海外派遣スタッフの声

ヘリで山間の村々へ!ネパール大地震の緊急援助:畑井 智行

ポジション
正看護師
派遣国
ネパール
活動地域
カトマンズ
派遣期間
2015年5月~2015年6月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

2度の地震で大きく崩れた建物 2度の地震で大きく崩れた建物

南スーダンでの活動に参加中、終盤にネパール大地震が起こりました。災害救援活動は、自分が最も関心を持っている分野なので、南スーダンの活動終了後、すぐに自分から参加を申し出ました。南スーダンの活動報告のため一度帰国し、準備を自宅で2日行い、すぐにネパールへ出発となりました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

活動しやすい服装、非常食、雨具、ヘッドライトなどを準備しました。前回派遣となった南スーダンは灼熱(しゃくねつ)の環境でしたが、今回のネパールは山岳地のため防寒具を準備しました。ただ、予想以上に日中は暑く、使用する頻度は低かったです。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

ボランティア・バックパッカーとしてさまざまなNGOで働いた経験、そのひとつとしてネパールとインドで働いた経験、インド・グジャラート州での震災救援活動の経験、DMAT(Disaster Medical Assistant Team:日本の災害派遣医療チーム)の研修と東日本大震災時の活動経験は、特に被災地での活動において自信につながりました。

日本での看護師としての経験に加え、MSFの緊急援助プログラムで看護師として働いたさまざまな経験は、今回、ヘリコプターでの患者搬送や訪問診療という特殊な状況に対応するうえで役に立ちました。

また、MSFでの薬局管理の経験では、看護師として緊急時の対応をしながら医薬品の在庫を管理・把握することで、緊急時にスムーズな準備や医薬品配給ができました。これはプログラムの円滑な運営を左右するため、とても役に立ったと思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

ヘリコプターで医療救援物資を山岳地帯の村へ届ける ヘリコプターで医療救援物資を
山岳地帯の村へ届ける

ネパールでのMSFの活動は、2度の大地震とその余震で被害を受けた地域の中でも特に、土砂崩れなどで交通が遮断され、ほかのNGOが援助できず、孤立して最も支援を必要とする地域が対象でした。

ヘリコプター以外のアクセス手段はなく、テント、プラスチック・シート、食糧、生活必需品、医薬品を届けるほか、訪問診療や重症患者の搬送もヘリコプターで行いました。

私はこの中で、薬局管理をし、在庫の整理と、対象の村それぞれのニーズに合わせた医薬品配給セットを作り、届けていました。また看護師としても、訪問診療の際に患者がいる場合は、ヘリコプターの滞在時間内でトリアージ(※)し、患者搬送、処置を行いました。

  • 重症度、緊急度などによって治療の優先順位を決めること
治療の必要な患者をヘリで搬送する 治療の必要な患者をヘリで搬送する

活動期間の後半は、幸い医療ニーズが減ってきましたが、雨期が始まったため、2次災害への備えと、震災で潰れた地域の中核病院の再建準備を看護師と薬局管理の両面で行いました。

海外派遣スタッフは、医療スタッフ10人程、非医療スタッフを含めると全員で30人程でした。後半は状況が落ち着いてきたため、医療スタッフ2人を含む8人体制でした。現地スタッフは、通訳、ヘリの管理者、医療スタッフ、経理、現地調達班など20人弱でした。

MSFは、私が参加したチームのほか、4チームが活動していましたが、状況を見てスタッフ数を減らし、後半は2チームでの活動となりました。

患者は、地震の負傷者が多数を占めました。すぐに治療できれば良いのですが、なかには救援物資を運んだ際にたまたま、2週間以上動けないままの患者がいることが分かったケースもありました。ほかには、帝王切開、(環境変化による)消化器疾患や、結核の治療継続を余儀なくされていた方もいました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

カトマンズの倉庫をMSFの薬剤倉庫に カトマンズの倉庫をMSFの薬剤倉庫に

薬剤管理の業務がある日は、朝6時に起床し、チームやヨーロッパの運営事務局とメールで情報交換をしました。朝食後にミーティング、または薬剤管理倉庫での業務を開始します。

地震後、薬剤管理用に崩れていない大きな倉庫を探すのは困難で、首都・カトマンズから片道徒歩40分のところにやっと見つけました。夕方まで、余震のたびに何度も避難しながら在庫管理、棚卸し、国際救援物資の受け取りと、現場へ運ぶための箱詰めを行いました。

昼食は滞在先のホテルで弁当を作ってもらったり、近所の食堂で現地スタッフと蒸しギョーザを食べたりしました。

夜7時~8時頃ホテルへ戻って夕食をとり、その後はミーティングやメールで運営事務局とのやりとりをしたり、翌日の準備をしたりました。就寝は11時から2時くらいでした。

時には、物資供給チームとともにカトマンズで現地購入できるものを一緒に買い回る時間や、カトマンズの病院で不足している医療物資を供給する時もありました。

ヘリで救援活動に出発する筆者 ヘリで救援活動に出発する筆者

現場へ行く日は、空が明るむ4時頃に起き、ミルクティーを飲みながらメールのチェックや準備をし、5時にはホテルを出て空港へ。6時頃にはヘリコプターで現場へ到着します。山岳地帯の村々をヘリコプターで飛び回り、拠点の町で準備や病院搬送をしました。

日没前にカトマンズにヘリコプターで戻る時もあれば、現地に滞在し、現地の医療準備やログ・チームの準備の手伝いをすることもありました。また時には、午前中は倉庫で医薬品を準備し、昼に村々を飛んで薬を配ってまわり、夕方戻るという日もありました。

時間が勝負の短期緊急活動なので、前半は、休みはありませんでした。後半に1日休みをもらい、午前中は睡眠にあて、午後はカトマンズの街を散策しました。
忙しい毎日でも、MSFのほかのチームやほかのNGO団体で以前から交流のある仲間と食事をして、気分転換をしていました。

現地での住居環境についておしえてください。

カトマンズでは充実した食事も カトマンズでは充実した食事も

首都のカトマンズでは、余震が起きても比較的安全なホテルに滞在しました。ホテルと薬局、また現場への往復の毎日でしたので、現地の人びとが休日に遊びに来るプールやジムを利用する時間はありませんでしたが、郊外なので静かな環境で休め、食事や洗濯物も安心して任せられたため、仕事に集中できたことはとてもありがたかったです。

カトマンズでは地震直後から充実した現地の食事がとれていました。水・電気・インターネットもすべて問題なく使えました。

山岳地帯の現場では、食事はネパール料理のダルバート(ご飯と豆)かインスタント・ラーメンの毎日でした。住居は地元の借家かテント生活で、洗濯物はカトマンズに交代で持って帰っていました。水はありますが、シャワーは冷たく、トイレは汲み取り式、停電も多く、自家発電でした。インターネットは不安定でしたが使用できました。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

活動中、ヘリコプターの事故があり、以前エチオピアの活動でともに活動した仲間と、ネパールの現地スタッフ2人を失いました。2日前に一緒に食事をし、前日は自分もそのヘリコプターに乗ったので、数日間、この出来事は信じられませんでした。

共に活動していた仲間が悲しみを共有してくれ、また、現地で助けを必要としている人びとの存在のおかげで乗り越えられました。

活動中、日本の報道関係者から取材を受けました。患者への治療を行いながら、患者に片言のネパール語で話しかけ、現地研修医や同僚に英語で指示をし、カメラの質問に日本語で答えるのは、かなり困難でしたが、プレッシャーの中の広報活動としてよい経験になったと思います。

今後の展望は?

被災地の中核病院の再建を行うプログラムに参加するため、ネパールへ戻ります。現在は公立の病院がテントで診療を行っていますが、雨期に入り、すでに水浸しの中での活動を余儀なくされています。

地震に耐えた丈夫な建設中の病院の建物に、電気や水道を引き、医療物資を搬送するのと、自分たちの住宅環境を整備するのに少し時間が必要なので、いったん帰国し、2週間ほど休養・準備にあてます。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

過去の記事にも書いていますが、まずはチャレンジしてみることをお勧めします。壁にぶつかって、試行錯誤の繰り返しで、楽なことはあまりありませんが、できることが少しずつ増えていき、やりがいと充実感も最後についてきます。

MSF派遣履歴

派遣期間
2015年3月~2015年5月
派遣国
南スーダン
活動地域
マラカル
ポジション
看護師兼薬剤マネジャー
派遣期間
2014年12月~2015年2月
派遣国
リベリア
活動地域
モンロビア
ポジション
看護師
派遣期間
2014年3月~2014年9月
派遣国
エチオピア
活動地域
ガンベラ州
ポジション
看護師
派遣期間
2013年8月~2014年2月
派遣国
南スーダン
活動地域
アウェイル
ポジション
看護師