海外派遣スタッフの声

最善を尽くして、患者さんに最良のことを:滝上 隆一

ポジション
外科医
派遣国
イラク
活動地域
カイヤラ
派遣期間
2018年2月~2018年3月

国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

前回のイラク派遣後も、MSFの活動には継続的に参加しようとは思っていました。タイミングは日本での仕事の状況によります。今回、実際にオファーを受けたのは出発の3ヵ月ほど前、2017年11月頃だったと思います。

私は日本で離島に勤務しており、島を留守にすることと、MSFに参加することのバランスは、毎回悩むところではあります。

ただ、自分のやりたいこと、医療者としての原点に立ち返る意味でも、MSFの活動は自分にとって大きな意味を持ちます。今回もそれを熟慮し、参加を決断しました。

有給休暇を全て使っていたので、今回の派遣に際しては病院を一度退職し、帰国後に再度、同じ病院で採用してもらいました。

派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

前回のイラク、前々回のイエメン派遣で、日本で日々の業務にしっかりとあたることが現地で役に立つことは分かっていました。そこで、毎日の手術、外来、検査等の業務をいつも通りにこなしていました。過去の派遣で上手くいかなかったことや、手術・治療法などを、帰国後に本で確認していました。

外科医として、手薄になりがちな整形外科領域のトピックや処置、手術などは、専門書を読むことや、積極的に学会に参加することで知識の整理に努めました。

産婦人科領域に関しては、外科手術の合間に継続的に帝王切開等の手術にも触れていました。

語学に関しては、家に引いていたケーブルテレビで引き続き海外のニュース等を見たり、ネットの語学ページをこつこつと勉強したりしていました。

過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか?どのような経験が役に立ちましたか?

MSFの活動の大きな流れ、外科医に求められる基本的な役割は、参加するたびに把握できるようになってきました。事前に現地から入手したレポートを見ることで、今回の活動の雰囲気もつかめました。やはり派遣回数を重ねるたびに、気持ちの余裕が出てくると思います。

今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?

普段はおっとりした手術室チーム緊急時の機敏さにビックリ 普段はおっとりした手術室チーム
緊急時の機敏さにビックリ

2017年、過激派組織イスラム国(IS)からイラク北部が解放されました。その際、ほとんどの現地医療機関が破壊され、難民があふれ、カイヤラの周囲にも数千人から数万人規模の難民キャンプがいくつもできていました。今回は、その地域の医療面をカバーする内容でした。

海外派遣スタッフは、医療部門では医療チームリーダー、救急医、小児科医、精神科医、外科医、麻酔科医、病棟看護師、手術室看護師、薬剤師、理学療法士がそれぞれ1人ずつ、非医療部門では、ロジスティシャンとしてセキュリティー管理担当が1人、物流担当が1人ずつのチームでした。

外国人スタッフの出身国はフランスを中心にヨーロッパが多く、アジアからは日本、タイ、あとは、ニュージーランド、カナダ、チュニジアなど多彩でした。

現地スタッフは、手術室で働く職種としては外科医が2人、麻酔科医が3人、麻酔アシスタントが4人、看護師が11人、清掃担当が4人でした。

手術室は1つで、自分の派遣期間に2つ目を建設中でした。2床の術後回復室が1ヵ所ありました。また手術室の外にICU(集中治療室)もあり、4床ありました。ここは主に新生児治療に使っており、外科では大きな手術や外傷の時に使っていました。手術器具は基本的なセットのほか、整形セット、血管セット、帝王切開セットがありました。

深夜の手術、疲れも見せずに取り組んだ 深夜の手術、疲れも見せずに取り組んだ

患者さんは、前述の難民キャンプや周囲の村から来た人、またイラクの兵士もいました。

外科の症例は、虫垂炎など急性炎症疾患、慢性疾患で手術適応なもの(各種のヘルニアや良性を強く疑う腫瘤、胆石症、小児先天性疾患など)、外傷(散発的な銃創、爆傷、骨折等の整形外科的疾患)、熱傷などを経験しました。

他団体が産婦人科対象の活動を近くで展開していたので、自分が日中に帝王切開や産婦人科の予定手術をすることはほとんどありませんでした(卵巣捻転や出血はありました)。ただ、その団体は夜間の緊急対応ができないようで、夜間はMSFが産後出血などの産婦人科疾患も対応していました。

手術の合間に一般外来を週に2日開き、そこで、1日5件ほどの予定手術を組み、緊急手術と合わせて1日10件前後の数に対応数をコントロールすることで、スタッフの疲弊をなるべく減らすようにしていました。

派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか?また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?

現地は、日中は暑く、夜は寒い状況でした。朝はだいたい6時頃に起き、簡単な朝食(コーンフレークなど)をとり、病院へ行きます。宿舎と病院は道を挟んで数分の距離です。

まず、夜間に救急室を受診してまだ治療方針が決まらない患者さんについて、救急医と相談し、その後は現地スタッフと一緒に病棟を回診しました。患者さんの治療指示を出し、傷のガーゼ交換をして、それから手術室に入る流れでした。

手術は現地スタッフと基本的には2人で、時には1人で行うこともありました。手術の合間には救急室からの診療相談を受け、必要ならば緊急手術の予定を組んでいきました。

午後2時ぐらいに、余裕があれば一度休息して昼食をとり、その後は手術に戻り、夕方5時ぐらいに再度病棟の回診をします。その後は宿舎に戻り夕飯、ミーティング、シャワーを浴びるなど、スタッフそれぞれの自由時間でした。夜間は、緊急コールがあればその都度病院へ向かう、といった状況でした。

手術が長引けば、夕飯が午後9時、10時になることもありました。世界各国から来た外国人スタッフはみんな話しやすい人ばかりで、お互いに干渉することなく、それぞれ尊重しあうような、いい距離感のチームでした。

外来が週2回、医療ミーティング、海外派遣スタッフのミーティングがそれぞれ少なくとも週1回ありました。イスラム教は金曜日が休日ですが、朝晩の病棟回診は現地スタッフと一緒に必ずしていました。

勤務時間外は、本を読んだり(『風の谷のナウシカ』を読んでいました)、他のスタッフの仕事(壁塗り)の手伝いをしてリフレッシュしたり、現地スタッフと話をしたりするのが息抜きになりました。現地スタッフからはコーランについて教わりました。

セキュリティー上の理由で、宿舎と病院の間、ほんの数分の距離しか自由に外出ができません。自分は初回のイエメン派遣の際、建物の外にすら出られない状況だったので、特にその点にストレスは感じませんでした。

現地での住居環境について教えてください。

宿舎が3つあり、海外派遣スタッフは各自、個室が与えられていました。外科医の自分は(緊急コールにすぐ対応できるよう)玄関に一番近い部屋で、大きさは8畳ぐらい、机とベッドが1つずつありました。

シャワーは共同で、温かいお湯が出ました。停電することもたびたびありましたが、現地の家政婦さんがいて、毎日食事を作り掃除をしてくれていたので、日本で自分が住んでいる家より快適でした(派遣の度にそう感じます)。ネットも不安定ですがつながりました。

家政婦さんの食事は結構コテコテで、自分は1日1食でおなか一杯になっていました。水は整水器があり、特に体を壊すこともありませんでした。

また、現地の情勢で何か変わったことがあればその都度セキュリティー管理者が連絡をくれたので、安全面で不安を感じることもありませんでした。

活動中、印象に残っていることを教えてください。

モスル市内には崩壊した建物が残る モスル市内には崩壊した建物が残る

今回、カイヤラに向かう途中でモスルを通りました。昨年、まだISに西半分を占拠されていた時にモスルの活動に参加していたので、当時と違って人が道にあふれているのを見て、少し感慨がありました。ただ、建物はいまだに崩壊したままのところが多く、戦争の爪痕をまじまじと見せつけていました。

ISから解放されたとはいえ、難民キャンプの人びとの生活や、もちろん周囲の村で暮らす人びとの生活は苦しいままです。病院に訪れる患者さんたちの姿、その傷を見て、こんな状態になるまで病院に来られなかった、その理由を思うと心が痛みます。

一方で、イラクの首都バグダッドや経由したアルビルでは物があふれている状況も見られて、復興も進んでいるように思われました。

難民キャンプから来た患者さんは、手術後また生活環境が厳しいキャンプに戻るのを拒むこともあり、そういう場合、医療チームリーダーと相談しながらチームで対応しました。

精神的に疲れ、自傷行為をして病院に運ばれてくる女性も多く見受けられました。そのような患者さんには、手術後も精神科医を中心に継続的な心理サポートをしていきました。

足の手術後、リハビリを受ける子どもの患者 足の手術後、リハビリを受ける子どもの患者

昨年、モスルの活動で一緒だったニュージーランド出身の麻酔科医と、偶然に今回また一緒に働くことができました。彼(73歳!)は自身が大腸がんの手術をして、化学療法も受けて、その後に再度MSFに参加している人です。今回が最後になるかもしれない、と言っていましたが、また一緒に働けて、色々話ができたことは自分の大きな財産になりました。

下肢を切断せざるをえなかったと思われる子どもたちで、切断肢の断端の状態が良くなく、再度切断をしなくてはならない患者もいました。戦時下の救命という名で行われた手術の、その後の経過を、たぶんその手術をした医師は知らないでしょう。今回の手術の経過が最終的にどうなるのか、自分も知ることができません。厳しい状況でも、たくさん悩んでその都度最善を尽くす、患者さんにとって、家族にとって最良のことをしていく。あらためて、その大事さを肝に銘じながら日々過ごしていました。

今後の展望は?

MSFの活動には引き続き参加しようと思っています。その中で、社会との関わり方、離島などの医療過疎地域にMSFでの経験が生かせるような、そういう生き方も探っていこうと考えています。

今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

まずは参加してみる、そしてその後にどうするか考えてみてはいかがでしょうか。

MSF派遣履歴

派遣期間
2017年2月~2017年3月
派遣国
イラク
活動地域
モスル
ポジション
外科医
派遣期間
2015年4月~2016年9月
派遣国
イエメン
活動地域
イッブ、キロ
ポジション
外科医

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