Special Interviews

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MSFが支援していたシリア・東アレッポの病院。空爆により破壊された=2016年11月撮影 © Karam Almasri

医療が攻撃される現実
助かるはずの命を守るため声を上げる

国境なき医師団(MSF)の活動の中で、この10年の間に深刻な課題となっているのが、「医療への攻撃」です。本来であれば、人道援助団体による中立的な医療活動は尊重されるべきですが、紛争下にある国や地域で、医療施設が空爆や襲撃を受けるだけでなく、救急車への妨害行為や医療従事者への脅迫行為なども起きています。また、一部の紛争地域では、戦時下で負傷したり病気になったりした兵士、捕虜、そして武器を持たない一般市民の人道的な取り扱いを定めた「国際人道法」も、完全にないがしろにされています。

「医療への攻撃」の一番の問題点は、医療従事者や患者が標的になることに加え、攻撃を受けたその病院が機能停止に追い込まれてしまうことです。それにより、その病院を命綱にしている現地の人たちの医療へのアクセスが奪われ、結果として多くの助かるはずの命が助からなくなってしまうのです。

私が医療への攻撃を目撃したのは、2012年から2015年にかけて赴任したシリアでした。「今世紀最悪の人道危機」といわれるシリア内戦で、最激戦区の一つであった町、アレッポでは、反体制派が支配していた地域のほとんど全ての医療施設がシリア軍による空爆や砲撃の対象となりました。私と自分のチームの目の前で、何十万人もの市民の医療アクセスが奪われ、女性や子どもを含む数え切れないほどの多くの命が失われたのです。

紛争地で医療・人道援助活動をする際、安全を確保できなければ継続して医療を提供することはできません。しかし今日では、暴力的な非政府グループのみならず、国際人道法を遵守すべき国家による違法行為も続いています。2001年の米国同時多発テロ事件を機に、「テロリズム」の定義が拡大解釈され、苦境にある多くの人びとに医療を提供するMSFの公平な活動も、特に反政府勢力が支配する地域ではテロへの支援と見なされ、医療への攻撃を正当化する紛争当事国が出てきているのです。

「医療は命がけの仕事であってはならない」。2016年5月、MSFインターナショナルの会長(当時)が国連安全保障理事会で訴え、紛争下の医療従事者および医療施設の保護に関する決議第2286号が全会一致で採択されました。MSF日本も、2016年に「病院を撃つな!」キャンペーンを行い、翌年4月には日本政府に9万5000人を超える支持者の署名を提出し、各国の紛争当事者に対する影響力行使を要請しました。

MSFがこうした証言活動を重視しているのは、医療だけでは救えない命があるからです。国家が、医療と人道援助活動の保護という本来果たすべき責任を改めて自覚するためには、政治に影響を与えるメディアと世論が大きな役割を果たします。まずは多くの人に紛争地で医療が攻撃されている事実を知ってもらい、助かるはずの命が失われている状況に対して政治が動くよう、一緒に声を上げていくことができればと考えています。

photo© Rocel Ann Junio

国境なき医師団日本 事務局長
村田慎二郎

静岡大学を卒業後、外資系IT企業での営業職を経て、2005年にMSFに参加。現地の医療活動を支える物資輸送や水の確保などを行うロジスティシャンや事務職であるアドミニストレーターとして経験を積む。2012年、派遣国の全プロジェクトを指揮する「活動責任者」に日本人で初めて任命され、援助活動に関する国レベルでの交渉などに従事。シリア、南スーダン、イエメンなどの紛争地の活動が長い。2019年夏よりハーバード・ケネディスクールに留学、紛争地で人道援助が必要な人たちの医療へのアクセスを回復するために医療への攻撃を止めさせるアドボカシー戦略を練る。授業料の全額奨学金をジョン・F・ケネディフェローとして獲得し、行政学修士号(MPA)を取得した。2020年8月より現職。

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