海外派遣スタッフの声

長く待った初回派遣で仕事の充実を実感:的場 紅実

ポジション
薬剤師
派遣国
マラウイ
活動地域
チラズル
派遣期間
2014年1月~2014年7月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

MSFを知ったのは、小学生の頃です。MSFの活動に感動した母が、「すごいお医者さんたちがいるよ」と、新聞記事を見せてくれたのが最初です。

自分が参加する可能性を意識したのは、薬剤師の友人が、MSFでの海外派遣経験を持っていることを知った時です。その後、5年間に3回応募し、そのたびに課題(途上国滞在歴、臨床経験などなど)を出されて登録は保留され、課題をクリア後の2013年にやっと薬剤師として登録できました。

今回マラウイでご一緒した75歳のイギリス人男性スタッフの言葉が印象的でした。彼は、25歳のときヒッチハイクでアフリカを縦断し、50歳でMSFに初参加したという強者です。

「もし仮に、初回の活動が自分に合わないと感じていても、2度目の活動へ行ってみるべきだ。ひとつとして同じ活動はないからね。行けば行くほど、もっと見たくなるしもっと知りたくなるよ」。

マラウイの活動はとても充実していましたが、MSFの活動の中では長期的なプログラムでした。次はぜひ緊急援助活動にも参加してみたい気持ちで、継続参加を希望しています。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

登録後から派遣までは、私の場合は長く(タイミングも悪かった?)かかり、10ヵ月ありました。うち6ヵ月は調剤薬局で派遣社員として働きました。熱帯感染症、薬剤一般の知識、臨床一般の復習、英語力の維持向上は意識しながら待機しました。

待っている最中は、先が見えず不安に陥ることも多くあり、MSF日本のスタッフや、海外派遣の経験者、友人、家族に支えてもらいました。何度か待機を諦めて、就職しようかと思いましたが、やっぱりアフリカで働いてみたいという思いが強く、10ヵ月待ちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

薬局チームとともに(筆者左から2番目) 薬局チームとともに(筆者左から2番目)

MSFは、1997年にマラウイの保健省とともにチラズル地区でHIV/エイズ対応のプログラムを開始しました。2001年には、マラウイ政府と協力して抗レトロウイルス薬(ARV)治療を開始し、2014年までに、チラズル地区の10ヵ所の診療所で3万人以上のHIV/エイズ患者に治療を提供するとともに、地区病院内にあるARV治療専門の診療所で治療を提供しています(2007年以降は、ARV薬はグローバルファンドから無償で提供されています)。

プログラムにおける海外派遣スタッフの数は、私の活動時期には平均15名程度、現地スタッフは約150人、対象患者はHIV陽性患者です。

私が派遣される数年前から、MSFは数年後にARV治療をマラウイ政府へ引き継ぎすることを目指し、長年をかけて築きあげたARV治療活動全般のノウハウを含めた人材育成・教育、組織・サービスの統合に取り組んでいました。

プログラムの流れの中での薬剤師としての私の仕事は、10ヵ所あるARV治療の診療所と地区病院内のARV治療診療所へARV薬を適正に配布する業務を、MSFからマラウイ政府へ引き継ぎすることと、業務引き継ぎ後のフォローアップ・モニタリング、MSFが運営する5つの臨床検査室への試薬確保、供給、MSF薬局のサービス縮小へ向けてのプランニングなどでした。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

朝7時半に業務開始で、私は同僚と徒歩で出勤していました。7時半から8時までは、オフィス全体が「fish market(まるで魚市場)」と言われる忙しさで、11ヵ所の診療所へ出発するチーム(看護師、VCT*カウンセラー、看護師など)に対応し薬剤・試薬を供給します。

  • VCT:Voluntary Councelling and Testingの略で、自発的に受けるカウンセリングとHIV検査。
薪を集め頭に乗せて運ぶマラウイの人びと 薪を集め頭に乗せて運ぶマラウイの人びと

チームを送り出した後、診療所への薬剤配達、診療所の薬局サポート、近くにあるチラズル病院での話し合いなどへ出掛けます。

昼食は住居へ戻ってとり、午後は診療所から帰ってくるチームに対応しながら業務をし、16時半で終業です。毎日のように予測できない事態が発生し(笑)、ゆっくり落ち着いて仕事ができるのは16時半以降か、週末でした。資料を読んだり、報告書を書いたりするのは、夜、自室で行います。

勤務外の時間は、できるだけ仲間と過ごしました。週末の夕食は仲間の誰かがボランティアで作って全員で食べる習慣になっており、台所は社交の場も兼ねていました。常に10人から15人の仲間が生活しており、スタッフの国籍も多種多様でした。

マラウイは治安の不安もほとんどなく、終業後は村内をジョギングしたり、週末は遠出をしたり、買い物に出かけたり、夜はテラスで遅くまで飲んだり話したり、ゲームをしたりしました。

また、アフリカの布をマーケットで購入し、自分たちで服やバッグを縫ったりもしました。サッカーのワールドカップの時期には、白いシーツをつるしてスクリーンにして、巨大画面でゲーム観戦をしました。仲間とは本当に仲がよく、仕事もしやすかったです。

現地での住居環境についておしえてください。

裏山から見た海外派遣スタッフの住居 裏山から見た海外派遣スタッフの住居

10年以上も続く安定したプログラムのため、住居環境もかなり恵まれていました。個室のほか、洗濯機、ソーラーパネルによる温水シャワー、インターネット、水洗トイレ(!)もあり、週末以外はマラウイ人の料理担当スタッフが昼夜の食事を作ってくれました。

また、敷地内でハーブや野菜を育てたり、(生ごみを減量したり堆肥に変える)コンポストを作ったり、バーベキューをしたり、ニワトリを飼ったり、思いついたことをいろいろ実験し、使えることは採用していました。

集団生活なので、ときに「なに~?!(怒)」と思うこともありましたが、これもお互い様で、折をみて改善策を提案したり、全員で大改造をしたりしました。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

薬剤師として、「薬剤は本当に不足しているのか」「どんな薬剤が必要とされているのか」を自分の目で見ることが課題のひとつでした。派遣後の感想は、「アフリカに薬剤が不足しているわけではない」ということです。

マラウイに関しては、国連児童基金(UNICEF)、ユニットエイド(UNITAID)、グローバルファンド、国連など多くの支援が入っていました。

少なくともマラウイでは、薬剤の不足という状況は過ぎ、適切な薬剤を必要な量だけ必要としている現場に届けるためのロジスティック・マネジメントの確立が課題だと感じました。

マラウイ人スタッフのみなさんの忍耐強さ、優しさには助けられました。勤続年数が長く、知識も経験も豊富なマラウイ人スタッフが、常に海外派遣スタッフを盛り立ててくれているからこそ、運営してこられたプログラムだと思います。一緒に働けて光栄でした。彼らに今後も道が開けることを祈ります。

チームとして働く、生活することの面白さ、大変さは実感しました。仕事に対しての考え方、やり方、生活に関しての常識、すべてが違う人びとと共存することで、目からうろこが落ちる思いをしたことが(良くも悪くも)たくさんあります。

また、海外で働くということは、ストレスが直接に身体に響く、ということも実感しました。。。(症状はそれぞれだと思います。)

今後の展望は?

次回派遣を希望します。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

MSFの活動は「仕事」です。個人ではできないことをチームで達成しようとするプロの人間の集団です。個人個人がプロであればあるほど、面白い仕事がさらに面白くなると思います。どんな経験も必ず身を助けると考えて、今できることを、がんばってください!