海外派遣スタッフの声

ネパール地震の被災地で初動チームとして医療援助:白川 優子

ポジション
手術室看護師
派遣国
ネパール
活動地域
バクタプル、アルガト
派遣期間
2015年4月~2015年5月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

国境なき医師団(MSF)に参加を始めた2010年以来、いつでも緊急を含めた派遣の要請に対応できる準備はしています。今回はネパールの地震発生当日に派遣の打診があり、引き受けました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

今回が8回目の活動という事もありますし、特別な準備は行っていませんでした。2014年の6月より国境なき医師団の日本事務局で仕事をしているので、活動の情報はいち早く入る立場にあり、勉強になっていました。ネパールの最新情報にも触れ、今回の派遣の準備にも役立ちました。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

2013年に史上最大級の台風がフィリピンを直撃し大きな被害が出ましたが、この翌年の2014年12月にもフィリピンで大型台風の被害があり、私はこのとき、MSFの外科チームの一員として被害調査のために現地入りをしました。自然災害に対する派遣はこの時が初めてでした。

幸いなことにどの地域も被害が最小で緊急の医療提供の必要がなく、1週間で調査を引き揚げました。このときの緊急援助での初動対応の経験が、今回の派遣に役に立ちました。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

ヘリで救援活動をするアウトリーチ・チーム ヘリで救援活動をするアウトリーチ・チーム

2015年4月25日に発生したネパール地震の強震によって、現地では建物の倒壊、雪崩、土砂災害などにより甚大な被害が発生し、多くの犠牲者が出ました。私はMSFの初動チームとして、被害状況の調査と被災者への医療や物資の提供のために現地入りしました。2週間という短期間の派遣でしたが、私の任務は手術室看護師として手術室の立ち上げを行い後任に引き継ぐことでした。

まず、数十人のチームがカトマンズにベースを置きました。すべてのことが同時に行われ、とにかく目まぐるしく動いていました。

チームは大きく非医療チームと医療チームに分けられ、そこからさらにいくつものチームに分かれて役割を担いました。ロジスティシャンを中心とする非医療チームはネパール政府やほかの機関からの情報の収集や情報交換、ヘリコプターを使って援助の行き届いていない孤立した場所の有無の調査、また空港から現地への大量の物資や薬剤の運搬手配などを行いました。

短期間で素早い調査の結果、私たちは、孤立した山岳の村アルガトで活動することが決まり、まったく何もない平地で、外科活動ができるテント病院の設立に取り掛かりました。

バクタプルの病院で最初に生まれた赤ちゃんと バクタプルの病院で最初に生まれた赤ちゃんと

医療チームは当初から3つに分かれました。「病院チーム」はアルガトでロジスティシャンたちと病院設立を行い、救急医と救急専門の看護師を含む「アウトリーチ・チーム」はロジスティシャンとともにヘリコプターで山岳地帯を周り被害調査と救急医療を行います。ここで診た患者さんは必要があればアルガトに運ばれてきていました。

そして私を含む「外科チーム」は、まずはカトマンズ近郊のバクタプル郡にある政府運営の病院の支援から始め、のちにアルガトに移りました。外科チームが初めからアルガトに向かわなかったのは、手術室の立ち上げに時間を要するからです。ロジスティシャンたちが一生懸命アルガトで病院を設立している間、外科チームはバクタプル病院で数日間援助を提供していました。

バクタプル病院では、現地の医師と看護師が不眠不休で活動をしており、特にその病院でたった1人ずつしかいない外科医と麻酔科医師に休んでもらうことができました。ここで私たちが診た症例のほとんどは震災の被害者で、家屋の崩壊時に負った際の非開放/開放骨折の治療、切断手術、2次災害の火事の際のやけどの処置などでした。また、緊急の帝王切開も数件入ってきました。

その後、外科チームもアルガトに移動しました。とても美しい山脈とともに、地滑りや崩壊した数々の家屋を見ながら、もはや道とは呼べないようなガタガタの山道を7時間かけてたどり着きました。

アルガトの病院、滅菌室で現地スタッフに指導 アルガトの病院、滅菌室で現地スタッフに指導

まずは手術室で使う物品・薬剤の整理と管理を薬剤師とともに行い、また手術室に必要な機材や機器の組み立てを医療機器エンジニアとともに行いました。私はさらに滅菌室の立ち上げを担い、あらゆる手術器具やドレープ・ガウンなどを滅菌し、手術の準備に備えました。

ボタン1つ押せばよいだけのオートクレーブ(高圧蒸気滅菌装置)とは違い、ここでは、バケツで水を汲むところから始まり、温度や圧の調整など一つひとつの操作を3時間の行程の間すべて手動で行います。今回のテント病院設立で多数の現地の住民を雇ったのですが、滅菌室にも3人配属されてきたので、彼らの指導・教育も行いました。

外科チームが手術室のオープンに向けて準備をしている間にも、アウトリーチ・チームは毎日ヘリコプターで各地を周って活動しており、必要があれば患者を移送、そしてすでにオープンしていた救急室で対応していました。助産師は被災者のテントが集まる地域に入り活動していました。

いよいよ手術室もオープンとなり、1人目の患者さんを受け入れて手術をした時にはすべてが機能していて、手術も無事に終了し、チーム一同みんなで喜び合いました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

手術台を組み立てる日本人の外科医 手術台を組み立てる日本人の外科医

バクタプル病院で活動していた数日間は、朝から病院に通って夕方には拠点に戻っていました。

アルガトに移動してからはとにかく時間との勝負でした。病院設立に向けての業務がたくさんあり、朝早くから夜遅くまで忙しい日々を過ごしました。ゼロの状態から手術室を作り上げるので、まずはものすごい数の物資や薬剤の段ボールを開けるところから始まり、在庫数をすべて数えて記録、それを管理する棚を作るために、また段ボールを開けて組み立てる、という繰り返しでした。

麻酔科医がドライバーを持ってモニターや麻酔器を組み立て、外科医がハンマーを持って手術台を組み立てるなど、医師たちも自ら準備業務をしていました。

私は手術室と滅菌室とを行ったり来たりして、また現地スタッフの指導にも追われました。毎回経験することではありますが、通訳を挟まないと言葉が通じず、医療の業務経験を持たないスタッフへの指導・教育はとても時間がかかり根気のいることでした。

ロジスティック・チームは一刻も早く病院を設立するためにシフトを作って24時間働いていましたが、医療チームは緊急対応以外、夜は休むようにしていました。

現地での住居環境についておしえてください。

今回はテント生活で、まずは自分たちで寝床のテントを設置するところから始めました。テントのみでマットレスなどがなく、持ってきた洋服を集めて敷いてクッションにするなど、みんな工夫をしていました。

トイレは悩みの種でした。水洗でない公衆トイレが近くにあったのですが、避難している被災者が殺到し、もはや使えるレベルではなくなっていましたので、草むらが私たちのトイレでした。トイレ建設はロジスティック・チームが行っていましたが、私が帰国した後に完成されたようです。

蚊とダニと毛虫がすごく多くて、予防はしていても軽く100ヵ所くらい体中を刺されました。みんな同じように刺されていましたが、あまり気にしていないようだったので私も頑張って我慢しました。

水は山からの湧水に恵まれそこから汲んでいました。シャワーはまったく浴びないで我慢するか、木の上に水の入ったポリタンクをのせて水を浴びていました。食事は現地で機能していた露店から調達しました。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

何もないところから、チーム一丸となって病院を立ち上げた 何もないところから、チーム一丸となって病院を立ち上げた

自然災害現場での医療施設の立ち上げと援助の提供を行ったのは、私のこれまでの8回の派遣経験のうち今回が初めてでした。災害という緊急事態の中で素早い調査を経て的確な場所に活動拠点を決定し、文字通り何もない場所からの病院の設立を行うという一連の流れを見ることができ、ロジスティック・チームの活躍ぶりには感銘を受けました。

そして自分も、医療面からその過程に関われたことはまったくの新しい経験でした。みんなの協力によってオープンさせた手術室で1人目の患者さんを受け入れた時に、手術が滞りなく順調に行われた事にとても感激し、自信を持って後任の看護師に引き渡せました。

今後の展望は?

9月までは引き続きMSFの日本事務局での仕事を担います。その後も、通常の派遣要請に加え、今回のような緊急の派遣に対応できる姿勢を常に保っていこうと思います。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

MSFの現場では、人道援助、緊急医療援助を待っている人びとがたくさんいます。日本という恵まれた国で培った、豊富で高いレベルの知識と技術を、それを最も必要としている人びとに一緒に届けましょう。

現場に出るには自分の能力に対する自信、柔軟性や適応力、そしてコミュニケーション能力など多様な能力が求められます。まずは自分のプロフェッショナルとしての経験を十分に積むことを優先して、準備を進めていけば良いと思います。

MSF派遣履歴

派遣期間
2014年12月~2014年12月
派遣国
フィリピン
活動地域
レイテ島
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2014年2月~2014年4月
派遣国
南スーダン
活動地域
マラカル
ポジション
看護師
派遣期間
2013年6月~2013年9月
派遣国
シリア
活動地域
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2012年9月~2012年12月
派遣国
シリア
活動地域
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2012年6月~2012年8月
派遣国
イエメン
活動地域
アデン
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2011年7月~2012年1月
派遣国
パキスタン
活動地域
ペシャワール
ポジション
手術室看護師
派遣期間
2010年8月~2011年4月
派遣国
スリランカ
活動地域
ポイント・ペドロ
ポジション
手術室看護師