海外派遣スタッフの声

健康教育を通じて妊産婦を守る: 上西 里菜子

ポジション
ヘルスプロモーター
派遣国
パキスタン
活動地域
カラチ、ティムルガラ
派遣期間
2012年11月~2013年8月

なぜ国境なき医師団(MSF)の海外派遣に参加したのですか?

幼少の頃から途上国の子どものために働くことのできる仕事につきたいと思っていました。卒業後、日本の児童福祉・医療の現場に入りましたが、いつか海外の子どものために働きたいという気持ちは心のどこかに持ち続けていました。

2008年に仕事を辞め長期の海外一人旅に行った際、民泊をして実際の人々の生活に触れたり、ボランティア活動をしてみたりしたことで、気持ちが再燃し、その後のことを考えるきっかけになりました。

MSFのことはあまり知りませんでしたが、アフリカを旅しているときにMSFでロジスティシャンとして働く方と知り合う機会があり、MSFに関するさまざまな話を聞くことができたのが、深く知るきっかけになりました。

自分が何を「やりたいか」「やれるのか」「やるべきなのか」を考えたときに、人の健康や命に関わる仕事に携わりたいと思い、MSFに応募することを決心しました。

今までどのような仕事をしていたのですか?どのような経験が海外派遣で活かせましたか?

卒業後は県の福祉専門職員として、児童精神科病院で4年、児童相談所で1年勤務しました。パラメディカルの立場で、子どもたちの治療や処遇決定に関わる仕事でした。さまざまな境遇にある人の立場を理解し、それをどう支援していくかということを考える姿勢を身につけられたのが一番の経験でした。教材を発案しそれを使って子どもたちの療育活動を行ったこと、多職種チームで働いたこと、行事の企画や運営などをしたことなどもその後役に立つ経験になりました。

2008年に退職し、1年の途中帰国をはさんで計3年間、アジア、ヨーロッパ、アフリカを1人で旅をして回りました。多くの人に出会い、その土地の人びとの生活を知ることが目的の旅でしたが、これは異文化理解、多国籍チームでの仕事、環境の変化に対する柔軟性、といった意味で、MSFで働く上でいかされています。

1年の途中帰国の際には、予備校の講師として働きました。教えることも良い経験でしたが、学生スタッフの指導や研修の企画を行った経験が役に立っています。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?どのような業務をしていたのですか?

カラチの病院で健康教育を行うスタッフ カラチの病院で健康教育を行うスタッフ

複数のプログラムで働くIEC(健康教育担当者)として、ティムルガラとカラチの2ヵ所で健康教育、健康に関する調査にかかわる仕事をしました。

パキスタンは、妊産婦の疾病罹患率や死亡率の高さ、衛生問題とそれに伴う病気の流行などを慢性的な問題として抱えています。それはへき地における病院不足やインフラの未整備が原因ということもありますが、健康に関する知識が国内全域にわたって欠けているという大きな問題があります。日本であれば、多くの人が持っていると思われる習慣(衛生の保持、産前産後ケアなど)がほとんど実践されておらず、そのために多くの人が病気にかかったり、命を落としたりしています。

ティムルガラでは、MSFはパキスタン保健省の大きな病院の支援をしています。そこでのMSFの役割は多岐にわたりますが、救急、産科、はしかなどの流行病への対応が活動の大部分を占めています。IECは、妊産婦やその家族に対する健康教育、衛生に関する指導、疾病に関する情報(主に感染に関する知識とその予防策)を、ポスターやリーフレットなど、さまざまな視覚的ツールを用いて提供します。また、患者から地域の健康に関する情報などを集めることも大きな役割の1つで、そうして集めた情報をもとに、医療チームに新たな提案を行うこともあります。

カラチのプログラムはまだ新しく、スラムの中で1次医療を提供しています。ここでは、IECは病院内で健康教育を行う以外に、病院外で、地域のニーズを把握したり地域の健康に関する情報収集をしたりするために、調査も行います。新しいプログラムということで、提供する医療サービスと地域のニーズのマッチングを行うために大きな役割を担っています。

私自身はそうした活動の計画立案、調整、分析、報告、指導などをする立場で、患者や地域の人びととの実際のやりとりはチームのメンバーの役割でした。

週末や休暇はどのように過ごしましたか?

業務量が多かったため、土曜日は事務所か家で仕事をしていました。日曜日は極力、仕事をしないようにしました。

ティムルガラでは治安上、外出は禁止で、週末も家の敷地内で過ごしました。仲間とおしゃべりをしたり、DVDを観たり、料理をしたりして、退屈と思うことはありませんでした。

カラチでは外出は許可されていましたが、こちらも治安上、行ける範囲が限られているため、必要なものの買い出しや、たまにコーヒーを飲みに行く以外、あまり外出はしませんでした。ティムルガラ同様、日曜日は必ず料理をしました。平日は帰宅時間が皆バラバラで、仲間と一緒に食事をすることができないので、日曜日に全員で食事をするのが楽しみでした。

3ヵ月に一度休暇があり、2度とも日本に帰国しました。

現地での住居環境についておしえてください。

パキスタンの活動は、一軒家を借りきって、ほかの外国人スタッフと共同生活です。基本的には1人に1部屋が与えられています。治安上、外出の制限が多いため、住環境は非常に快適です。

良かったこと・辛かったこと

良かったことは、現地スタッフ、外国人スタッフ両方を含めて、同僚と良好な関係で仕事ができたことです。和やかな空気を保ちつつ、真剣に意見を交換し合いながら、同じ目標のもとに活動をよりよいものにしていくことができました。パキスタンは現地スタッフの仕事レベルも高いので、助けられることも多々ありました。

辛かったことは、小さいものばかりでしたがたくさんありました。どれも仕事に関わることです。パキスタンに限らないことでしょうが、日本のペースで仕事をしようと思ってもうまくはいきません。それに慣れるまでは、微調整の連続でした。私だけでなく、そうした順応性やストレスへの対応能力は誰にも求められるものであったように思いました。

派遣期間を終えて帰国後は?

自宅でゆっくりしています。帰国して1ヵ月がたとうとしているので、そろそろ次のことを考えて、自宅学習を始めようと思っています。MSFのワークショップに参加して、人材管理についても学び、また次の派遣先に行く予定です。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

語学力とは別に、コミュニケーション能力は必須のものだと思いました。国によって「コモンセンス(常識)」は違うものですが、その場、文化に応じたコモンセンスをいち早く察知して自分のコミュニケーションのスタイルに取り入れることが必要です。外国では、日本人の遠慮深さや他者へのいたわりは、自分が思っているように理解されたり、感謝されたりするとは限りません。個人的には、日本人は少し図々しいぐらいに自分の意見を表明するほうが良いように思いますが、それは単に我を通すということではありません。相手(現地スタッフ・外国人スタッフ両方)の文化や考え方を尊重しつつ、どこで折り合いをつけて自分を順応させるかは、特に長期の海外派遣の場合は必要になってくると思います。

仕事に関しては、独立して働く能力が必ず求められます。自分の仕事を監督・管理してくれる立場の人はいますが、ほとんどの時間は自分自身がチームを率いていかなければなりません。自分の職種に応じて、準備できることはできる限りしておくべきです。それでも、現地で学ばなければならないこともたくさんあります。

いずれのポイントも、興味本位や好奇心だけで乗り越えられるものではありません。逆に言うと、心からMSFに賛同し熱意があって参加を希望する人なら乗り越えられる壁です。がんばりましょう。