時間などの理由により、一次医療施設を利用せずに直接MSFの病院に来る人もいました。救急というよりは一般外来のような状況になってしまっており、医療スタッフの負担は大きいようでした。  

私が担当したヘルスプロモーション活動は、MSF病院内だけではなく、文民保護区内での活動も含まれます。病院内では、主に新規入院患者に対する病院施設のオリエンテーションや救急/一般外来待合室や各科入院病棟での健康教育を行いました。入院病棟では、特に入院患者に付き添っている家族や親族に対して、手洗い、入院患者の衣類の洗濯、食器の洗浄など院内感染予防の重要性について何度も説明を行いました。 

アウトリーチ・ワーカーたちと共に
アウトリーチ・ワーカーたちと共に
文民保護区内では、全戸訪問を通じて保健衛生に関する知識の普及、マラリア・下痢といった主な疾患や性暴力に関する健康教育などを実施しました。病気の住民を見つけた際には必要に応じて一次医療もしくはMSFの病院に搬送、治療中の患者に対するフォローアップ訪問などを行いました。また、コミュニティの現状を継続的に把握するという目的から、新たに文民保護区に移住してきた人数の把握や水・衛生施設の状況観察なども行っています。ヘルスプロモーションとは直接的に関係しませんが、介入対象社会の状況を把握するため文民保護区内外で発生した事件の把握や、住民のMSFに対する認知度・受容度を把握するためコミュニティ・リーダーとの定期的な会合に参加することも重要な活動でした。

これらの日常的な活動に加えて、これまでのヘルスプロモーション活動情報の整理や他団体が担っている一次医療施設の情報収集、世界献血者デーに献血ドナーについての認知向上を目的としたイベントの開催、今後の活動方針の提案文書作成といった業務も行いました。

ヘルスプロモーションチームは最も大きい部署で、私を含めて合計87人という大所帯でした。海外派遣スタッフのヘルスプロモーターマネージャー、その下に現地採用スタッフのスーパーバイザー2人、チームリーダー16人、文民保護区内で働くアウトリーチ・ワーカー61人と病院内で働くヘルスプロモーター7人という内訳です。大きいチームをまとめるのは大変でしたが、すでに何年もMSFで働いた経験のあるスタッフが多数いたため、日常業務を遂行するうえで特に大きな問題はありませんでした。ただ、どうしても指示待ち姿勢になってしまっているため、ある程度の業務は各レベルの責任者に委任し、できるだけ自立心を促すように心がけ、また私自身もスタッフの言葉にできるだけ耳を傾けるように配慮しました。

プロジェクトとしても規模が非常に大きく、現地スタッフが約500人、外国人スタッフが常時22人、加えて、欧州のオペレーション・センターや首都ジュバからの訪問者が常に数人いるような状態でした。チームの内訳は、フィールド・コーディネーター1人とアドミニストレーター1人、現地スタッフの人事担当者1人、ロジスティック・チームリーダー1人、調達担当1人、水・衛生担当者1人、病院コーディネーター1人、医師統括担当者1人、看護統括責任者1人、医薬品等統括責任者1人、医師3人、外科医1人、麻酔科医1人、手術室看護師1人、看護師3人、助産師2人、ヘルスプロモーター1人でした。非常に大きなチームのため、各部署を取りまとめることができる優秀な現地スタッフが必要なことは言うまでもありません。MSFは内戦前からこの地域で医療援助を続けてきたため、すでに10年以上の経験をもつスタッフたちがいます。そういった人材を取りまとめ役に配置して、外国人スタッフは彼ら彼女たちをサポートするといった体制が整っていたと思います。 
Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

定期的なものとしては、月~金曜の8時と16時30分に文民保護区で働くアウトリーチ・ワーカーたちとのミーティング、水曜14時には病院内で働くヘルスプロモーターとのミーティングを行い、活動の進捗状況や課題などを話し合いました。午前中はアウトリーチ・ワーカーたちに同行して現状把握をしたり、コミュニティの会合に参加したりと、文民保護区での活動に時間を割きました。病院内で働くヘルスプロモーターに対しては、午前中に文民保護区に行く前や午後に同行して病院内での活動状況把握に努めました。事務作業は空いた時間や夕方に行い、19時頃までには宿舎に戻るようにしていました。

短期間の派遣、さらに業務量が多かったこともあり、週末も仕事をしてしまうような日々でした。後半は自分の勤務態度を改め、少なくとも週末のどちらか1日は仕事をせず、洗濯やテントの掃除、読書、音楽鑑賞など、自分のための時間を作るようにしました。

週末になると、チームの誰かが料理を作ってふるまってくれたりBBQやパーティーを企画したりとイベントもいろいろあり、退屈することはなかったです。 

Q現地での住居環境について教えてください。

テントの住居内
テントの住居内
赴任前に、現地での住居環境はとてもベーシックと聞いていました。テント生活でほこりと暑さに悩まされましたが、食堂はエアコン付きコンテナで快適に過ごせ、蛇口をひねると水が出るシャワーがあり特に不便さは感じませんでした。2016年に初参加した時に比べると、住居環境及び食糧事情ともに格段に良かったです。インターネットは通信スピードが落ちるため動画の視聴は禁じられていましたが、それ以外は特に問題なく使えました。

敷地が限られているため人口密度が高く、なかなか一人になれる場所はありませんでした。しかし、みな配慮しあって、適度な距離をもって共同生活ができたと思います。 
Q活動中、印象に残っていることを教えてください。

地域唯一の二次医療病院であるMSFの病院が多くの命を救っていることは間違いありません。ただし当然ながら、多種多様な保健医療サービスを必要としている人たち全員に対して、MSFがすべてを提供できるわけではありません。一次医療機関との役割分担、限られた資源と人材、ロジスティック面の制約、MSFとしての長短期的戦略などさまざまな要素が絡み合って、プロジェクトとして取り組む内容が決まっています。しかし、実際にコミュニティで活動しているアウトリーチ・ワーカーたちは、MSFや文民保護区内の一次医療機関が提供できる範囲外の保健医療サービスを必要としているケースに出合うことがあります。具体的には、肢体不自由や高齢で寝たきりの住民といった、緊急の医療介入は必要ないものの長期にわたる在宅支援が必要な人たちです。もちろんこのようなケースは医療チームを統括する上司に報告し、サポートできることを検討しますが限界がありますし、また、文民保護区内やその近隣においてもこのような人びとを支援する団体はほとんどありません。資源の集中で多くの受益者を救っている一方で、その網から漏れてしまう人たちがいるという現実を痛感しました。

テントが密集するベンティウ保護区
テントが密集するベンティウ保護区
長期間の紛争は、家族の形を変えてしまいます。紛争前は自分たちの土地で作物を作り、家畜を飼うことにより、大家族でも生活が成り立っていました。しかし紛争により集落に住めなくなり、家・土地・家畜を失い、文民保護区の狭く劣悪な居住環境でその日の糧を得るのに精一杯の生活では、大家族で住むことは難しくなってしまったと現地スタッフが話していました。また、文民保護区内の学校は教育の質が低いため、多くのスタッフが子どもを隣国のケニアやウガンダ、スーダンの学校に通わせており、経済的な負担も大きいようでした。

ただし、生活環境や経済状況は厳しくとも、私たちと同じような日常生活がそこにはあります。子どもたちは想像力を駆使していろんな遊びを作り出して走り回り、若者はおしゃれや音楽、サッカーやスマートフォンに夢中のようでした。

あるスタッフが「今は家族ばらばらに住んでいるけれど、必ずまたみんな一緒に住む日がやってくる」と明言していました。その日ができるだけ早く来ることを願ってやみません。  
Q今後の展望は?

今後もMSFの活動に参加していきたいと考えています。比較的短い派遣が多かったため今回で5回目の活動になりましたが、参加するたびに改めてこの仕事が好きだと実感しています。

MSFの中でのキャリアパスという点では、このまま同じポジションを続けるのか、プロジェクト・マネジメントなどを行うポジションにステップアップしていくのかという質問を受けることがあります。まだ今のポジションでの仕事をやり切ったという思いには達していないことや、毎回新たな学びがあるので、今はヘルスプロモーションの分野で経験を積んでいくつもりです。また、その経験を若い人たちに伝える機会があれば、積極的に参加していきたいです。 

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

少しでも興味がある人は、ぜひ一度参加してみてくださいと伝えたいです。インターネットでいろんな情報が手に入る世の中ですが、実際に参加してみて、自分の目で見て、自分の肌で空気を感じてほしいと思います。想像と異なることがあるかもしれませんし、想像以上の出会いがあるかもしれません。MSFでの経験を自身のキャリアパスや長い人生でどう位置付けるかは、やはり経験してみないことには見えないと思います。

「語学がうまい人」=「コミュニケーションがうまい人」という図式は成立しません。むしろ、報告・連絡・相談ができる能力やポジションに関係なく誰にでも平等に接することができる能力といったもののほうがはるかに重要だと思います。多種多様な文化や考え方を受け入れ、チームワークを尊重して働く環境に興味がある方はぜひ参加してみてください。 

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2016年1月~2016年6月
  • 派遣国:南スーダン
  • プログラム地域:上ナイル州ワウ・シルク
  • ポジション:ヘルスプロモーター
  • 派遣期間:2016年7月8日~2017年1月8日
  • 派遣国:ナイジェリア
  • プログラム地域:ナイジャ州
  • ポジション:ヘルスプロモーター
  • 派遣期間:2017年4月~2017年10月
  • 派遣国:イラク
  • プログラム地域:バビル州ムサイブ県
  • ポジション:ヘルスプロモーター
  • 派遣期間:2017年12月~2018年1月
  • 派遣国:バングラデシュ
  • プログラム地域:ジャムトリ・キャンプ
  • ポジション:ヘルスプロモーター

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