特集

医療機器の開発ストーリー

ものづくりで途上国の赤ちゃんを救う──開発の決め手は「人間中心デザイン」

2022.09.16

イノベーションは国際援助の分野でも確実に起きている──。国境なき医師団(MSF)の日本事務局は、活動現場の課題を革新的な方法で解決するサポートを行ってきた。いま取り組むのは、長年見過ごされてきた新生児低体温症の問題だ。

途上国の赤ちゃんを低体温症から守るため、事業パートナーとタッグを組み、新たな医療機器の開発に挑戦するプロジェクトを追った。

間違っているのは製品 ユーザーじゃない

「技術発明をもとにハイテク製品をつくっても、操作が難しくて使われなかったとしたら? 医療機器の場合、“使い方が間違っている”という言い訳は通用しません」

そう話すのは、途上国向けの医療機器を手がける米国の非営利組織「デザイン・ザット・マターズ」(Design that Matters、以下DtM)のCEOティモシー・プレステロ。同団体は、プレステロがマサチューセッツ工科大学でロボット工学を研究していた学生時代に立ち上げた。エンジニアだった彼がデザイナーに転じたのは、技術ありきの製品開発に疑問を感じたからだった。

ティモシー・プレステロ

私たちのモットーは「ユーザーの問題ではない。製品がダメなのだ」(There are no 'dumb users', only dumb products)。
デザインの仕事はユーザー視点から始まるので、実際に役立つものづくりができます。

途上国にある医療機器の大半は、先進国が寄付したもの。だが統計によると、その9割以上が5年以内に廃棄されている。精密な医療機器は整備できなかったり、訓練なしでは使用法が分からず、そもそも使われなかったりするからだ。部品がない、技術者もいない、高温多湿の環境で電源も安定しない──状況や条件が異なる途上国で、先進国でつくられた製品が「病院の片隅にゴミの山となって葬られる」のをプレステロも目にしてきた。

DtMとMSFは2018年より、新生児を低体温症から守る温熱機器の開発を進めている。低体温症は、途上国での新生児死亡の約4割に関係しているといわれる。アフリカのように暑い地域でも、毎年多くの新生児が寒さで亡くなっているのだ。温かい体内から生まれたばかりの赤ちゃんは、体温調節機能が未熟で、わずかな気温変化にも影響され低体温に陥りやすい。そのため先進国では、保育器を用いて新生児の体温管理を行っている。

数時間前に生まれたばかりの赤ちゃんとその母親<br> =2022年5月ナイジェリアのMSF助産院 © MSF
数時間前に生まれたばかりの赤ちゃんとその母親
=2022年5月ナイジェリアのMSF助産院 © MSF
「つまり技術的に課題があるわけではなく、欧米や日本の方法をいかに低資源の環境に適応させるか。デザイン(設計の仕方)で解決できる問題なのです」

低資源環境における問題の解決には、“人間中心設計”のプロセスがしばしば用いられる。このデザイン手法では、全ての関係者にニーズや課題、使用条件・環境などを聞きながら、開発プロセスを回していく。MSF日本のイノベーション・プロジェクトも同様に、患者や現地のニーズを中心に据えて課題解決に取り組んできた。

一方、DtMにとって「最もニーズの高い地域は、到達するのも困難な場所。自分たちだけで行くことはできません」とプレステロ。世界の最も困窮する人びとがいる地域で医療活動を行うMSFとパートナーシップを組めば、「新生児ケアにまつわる専門知識を学び、活動現場のニーズに合わせた適応方法を考えることができます」。

ニーズの見極め「学ぶためにつくる」

開発のプロセスは「つくるために学ぶ(Learn to Build)」段階から始まった。2020年2月、まずバングラデシュのMSF活動地で、観察とヒアリングによる現地調査を行った。コロナ下には、オンラインでMSFスタッフとワークショップを重ね、課題やニーズを絞り込んでいった。

総勢50人近くのMSFスタッフや、医療施設、業界関係者などへの聞き取りから、途上国で用いる新生児用の温熱機器には、4つの特性が欠かせないことが浮かび上がった。それは「持ち運べる」「使いやすい」「掃除しやすい」「安価である」こと。これらに加え、「耐久性も必要ですし、使用やメンテナンスの訓練が最小限で済むものでなければならない」とプレステロは言う。

それまでの調査データを分析した後は、次の「学ぶためにつくる(Build to Learn)」段階に入る。全ての条件を満たしたプロトタイプを制作し、現場でテストを行ってさらなる改良を試みるのだ。プロトタイプの組み立ては、大学の医用工学部を卒業後、DtMに参加したデザインエンジニアのセイジ・スーニエ(24歳)が担当した。

セイジ・スーニエ

CADソフトでデザインし、その出来具合を確認するために何度も3Dプリントを繰り返しました。デザインに納得できたら表面処理を施します。電子工作の面では、Arduino(マイコンボード)でコードを書きました。どの技術もそれほど複雑ではなく、全行程にかかったのは2カ月ほどでした。

「20年前の医療機器開発なら、10人以上のチームと何十万ドルもの機材、そして長い期間をかけていたでしょう。でもこのプロトタイプは私たちの工房で、彼女が1人で完成させたものです」とプレステロは言う。

※新生児用温熱器プロトタイプ(写真)
DtMによる新生児用温熱機器のプロトタイプ。他社製品との比較も行い、底部との接触で温める伝導式の温熱が最も要件に合っていた。ポリカーボネート製のかご型で持ち運べ、感染予防で重要となる清潔さも保ちやすい。ボタンの数が少なく直感的に操作できる。


現場でのプロトタイプテスト

こうして出来上がったプロトタイプを携え、2022年5月、DtMとMSF日本のチームはナイジェリアへ向かった。アフリカの環境にプロトタイプが見合っているかテストするためだ。

ナイジェリアの人口は2億1千万人(出所:Worldometers)とアフリカで最も多く、増加率も高い。MSFは、北部にある第2の都市カノで助産院を運営し、月平均200人の出産を介助している。市内には搬送先である大型の公立病院もあり、そこでは毎月約1000人もの赤ちゃんが誕生している。この2カ所の施設のスタッフから協力を得て、あらゆる手順や新生児温熱機器に必須だと思われる条件について語ってもらった。

赤ちゃんの症状に対する治療方法や、低体温症機器に必要な条件などを看護師や助産師にヒアリング © MSF
赤ちゃんの症状に対する治療方法や、低体温症機器に必要な条件などを看護師や助産師にヒアリング © MSF
リラックスしてもらうため、ゲーム要素を取り入れたグループインタビュー。しかしカード選びをするスタッフは真剣そのもの © MSF
リラックスしてもらうため、ゲーム要素を取り入れたグループインタビュー。しかしカード選びをするスタッフは真剣そのもの © MSF

プロトタイプテストでは、25人以上の現場を知るスタッフに実際に手に取ってもらい、感触を聞いた。これまでにも、例えば「フタはいらない」という意見があれば、反証のためにフタで覆ったものを試作するなど、仮説検証を繰り返してきた。今回の最新版は完成形に近い。スタッフからの反応は概ね好評で、「MSFの産科プロジェクト全てに配備してほしい」という要望もあった。

一方、思いも寄らぬニーズも発覚した。都会のカノでは救急車での搬送が45分で済むが、地方では5時間以上かかるという。アフリカの道路は大半が舗装されておらず、でこぼこ道で車内は激しく揺れる。「移動中の安全性を確保するベルトが必要」との指摘を受けた。「バッテリーの持続時間も増やさなければ」。現地に来なければ、気づかなかった視点を得た。

プロトタイプと人形を使って普段の新生児ケアをシミュレーションする看護師 © MSF
プロトタイプと人形を使って普段の新生児ケアをシミュレーションする看護師 © MSF

本当にデザインしたいのは「結果」

ハードウェアの開発で途上国支援に関わるDtM。最新技術が国際援助の分野に与えるインパクトをどのように捉えているのだろうか。

「正直なところ限定的だと思います。ウィリアム・ギブスンの名言に『未来はすでにここにある。ただ均等に行き渡っていないだけだ』というものがあります。必要なテクノロジーは揃っていて、それが必要な場所にないのです」

「もっと言えば、手順やトレーニングを変えるだけで課題を解決できるケースも多いでしょう。ただ、低体温症の場合、そうした要素の変更だけではうまくいかない。どれだけ研修を積んでも、例えば分娩室から新生児室へ移動するわずかな時間で、赤ちゃんは低体温に陥ってしまうからです」

本当に求めるのは“結果”のデザイン──つまり低体温症を減らすことだ。そのために、使いやすさだけでなく、調達から研修、メンテナンス、清掃まで、全体の仕組みの中でうまくフィットする製品設計を追求している。

DtMとMSF日本のチームはプロトタイプの改良を続け、次回の現地テストも計画している。そして今後1年半以内に、低資源環境における新生児低体温症の治療で新たなスタンダードとなるような、安価で市場性のある製品を生み出したいと意気込む。

MSFではこうした外部パートナーとも連携しつつ、これからも患者の命を守るために、活動地のニーズや課題を見極め、解決をめざしていく。

デザイン・ザット・マターズ(Design that Matters)
多くの事業パートナーやボランティアと協業しながら、デザインによって途上国の課題解決に取り組む米国の非営利組織。近年開発した新生児の黄疸症を治療する機器は、アジア・アフリカなど33カ国で用いられている。コロナ禍には、どの国でも不足していた医療用フェイスシールドをデザインし、3Dデータを公開した。
創設者でCEOのプレステロはこの道20年のベテラン。米経済誌から「最も社会貢献度の高いデザイナー11人」の1人に選ばれたこともある。

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