海外派遣スタッフの声

初参加で、目標にした恩師と一緒に緊急援助へ:池田 知也

ポジション
外科医
派遣国
イエメン
活動地域
アデン
派遣期間
2015年4月~2015年6月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

高校3年生の時、文化祭にて、国境なき医師団(MSF)で活躍する外科医の講演を聞き、感銘を受けました。その後、医師を志し、いつか外科医としてMSFの活動に参加できるように、自分のキャリアプランのすべてを設計しました。医師としてはまだまだ若いですが、ここまでたどり着くのに、15年かかりました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

外科研修の後、整形外科9ヵ月、産婦人科6ヵ月、心臓血管外科3ヵ月に従事しました。手術だけに参加させてもらうのではなく、病棟・外来・オンコールとすべての診療に従事しました。

当然、専門外であり困ることも多々ありましたが、多くの方々の助けを得て貴重な経験を積むことができました。専門外の診療を日本で行うことは難しいことも多いですが、受け入れて下さった病院・各科のスタッフには感謝しております。

語学は正直、苦手ですが、Skype英会話にて話すことには少し慣れました。

今までどのような仕事をしてきましたか? また、どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

外科研修の後の、整形外科・産婦人科・心臓血管外科の経験は非常に役に立ちました。今は、日本にいる間は外科医として働いています。また、2013年に別団体を通じ、イラクにて戦傷外科の勉強をする機会を得られたことも大いに役立ちました。

仕事以外のことでは極端な話、人生経験のすべてが役に立つと思います。私の場合は、旅行、登山、各種スポーツといったところです。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

アデンの病院で開胸手術を行う筆者 アデンの病院で開胸手術を行う筆者

紛争の続くイエメン・アデンでの緊急外科プログラムに参加しました。主な業務は手術・術後管理です。海外派遣スタッフは、プログラム責任者1人、アドミニストレーター1人、ロジスティシャンが1~2人、医療コーディネーター1人、看護師長1人、手術室看護師 0~1人、麻酔科医 0~2人、整形外科医 0~1人、外科医 1人でした。緊急援助であったためメンバーの入れ替わりは激しく、多少の変動がありました。

このほか、現地の麻酔科医、整形外科医、外科医、病棟医、看護師でチームが構成されていました。症例はすべて戦闘に関連する外傷でした。前半は狙撃手に撃たれた銃創が多く見られましたが、戦闘が近くなるにつれ、爆発に巻き込まれた方の割合が多くなってきました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

アデンの病院は手術室の設備も整っている アデンの病院は手術室の設備も整っている

朝のミーティング後、集中治療室(ICU)の回診を行いました。その後は、手術担当と回診担当に分かれ業務を開始していました。また、臨時手術を受け入れたり、予定手術を終わるまで続けたりといった毎日でした。多いときには、予定手術だけで25件という日もありました。

夕方に翌日の手術予定のミーティングでしたが、臨時手術が入り行えないことも多かったです。そのほか、病棟の患者さんに関するミーティングや勉強会もありましたが、参加できないことも多かったです。

民族衣装を着て現地スタッフと 民族衣装を着て現地スタッフと

オンコールは、自分が当番のときは手術室看護師と手術を行い、この先も長く現状に対応していく現地の外科医が休息をとれるようにしていました。
また、時間があるときは、自分の専門外の領域に関する質問をメールで日本の友人に聞いたりしていました。助言してくださった方々には感謝しております。
セキュリティー上、外出は禁止されていました。唯一の楽しみは、ほかのメンバーとアイスクリームを食べることでした。

現地での住居環境についておしえてください。

冷房付きの個室が用意され快適でした。Wi-Fiも、途切れることも多かったですが使える環境が提供されていました。
食事は現地スタッフが用意してくれ、私個人としては日本にいるときより良い食生活でした。アップルパイが私の好物で、何度か作ってくれました。現地を離れる前にもう1度作ってくれないかとリクエストしましたが、リンゴが手に入らず、実現しませんでした。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

海外派遣スタッフのチームとともに 海外派遣スタッフのチームとともに

まさか!とは思いましたが、私がMSFを志すきっかけとなった、高校3年生の時の講演で、お話をして下さった外科医の先生とともにイエメンへ出発することになりました。イエメン国内の最終目的地に向かう直前、急きょ予定変更となり、同じ現場で一緒に働くことはありませんでしたが、移動中、いろいろな話をすることができました。

活動中に最も苦労したことは、現地の外科医と治療方針を共有することでした。医師としては私が若いことや、語学力の問題もありなかなか私の意見は聞いてもらえませんでした。今後の課題です。

今後の展望は?

日本で外科医としての技術・知識に磨きをかけつつ、次の派遣の機会を待ちたいと思います。国際医療と日本での医療の両立が私の目標です。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

MSFで活動するには、語学力や専門外もカバーしなければいけない診療の幅の広さは必要となってきますが、個人的には、自分の専門領域に関し、日本で一人前になることが最も大切だと思っています。かく言う私もまだまだですが、外科医としてひととおりのことはできるようになったとの自負があり応募にいたりました。