所属組織の声

医局の小児科医が海外派遣、本人と上司の思いは

  • 東部島根医療福祉センター

    伊達伸也 院長 & 田部有香 小児科医

    島根県松江市の東部島根医療福祉センターで小児科医として勤務する田部有香医師は、2023年6月から12月まで、国境なき医師団(MSF)の海外派遣スタッフとして、ナイジェリア北東部ボルノ州マイドゥグリにある小児病院で医療にあたった。小児科の集中治療室(ICU)を主に担当し、救急(ER)もサポートに入ったという。重症のマラリアや、鎌状赤血球症など、日本ではまず見ることのない症例も経験した。

    田部医師は、島根大学医学部の小児科から東部島根医療福祉センターを紹介されて勤務している。いわゆる「医局人事」で働く勤務医だ。念願だった海外での医療活動をどうやって実現させたのか。田部医師と、送り出した医療福祉センターの伊達伸也院長に聞いた。

    東部島根医療福祉センターの玄関に立つ田部医師(左)と伊達院長 © MSF
    東部島根医療福祉センターの玄関に立つ田部医師(左)と伊達院長 © MSF

自分を見つめ考えた「やりたいこと」

田部医師は、なぜMSFへの参加を考えたのだろうか。

田部医師(以下、田部) 私はもともと小児循環器の分野で働いていたのですが、少し休憩させてもらった時期があります。その際に、「自分は結局、何をやりたくて医師になったのか」と振り返りました。
もともと海外での医療活動に興味があり、原点回帰で頑張ろうと思いました。 また、以前から母親がMSFに寄付をしていて、ニュースレターなども読んでいました。英語の勉強など下準備を始め、周囲にも少しずつ、自分はいずれ海外で働きたいと、「波」を送るようにしたんです(笑)。

伊達院長(以下、院長) 田部先生は、島根大学の小児科の教授にご紹介いただき、こちらにお越しいただきました。おいでになる前の経歴を拝見すると、宇宙航空医学の認定医になっておられたりする。いろんな方面に好奇心がおう盛な方だと思います。

© MSF
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大きかった職場と医局の理解と支え

田部 以前の職場で、ある循環動態の患者さんが、気圧の影響で飛行機に乗れないと説明を受けていました。その理由を知りたくて、宇宙航空医学の認定医を取得したのです。 MSFへの参加については、以前から島根大学の教授に進捗状況を報告してきました。今回の派遣が決まりかけた頃に、改めて相談しました。教授は私が不在にする6カ月間、センターに残って勤務される先生方の負担を減らすため、大学から診療応援の医師を派遣してくださいました。大学の方でもご理解いただいて、後押ししてくださったというかたちですね。 非常にありがたかったです。

院長 教授に田部先生をご紹介いただいた段階で、「将来は海外の現場に出てみたいという思いをお持ちです」というお話は伺っていました。教授ご自身も、社会的活動への理解が深い方です。もちろん私たちとしても異存はない。田部先生が派遣でご不在の間は、残るドクターにカバーして頂きました。私からも「あとのカバーはよろしく」とお願いしました。特に不満は出ませんでした。 なによりも医局に理解があり、応援の方も出していただいたのは、とても大きかったと思います。

© MSF
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海外の現場で学んだこと、今の職場で生かせることは?

MSFで海外医療の現場に立って感じたことは、なんだろうか。

田部 東部島根医療福祉センターは社会福祉法人・島根整肢学園が運営する施設で、大学病院等とは違いがあります。

医師、看護師、リハビリテーション、療育・生活支援、保育など、さまざまな職種のスタッフがいて、それぞれが必要な役割を果たすことで、利用者さんの生活を支えています。 MSFの医療現場は、それに近いかもしれないと感じました。もちろん私は現場で医師として求められていたのですが、医療スタッフだけで仕事が回るわけではありません。医薬品を安定的に供給する人や、多言語の現地の言葉を通訳してくれる人や、安全・環境設備を整える人など、縁の下の力持ちである多種職のスタッフに、たいへんお世話になりました。

こうした方々が職務を果たしてくれているから、自分も医師としての役割が果たせるという点は、この施設での仕事と共通していると思います。

院長 こちらにいらっしゃるのは、心身に重い障がいのある方が中心です。田部先生には、入所している方々のケアをお願いしています。
幼児期からここでの保護が必要な方の場合、成長して一定の年齢になっても「卒業」とはならず、そのまま医療面などの支援を続けることがほとんどで、小児科医から内科医へのバトンタッチが施設としての課題ですね。

海外と日本の医療現場は大きく異なるので、学んだことを直接ここで生かしてという話には、すぐならないかもしれません。しかし、田部先生が普段はできない経験を積んでいくということは、医師としての器が一回り大きくなることにつながるだろうと思います。

田部 海外の現場で驚いたことはいくつもあります。知識を持っていても実際に診療したことのない患者さんもいました。例えば日本で肺結核の患者さんを診たことはありますが、脊椎に移転した脊椎カリエスの患者さんは、初めての経験でした。

院長 日本には今でも結核は存在します。スクリーニングやBCGなどで抑え込んでいるのですが、高齢になって発症するという人もいらっしゃいます。ただ、若いドクターだと日常的に結核患者に接することは少ないでしょうね。

田部 現場にいる小児科専門医は私だけでしたので、私の持っているスキルをシェアし、必要な点は理由を説明し改善を促しました。一方で現地のスタッフは、マラリアや鎌状赤血球症などの症例をたくさん経験しています。だから日本で経験のない疾患は教えてもらうことが多く、お互いに知識をシェアし、相互扶助の関係が成り立っていました。

今でも現地の仲間が連絡をくれると、覚えてくれているのがうれしくなるし、少しは役に立てたのかもしれない、と元気が出ます。

参加を迷う人へのアドバイスは

一方、MSFの活動に参加したいと思っても、人手不足の職場で遠慮がちになり、なかなか手を挙げられない人もいる。現実的なアドバイスは。

田部 突然「いついつから行きたいです」というと周囲は驚きますよね。だから少しずつ、行きたいという意思をアピールし、周囲の理解を得ていくことが大切だと思います。根回しじゃないですけど、行きたいと熱意を示し続けることで、ご理解いただけたのではないでしょうか。

職場に理解のある人がいるかどうかは重要です。自分が海外派遣に出ている間の、周囲への負担は必ずあります。まずは自分の熱意を伝え、日本にいる間は自分が周囲をカバーし、その上で不在時の協力をお願いするのが良いのではないかと思います。

また、医師としての実力をつけていくことも重要ですね。実際に現場へ行って感じたのは、実力が足りない人が来ても役に立てないということです。日頃からスキルを磨き、柔軟に対応する必要があります。

今後は、熱帯医学の知識を深め、英語力を磨き、また機会があれば海外での医療活動に参加したいと思っています。

この職場を退職することなく、戻れるかたちにしていただいたのは院長先生のおかげだと思っていて、とても感謝しています。

© MSF
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田部医師がここまで語ると、伊達院長は照れ笑いしながら言った。「それ、普段は言わないよね」。

田部医師は伊達院長の方に向き直し、頭を下げて言葉を紡ぎ、笑顔を見せた。

「そうですね。いつも感謝の念は送っていますが、今日初めて言葉にしてお伝えしたかもしれません」

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