海外派遣スタッフの声

ひとりひとりの患者さんの健康と向き合う:上西 里菜子

ポジション
ヘルスプロモーター
派遣国
南スーダン
活動地域
マバン
派遣期間
2013年10月~2014年6月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

MSFが世界各地で提供する医療活動に賛同しています。初回派遣ではパキスタンに行きましたが、まったく違う場所で新たな経験をしたいと思い、引き続きの参加を決めました。

パキスタンでの派遣が終わってすぐに、南スーダンへの派遣の話があり、自分が思っていた「まったく違う場所」という希望にかなう場所であったので、派遣の要請を承諾しました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか? どのような準備をしましたか?

3ヵ月間、日本で家族や友人と過ごしました。前回の派遣は9ヵ月間だったので、まずは疲れをしっかり取り、英気を養うことが必要だと思いました。

その間に、人材マネジメントの研修を受けました。南スーダンでは50人のチームを率いるという説明を受けていたので、自分にとって必要なものだと思ったからです。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

情報発信、情報収集、調査を通じて患者さんや地域の人たちとコミュニケーションをとり、MSFの提供する医療活動を支えることがIECという職種の仕事です。

よって、プログラムの内容だけでなく、その土地の文化や生活様式が変われば、おのずと仕事の内容やその方法が変わってきます。

そのため、前回の派遣から、「直接」今回の活動に活かせるということはあまりありませんでしたが、私自身のMSFや医療への理解が深まったことにより、より柔軟に仕事をすることができたと思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプログラムですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

スタッフ研修の様子 スタッフ研修の様子

南スーダンの北東部にある上ナイル州のマバンという場所で、スーダンから内戦を逃れてやってきた難民の人びとへの1次医療(一般外来、入院病棟、栄養失調プログラム、産科病棟、心理ケア)を提供するプログラムでした。

主な症例は季節によっても違いますが、下痢、マラリア、肺炎などの気道炎、E型肝炎、栄養失調などです。

現地の難民キャンプの中ではMSFが唯一の医療提供者で、中心となる1次医療センターと3つの診療所を合わせて、月におよそ1万件の外来診察を行っています。産科病棟や入院病棟もいつも満床状態に近く、栄養失調プログラムにも常時かなりの患者さんがおり、非常に忙しい現場です。

その中で私がしていた業務は、健康に関する啓発・教育と難民キャンプにおける病気の発生や健康に関わるモニタリングと調査でした。啓発・教育は大切な業務でしたが、キャンプ内での健康に関するモニタリングも、国連やほかのNGOとの情報共有やロビー活動のために非常に重要な業務でした。

MSFの医療施設内と難民キャンプ(医療施設外)両方での活動で、4万8000人もの難民全員が援助の対象であったので、私のチームには50人のスタッフがいました。日々の業務としては、医療施設内で健康教育のセッションを行うほか、施設外ではスタッフが1軒1軒のシェルターを訪問し、子どもの栄養失調スクリーニングや健康に関する聞き取りなどを行っています。

私は、そういった活動を統括し、活動の準備を行ったり、キャンプ内での栄養失調状態やどんな病気がどこの地域で流行しているのか、またその原因などの報告を行ったりする業務を行っていました。また、コミュニティーのリーダーたちとも定期的にミーティングを持って、情報の共有を行ったりもしました。スタッフのトレーニングも月に2度行いました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

大体は、朝8時から夕方5時までは、医療施設か難民キャンプで過ごし、事務所兼住居に帰ってきてから報告書などの作成を行いました。よって、仕事が終わるのは夜の7時か8時であることが多かったです。

一応、土曜日の午後と日曜日は休みということになっていましたが、1日完全に休んだ日はほとんどなかったように思います。非常に忙しい毎日でしたが、充実していました。忙しいときは、職種を越えてみんなで助け合いました。

日曜日は大体、毎週誰かが料理をしたりして、私もそういった活動に参加して楽しみました。私はカレーや巻きずしを作り、みんなに喜ばれました。毎日ウォーキングやジョギングをしている人もいました。

現地での住居環境についておしえてください。

住居はトゥクルかテント。住み心地は良好 住居はトゥクルかテント。住み心地は良好

ひとりにひとつのトゥクル(アフリカ式小屋)かテントが与えられました。私はテントで7ヵ月間寝泊りしました。トゥクルは、昼間は比較的涼しいので(ただし、夜は暑い)、シフトで働く医師や看護師たちが好んでいました。テントは、昼間は非常に暑くて中にいることはほぼ不可能ですが、夜は涼しいので私のように日勤のみで働く者にとっては、問題ありませんでした。

非常にベーシックな住居環境でしたが、与えられた環境の中で工夫がされており、住み心地は良かったです。日本人として、どんなに暑いところでも熱いシャワーが恋しいところでしたが、すぐに慣れました。

気候柄、蛇やサソリがたくさんいました。それだけはなかなか対策が難しく、夜は懐中電灯や、いざというときに駆除するための棒を持って歩くなどの解決策しかありませんでした。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

栄養失調スクリーニング 栄養失調スクリーニング

2013年12月に南スーダンで内戦危機が起こり、国内全体でより援助の必要な状況となりました。しかしながら、スタッフの安全といざという時の避難に備えて、外国人スタッフのチームは縮小され、忙しいプログラムがより忙しいものとなりました。

マバンはそうした内戦危機の第一線ではありませんでしたが、チームが縮小されたことで、ひとりひとりの業務量が増え、疲れがたまってくるのは目に見えて明らかでした。しかし、職種を越えて皆で助け合い、結果的にはチームの結束も更に強まったように感じました。

悲惨だったのは、難民の人びとでした。難民の人びとは国連の関連機関によって配給される食糧に頼っているのですが、治安が悪くなったことにより、道路が封鎖され、また飛行機によって運べる食糧の量も非常に限られていたので、配給される食糧が激減したのです。

栄養失調プログラムに次々と新たな患者さんが増えていくのを見るのが、非常につらかったです。栄養失調プログラムの内容を変更して対応しましたが、それでも限界を感じることが多かったです。

しかし、困難な状況の中、患者さんたちが回復していく姿を見て、やる気を奮い立たせました。「医療」というカテゴリーの中でできることは時に限られており、対症療法にしかすぎないこともありますが、そういう中でもひとりひとりの患者さんの命や健康と向き合っていくことが大切なのだと実感しました。

今後の展望は?

また違った文化的背景や違う活動内容のプログラムに行きたいと思っています。自分が今回の派遣で得た経験は大切ですが、それを引きずりすぎないように、日本ではなるべくリフレッシュを心がけています。

大げさに言うと、今回のプログラムのことは「忘れる」ぐらいの気持ちで初心に帰って次のプログラムへ行きたいと思っています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

現場では「即戦力=独立して働く能力」が求められています。十分準備して派遣に備えてください。

また、自分の経験のために、というだけでは体力的にも精神的にも太刀打ちできない状況もあります。がんばりましょう。

MSF派遣履歴

派遣期間
2012年11月~2013年8月
派遣国
パキスタン
プログラム地域
カラチ、ティムルガラ
ポジション
ヘルスプロモーター