海外派遣スタッフの声

イエメンの紛争激化で、いち早く緊急援助へ参加:臼井 律郎

ポジション
外科医
派遣国
イエメン
活動地域
アムラン州ハメル
派遣期間
2015年4月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

以前より、機会があればいつでも参加するつもりでしたが、家庭の都合などで機会がありませんでした。緊急援助プログラム参加の連絡をもらい、日本事務局のフィールド人事部と相談してスケジュール調整が可能と分かった時点で出発を決定しました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

日本での勤務先の調整と、活動地に持参するもの(手術現場で履く長靴、チームのためのチーズやチョコレート、停電時用のランプ、筆記用具など)の購入をして準備しました。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

MSFがどの様に機能しているか、またセキュリティに関する基本事項を理解していたので、緊急派遣での刻々変わる状況の変化に大きな問題なく対応できました。過去のすべての派遣経験が役立ちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

紛争の激化を受け、MSFの医療物資15トンがサヌアに到着 紛争の激化を受け、MSFの医療物資15トンがサヌアに到着

サウジアラビア主導の連合軍によるイエメン空爆開始後に、外科プログラム強化のためイエメンに派遣された最初の外科医の1人として活動しました。通常の外科業務のほか、多数の負傷者が一度に来院する事態にも対応しながら、次の外科チーム到着までの3~4週を1人でカバーすることが任務でした。

空爆開始後に、最小限の海外派遣スタッフで活動を続けるため、産科医など5人の海外派遣スタッフが退避しており、到着時には私を含めて4人の海外派遣スタッフと、200~300人の現地スタッフでハメルにある現地保健省の病院を運営しました。症例は通常の外科・整形外科・産科(外傷、骨折、虫垂炎、帝王切開 など)のほか、銃創、爆弾による負傷などでした。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

午前8時に:病院スタッフのミーティング、その後、ICU(集中治療室)・外科病棟回診、手術、帰宅して昼食をとり、午後の手術。夜は、帰宅後にチーム・ミーティングを兼ねた夕食を取り、その後、臨時手術等の呼び出しがあれば、対応しました。

現地での住居環境についておしえてください。

平時は特に問題ないのだろうと思いますが、空爆後はほぼ24時間停電で、ガソリン供給もほぼストップしており、ジェネレーターを稼働する18~20時以外は電気・温水・インターネットが使えませんでした。過ごしやすい気候で、部屋は快適で虫も少なく、また、私の滞在中は食料の供給はまだあり、食事はおいしかったです。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

緊急派遣で派遣期間も短いため、現地の状況と果たすべき役割を素早く理解して、限られた期間中に効率よく貢献することを心掛けましたが、これは言うほどには易しいことではないと思います。

今後の展望は?

今回同様、経験豊富な外科医が緊急に必要な状況が発生し、スケジュール調整が可能であれば参加します。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

あれこれ考えずに、まず一度行ってみて下さい。行けばいろいろな事が分かります。

MSF派遣履歴

派遣期間
2006年7月~2006年8月
派遣国
チャド
活動地域
アドレ
ポジション
外科医
派遣期間
2004年12月~2005年1月
派遣国
スリランカ
活動地域
バティカロア
ポジション
外科医
派遣期間
2001年11月~2012年2月
派遣国
ブルンジ
活動地域
マカンバ
ポジション
外科医
派遣期間
1998年3月~1998年6月
派遣国
スリランカ
活動地域
バティカロア
ポジション
外科医
派遣期間
1996年5月~1996年6月
派遣国
スリランカ
活動地域
バブニヤ
ポジション
外科医