特集

大学生 x 国境なき医師団 x 赤十字国際委員会 座談会【前編】

「人道援助」ってどんな活動? ポイントは3つの原則

2023.03.23

紛争、自然災害、難民の増加……世界で次々と起こる危機。グローバルなつながりが強まる中、日本にいる私たちも無関係ではいられません。
「困っている人を助けたい」と思う気持ちから始まる人道援助。この分野で活動する国境なき医師団(MSF)と赤十字国際委員会(ICRC)のスタッフが、大学生と語り合いました。そもそも人道援助ってどんな活動?

(このページの写真/全て© MSF)

座談会参加者
近野友南さん/文学部2年
近野友南さん/文学部2年
水野葉月さん/文学部1年
水野葉月さん/文学部1年
中村一太さん/看護学部2年
中村一太さん/看護学部2年
眞壁仁美さん/赤十字国際委員会 広報統括官
眞壁仁美さん/赤十字国際委員会 広報統括官
堀越芳乃/国境なき医師団 渉外担当シニアオフィサー
堀越芳乃/国境なき医師団 渉外担当シニアオフィサー
司会:金杉詩子/国境なき医師団 アドボカシー・マネジャー
司会:金杉詩子/国境なき医師団 アドボカシー・マネジャー

転んだ人に手を差し伸べる

近野:人道援助というと、戦争や自然災害のような大きな出来事が起こったとき、人が生きて行くために必要な支援をする、というイメージがあります。

水野:「人の道」と書くだけあって、私も同じ印象です。

中村:一番身近なのは、募金かと。人を派遣したり、コロナ禍ではワクチンを提供したり、難民キャンプでの支援も含まれると思います。

堀越:皆さん、正解をお持ちですね。人道援助とは、命の危機にある人たちの所へなるべく早く駆けつけて、命をつないでいけるように医療や食料、住居などの支援を届けることをいいます。

それと、命があっても、全く希望を持てなかったら生きていくことが難しいですよね。人びとの尊厳を守ることが不可欠で、そのため心のケアや教育も大切な活動です。

眞壁:もし道で転んでいる人がいたら「大丈夫ですか?」って手を差し伸べますよね。皆、困っている人がいたら助ける、という思いやりや助け合いの気持ちを持っていて、それを大人数がいる場所で組織化して行っている、と想像してもらえれば。

中村:先進国が国際協力として、苦しむ人たちの地域を補い合うという側面もありますよね?

金杉:そうですね。国際協力には他に開発援助や平和構築などもあって、それぞれはっきりと分かれるものではないですが、人道援助の違いは緊急性や命がかかわっている点でしょうか。
人道危機に置かれた人びとの姿。世界各地で活動する国境なき医師団の現場から(音声をオン🔊にしてご覧ください)

まずは地域に受け入れてもらうこと

中村:私は看護大学に通っていて、アフリカや中東での女子割礼(女性器切除)を知ったんです。医療的には衛生上好ましくないけれど、現地では成人儀式として重要なものですよね。そうした文化の違いで困った事例はありますか?

堀越:割礼もそうですし、病院ではなくて祈祷師の所へ行くという習慣も世界中にたくさんあって。そうした場合、なぜ医療を受けた方がいいのかという教育活動も必要になってきます。

眞壁:西側の価値観が、必ずしもその人たちにとって正しいとも限らないですよね。例えばアフガニスタンでは、米軍の撤退後、女性の権利が狭められたと報道されています。政変が起きて、比較的自由を謳歌してきた首都の人たちが、これまで通り働けなくなったことが挙げられていますよね。ところが地方の保守的な村へ行くと、逆に男性に守られて家庭で子育てをしたいという女性たちもいる。同じ国の中でも考え方に違いがあるんです。

眞壁:援助団体が現地に入って活動するには、地域にまず受け入れてもらうことが欠かせません。コミュニティの価値観をきちんとリスペクトし、命がかかわってくる問題では、「こうすると皆の命が保たれて安全なのでは」と、押し付けではなくあくまでアドバイスとして伝えたりしますね。

水野:地域から受け入れられ、信頼してもらえることで、より多くの人に医療を届けられるのではないかと思います。

ニーズをもとに公平な支援

金杉:では、人道援助の活動には原則があるというお話に移りましょうか。どの援助団体でもほぼ、「公平」「中立」「独立」の3つを掲げていますね。

堀越:最初の「公平」というのは、人種や宗教、政治などによって差別せず、分け隔てなくニーズに基づいて支援することです。

公平

国籍や人種、宗教、政治的信条、ジェンダー、社会的地位などの違いによるいかなる差別もなく、助けを必要とする人のニーズに応じて、最も急を要する支援を優先して提供します。

眞壁:中立と公平は一見似ていますが、「当事者のいずれの側にもつかない」という“組織の姿勢”をあらわす中立に対して、公平は、先入観なく判断・選択・分配・行動するという、支援を届ける際の“約束”です。

例えば、ある国で内戦をしていた場合。海外からの支援がその国の政府に当てられると、反政府勢力の支配地にいる人たちにはほとんど行き届かない。でも、その人たちこそ一番支援を必要としているかもしれませんよね。そうしたとき、私たちのような人道援助団体が、反政府側の地域にも公平に同じレベルの支援を届けるのです。

内戦が続くシリア。2023年2月6日の大地震発生後、北西部にある反体制派地域には外部からの支援がしばらく届かなかった。

堀越:公平は「平等」とも違うんですよね。よくこんな風に説明されるのですが、リンゴが1個あって2人に分けるとして、平等に分けるなら半分ずつ。でもお腹を空かせた子どもと、そうでもない子どもがいたら、本当に食事に困っている子に3/4個をあげて、そうでない子にはおやつ程度に1/4個をあげる。

眞壁:量の等しさじゃなくて、ニーズに対する向き合い方で、皆が等しいという。

堀越:現実的な例としては、なぜ国境なき医師団はガザで活動して、イスラエル側ではしないのか。両方を支援しないのは問題じゃないかと聞かれます。イスラエルにはしっかりとした医療体制があって、一方のパレスチナではとても不足している。ニーズに基づいて、私たちはパレスチナ側で活動しています。

ヨルダン川西岸地区、イスラエル統制下で暮らすパレスチナ人住民は、医療や基本的な生活サービスを受けることもままならない。

水野:全体で見たとき、国同士で均衡が取れているか、どの国を重点的に支援するかというのは、組織のトップが決めるのですか?

眞壁:ICRC(赤十字国際委員会)では、地元のオフィスから村に出向いて聞き取り調査をし、各地域のニーズをまとめます。そのあと、その国へ物資を運ぶため、本部が管轄するシステムを通して調達するという形です。

金杉:国境なき医師団も、現地で聞き取り調査やデータ分析をして、ニーズを調べることから始めます。ここでは子どもの死亡率が増えているとか、家を失った人が多いとか、データに基づいた判断をしている。世界全体でのバランスというよりは、ニーズがあるならどこへでも行くという感じですね。

近野:人道援助って、「かわいそうだから支援する」というイメージが強かったのですが、必要な人に必要なものを届けるというシンプルな考え方だったんですね。

中立の立場は理解されづらい

堀越:次に「中立」について。A国とB国が争っていたとしたら、どちらにも肩入れせず、中立な立場で援助を行います。なぜ中立が大事かというと、例えばA国がB国に侵攻して、被害が出たB国を援助したとします。でも紛争である限り、A国の市民にも被害が出るかもしれない。活動するB国側の味方をしてしまったら、A国には入らせてもらえない可能性があるわけです。人道援助のニーズに基づいて世界中で活動するには、どんな紛争においても常に中立を保つことが重要です。

中立

武力紛争やいかなる政治的、人種的、宗教的、思想的な争いにおいて、どちらか一方に味方したり、どちらが善か悪かといった区別をしたりしません。
全ての当事者と等しく話し合い、信頼を得ることで、人びとに援助を届け、命を守ることができます。

眞壁:例えば学校で友達と議論したりして、こういう中立とか公平の理念を日常の場面で感じたことはありますか?

中村:友達の2人がケンカしていたら傍観します。どちらにも公平に助言はするけれど、どちらの味方もしないので中立を保とうとするという。

近野:最近、ボランティアの活動で意思決定をしなきゃいけないことが増えてきたので、中立の立場をとり続けることの難しさを感じています。自分の思いと、周りにとって良いこと、どちらも考えなければならないので……。

眞壁:私たちが現場で直面しているようなことですね。消極的に中立なのではなくて、人びとの状況をよくするために積極的に関与していくわけですが、そのスタンスはなかなか理解されにくい。

例えばICRCの場合、医療活動はほんの一部で、政府や軍に対して国際法に反する兵器を使わないよう話に行くこともしています。民間人が攻撃の犠牲とならないようにするためには、戦闘を行っている全ての当事者と話をする必要があるのです。ただ、戦争のような極限状態では感情論に陥りがちで、「あの国にも行くし、この国にも行くし、どっち付かずでいい顔している」と受け取られることもある。中立は、本当に難しいところがあります。

金杉:国境なき医師団も、全ての当事者に会って話を聞き、私たちの活動の意義を説明し、現地に入ることを交渉します。中立な医療援助の必要性を理解してもらうことで、安全を確保しながら紛争地にいる人びとに援助を届けるためです。

資金と独立性のかかわり

堀越:「独立」にはいろいろな見方があるのですが、例えば活動資金の大半を特定の国や財団から資金を受け取ったとします。するとその資金提供元から「この地域では活動しないでほしい」と言われてしまうかもしれない。そういった影響を受けずに、自分たちでニーズを見極め、独立した判断で世界中どこでも活動できることが大切かなと思います。

独立

人びとのニーズを自主的に判断して、最も必要な場所に援助が届けられるよう、政治、経済、軍事、宗教などの権力や影響力から独立している必要があります。
独立性を保つことで中立が保障され、信頼を得ることで、どんな人の元にも駆け付けられるようになります。

水野:国境なき医師団の活動は、募金とか組織以外のお金によって成り立っているのですか?

堀越:独立性を担保する観点から、私たちは民間の寄付を大事にしています。資金の9割以上は世界中の民間からの寄付で、そのうち8割を個人の方から頂いています。政府資金も数パーセントありますが、基本的には民間の資金なので、国境なき医師団が必要だと思うところに充てることができます。

眞壁:ICRCは、先ほどお話しした国際法のジュネーブ諸条約に加入している国々から、任意でお金をもらっています。国連の分担金と違って、翌年必要となる総額を提示し、各国が出せる分をいただきます。国境なき医師団とは真逆で、ICRCは93%以上が政府からの資金、民間は数パーセントです。

寄付額が一番大きいのは米国で、活動予算の約4分の1を占めます。世界のさまざまな戦争に関与しているアメリカは、自国の兵士がいろんなところで作戦を展開しているので、紛争地にいるICRCと接触する機会が少なからずあります。

だからと言って米国を特別扱いすることにはなりません。お金の話は、基本的にジュネーブの本部が直接行うことになっています。政府からプレッシャーを与えられないように、ワシントンや東京など、その国にある代表部は、言語面や必要資料の提供などサポートをすることはあっても、お金の交渉には携わらない仕組みになっているのです。

金杉:資金の独立性に関してこれほど気を遣って活動しているのは、人道援助団体ならではと思います。例えば、日本政府のODAなど中長期的な開発援助では、受け取る側の国の望みに合わせて協力する必要があるので、政治の影響は必ずしも悪いことではないんですよね。人道援助の特徴は、紛争地でもどこにでも入っていけること、そして援助が公平に届くようにするというところにあるのかなと思います。

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