特集

「それでも、未来を信じて」村田慎二郎 連載

#4 リーダーが抱えるジレンマ

2022.02.16

多くの犠牲者が出た市場への空爆後、オープンしたばかりの病院にも危機が迫るように。リーダーとして、村田が決断した選択とは──。
内戦下のシリアで国境なき医師団(MSF)の活動を率いた村田慎二郎が体験をつづる全8回の連載です。
(写真/村田らが開設したアルサラマ病院は52床、スタッフ数およそ150人で、シリアでMSFが運営する施設としては最大規模だった。2020年に現地の団体へ委譲するまでに、54万件以上の診療を行った © MSF)

「プロジェクトの閉鎖でも継続でも、シンジローが決めることなら、みんな従うと言っているよ。みんな、君を信頼しているから」

病院プロジェクトのコーディネーターから電話でこう告げられた時、私は「何てこと言ってくるんだ!」と胸の内で叫び、道端にしゃがみ込みました。リーダーとしての自分に課された責任の重大さに、押しつぶされそうになったのです。

近くの市場が政府軍によって空爆されて以来、私たちの病院の周りも砲撃を受けるようになりました。週に1回ほどロケット弾が飛んでくるのですが、ターゲットがこの病院なのか、それとも他の施設なのかは判然としません。スタッフのなかには、大きな爆発音や閃光、1キロ先でも伝わってくる衝撃を怖がる人もいました。危険が明らかに近づいている状況で、病院を継続するのか、あるいは病院を閉鎖して撤退すべきか──私は一刻も早い決断を迫られていました。

このまま続ければ、スタッフの身に深刻な結果をもたらすかもしれない。しかし撤退すれば、アレッポで増え続ける人道援助のニーズに応えられなくなり、救える命が救えなくなる。紛争のある地域で国境なき医師団のリーダーを務めるには、こういう選択をしなければならないのかと感じた瞬間でした。

悩みに悩みましたが、このジレンマから抜け出す道は、「第三の選択」にありました。欧州の事務局にいる軍事分析の専門家と話し合い、病院を防護壁で囲って安全強化を図ることにしたのです。

病院の周囲に防護壁を建設。ショベルカー調達から工事作業まで地元の人が協力 © MSF
病院の周囲に防護壁を建設。ショベルカー調達から工事作業まで地元の人が協力 © MSF

高さ4メートルの土のうを重ねて高い壁を作る大変な工事でしたが、地域の人びとの全面的な協力により、3週間後に無事完了。ただこの防護壁は、地上から来る砲撃に対するもので、空からの攻撃には効果がありません。そのリスクを説明し、医療活動を続ける意思があるかどうかをたずねるため、スタッフ一人ひとりと個別の面談をしました。

3割ぐらいの人はやめてしまうかもしれない……。そんな私の予想は見事に裏切られました。100人ほどいる現地スタッフと十数人の海外派遣スタッフが、一人残らず全員「続ける」と言ったのです。

国籍や民族、宗教もさまざまでありながら、チームは国境なき医師団という旗のもと、“アレッポの苦境にある人びとへ医療・人道援助を届けたい”という思いで一致していました。昨年までの内戦下の8年間、この病院が続いてきたのは、この時共に乗り越えようとしてくれた彼らのおかげです。支えてくれた仲間には、本当に感謝の気持ちしかありません。

アルサラマ病院を土のうで囲む様子。以降、砲撃によって患者やスタッフの安全が脅かされることはなかった © MSF
アルサラマ病院を土のうで囲む様子。以降、砲撃によって患者やスタッフの安全が脅かされることはなかった © MSF

シリア活動記「それでも、未来を信じて」
《目次に戻る》

最新情報をお届けします

SNSをフォロー

  • Facebook
  • Twitter
  • Line
  • Instagram
  • Youtube

メールマガジンを受け取る

メルマガに登録する

特集をもっと見る